第34話 あまりにも厄日
メンバーが決まった放課後、三人は教室に残って机を囲んでいた。――いや、なぜか当然のようにロゼが座り込んでいるので実際には四人か。しかし、会話に参加する意思はないらしく、隅っこでずっと大人しくしていた。
「――さて、ロゼはまあ気にしないとして、軽い作戦会議をしようと思う」
「作戦会議ですか?」
珍しいフィルの進行。作戦会議と聞いてレナードはあまりピンと来ていないようだが、フィルは話を進める。
「対戦相手についてとか、お互いのこととかについて話し合うんだよ。こう見えて俺、何事にも無知なんだ」
「自信満々に言うことなんですかそれ……?いや、まあなんか分かっていましたけど……」
作戦会議という名の情報共有。フィルはエイラやチームメイトさえ力量を知らない。それを埋めようとこのような場を設けたらしい。ただ、二人は渋い顔をしていて、
「けど、話し合うって言っても俺だってそんなに詳しいわけじゃないですよ?」
「私も知ってることは少ないです」
「心配するな、俺はそれ以下だ。なんでもいい、教えてくれ」
恥も外聞も捨てて二人に請い願う。情けなくて仕方ないが、それでも二人は苦笑を漏らすだけだった。あまりに世の中を知らない言動の多さから、二人にはフィルが世間知らずのように見えてきたのだろう。どこか憐みの視線を感じる。
「そうですね、俺の知ってることだと……ユリウスさんは魔法も剣術も優れた人ってとこでしょうか。昔は魔法の才能が凄くあるとかで"神童"とかも言われてたみたいですけど、肝心の魔素量が少ないみたいで大成する魔術師にはって感じらしく……」
レナードは顔を顰めて話す。きっと魔術の才能がないと知ったユリウスの気持ちを察し、共感してしまっているのだろう。他人のことだというのに、まるで自分のことのように悲しむそれで彼の優しさを表している。
「けど!そこから腐らずに剣術を始めて、剣術でも相当な実力を身に付けたんですよ。この大学でも剣術で最高位序列ですし。ほんと、リスペクトです」
人柄の良さとこの向上心。エイラやレナードからも慕われていることから、ユリウスの人徳は相当なものだと分かる。
ならば、どうして自分は意図の計り知れない接触を執拗にされるのだと謎が深まる。一番初めの会話を思い出してみても、彼の態度は普通だった。ただ妹を心配する兄で礼儀もあった。
その後の模擬戦も、ユリウスの話を信じるのならば実力を試すということだが、対戦を申し込む彼の雰囲気はただならぬものだったと記憶している。
銃の話や、エイラと関わらないでくれ、という願いからもユリウスの目的や意図は類推しきれるものではない。ただ複雑な出来事に巻き込まれているという感覚だけがじわじわと増していくだけだ。
「……フィルさん、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫。ちょっと考え事してた」
思考の海で溺れかけたフィルはレナードの言葉で現実へと意識を戻す。どうやらボーっとしていたらしい。レナードは大丈夫と言ったフィルへ未だ心配するような目を向けながら、
「そうっすか?けどまあ、ユリウスさんについて知ってることって言ってもこれぐらいですね。エイラさんは魔術師として凄い、ってことぐらいしか知らないです」
「なら、私だけど……私もユリウスさんについてはレナード以上のこと知らないです。……すいません」
――と、それを聞いたフィルは一つ引っ掛かりを覚える。それは、
「……てか、なんで二人ともそんな腰が低いんだよ。俺らってそんなに年離れてないよな。別に、タメ口でいいんだけど」
そう。フィルの周りの人たちは皆低姿勢なのだ。エイラやシャルロットは性格上あの感じなのだろうが、目の前の二人は明らかに自然ではない。
敬語を使われるような大層な人ではない、というのがフィルの自己認識。気に食わない言動をされ激怒したこともないのに、どこか顔色を伺うような言葉遣いは些か不服だった。
「まあ、私は結構レナードに釣られてるっていうのもあるんですけど、フィルさんって馴れ馴れしく絡んでいい人ではないっていうのがだいぶ共通認識っていうか……フィルさんが崩していいっていうんだったら崩します」
「それ、どんな共通認識……いや、頼んで崩してくれるなら頼む、あんま慕われる感じの態度って慣れてないわ」
「そう?ならそうする」
あっさりと了承され、次はレナードの方を向く。この調子でレナードの態度も柔らかくしてくれと頼もうとしようとして、
「いやいや!俺は無理ですよ!?フィルさんにタメ口なんて!」
「いやなんでだよ」
目が合った瞬間、速攻で否定された。
その反射神経の速さといったらとてつもなく、何がレナードをそこまでさせるのか不思議で仕方ない。
すると、
「俺フィルさんは心の底から尊敬してるんですって!人生の目標といっても過言じゃないんですよ!?そんな人にタメ口だなんて恐れ多くて仕方ないです!」
「……そう、なんだ。ならまあ、自由にしてくれ」
あまりにも直接的な表現に照れが先行し顔を逸らしてしまう。そして、ついでに説得を諦めた。
こんな暑苦しく語られてしまっては、説得するのが面倒くさそうのは目に見えていた。
「……話を戻すか。アーツはなんか知ってることはないんだったっけ」
「ユリウスさんはそうだけど、エイラさんについてならもう少し知ってる」
そう言って、アーツは知っていることを話し始めた。
「エイラさんも魔法の才能が豊富だったみたいで、それこそお兄さんとは違って欠けているものはないとも言われてるね。そうだな、凄さが分かりやすいように言うと……使える魔術の数はこの大学だと片手に入るぐらい多くて、一回に展開できる魔法陣の数なんか学内で一番。魔素の量は少なくとも私より多いかな?」
つらつらと、どこか他人事のように話すアーツ。口から出るのはどれもめちゃくちゃなスペックで、抱いていたイメージから逸脱していた。決して甘く見ていたわけではないが、しかし現実離れはしていた。
「……ん、強くない?え、何、クラウディアってそんな凄いの?」
「そりょそう、ていうかエイラさんが凄いのは結構有名だよ。だからまあ……この決闘がどれだけキツイかは理解できるよね、だいたい」
「……」
口を結んだ。何も言い返せない。今になって現状の厳しさを理解したとは言えない。
ただ、それをフォローするようにレナードが、
「まあまあ、分かったんならいいんですよ。大事なのは対策、ってことで……どうしますか?なんか戦術みたいなのってあるんですか?」
「なんもない。ていうか、三体三の常套な戦術だって特に知らないし。そこら辺、レナードの方が詳しいそうなんだけど」
「常套な戦術って言っても……あ、けど、だいたい前衛の数を合わせて、なるべくアーツに前衛を近づかせないっていうのは超基礎的な常識っすかね。まあ……前衛を合わせるも何も俺らはそんな贅沢できないんですけど……」
「それは……確かに」
一寸先に闇、とまでは言えないが相も変わらず光が見えずらい。最近ずっと見えていない気もするが、あまり気にしない方が精神に優しいというもの。エイラを助けたときや、シャルロットを助けたときのように案外なんとかなるかもしれないのだ。
そして、ここで一度会話が切れる。
会話の方向性が分からなくなり、どうしたものかと頭を捻らせていると――
「――おいおいおいおい、そこの大将。机を囲んでおしゃべりとは随分と暇そうじゃないっすか~。それならあたしらとも遊んでもらってもいいっすよねぇ?」
聞いたことのない声が耳に入ってくる。初めはまさか自分たちに向けたものだとは思えなかったが、しかし釣られて声の方を見れば見知らぬ三人が立ちはだかっていた。開口一番挑発してきたらしい女は長い髪をたらしていて、とろんとしたジト目には似合わない眼光を飛ばしてきている。
また、後ろに構えている人も特徴的だ。一人は大柄な男、百八十は超えているだろう身長と、その全身を包む膨大な筋肉。見ているだけで圧倒的パワーを感じる。そしてもう一人は短髪で顔に笑顔を張り付けている女。一見まともそうに見えるが、張り付けられている笑顔が不気味で仕方ない。こういう手合いが最も恐ろしいこともある。
突然のことにフィル達は呆気にとられ何も言えない。しかし、立ちはだかる三人はそんなことも気にする素振りも見せず、
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。あたしは"ミル"。後ろの二人はペトラとブルーム。どうやら面白いことになってるらしい後輩がいると聞いて絡みに来たんすよ~」
「はあ……、先輩、なんすか?ていうか絡みって……」
「まあまあ、そんなあからさまに面倒そうにしないで下さいって。後輩たちにとっても悪くない話じゃないですし」
フィルのあからさまな態度にミルはへらへらと言葉を並べる。ただ、言葉の節々から感じる薄っぺらさが明らかに面倒なことを示唆していてさらに目を細めた。
「君たちより人生経験が長いあたしは、今後輩たちが困ってることが手に取るように分かりましてね。うーん、ちょうど今頃はどういう感じで戦えばいいか分からない、ていうところでしょうか?分かります分かります、あたしらも同じ悩みを抱えましたから」
腕を組み頷きながら、どこか大袈裟に続けた。
実際その通りなのだが、バカにされているようにも見えてフィルの目はもっと細くなる。もはや閉じているといっても過言ではない。目の前に立っているミルが疫病神に映ってしまって仕方ない。
しかし、
「――そこでどうでしょう、あたしらと模擬戦でもしてみませんか?」
ミルの放った言葉でほぼ閉じていた瞼が上がる。
当然、彼女はその反応を見逃さなかった。待っていたと言わんばかりににやりと口角を上げる。
「実践が何よりも経験を得られますからね、あたしら腕には自信がありますし、いい練習になると思いますよ?」
怪しさはこれ以上ないぐらい満点、もちろん裏がないわけがなく絶対何かある、あるに決まっている。しかし模擬戦はしてみたいと思ってしまうわけで。
優柔不断なフィルは決め兼ね、首を傾ける。すると、レナードがコソコソと耳打ちをしてくる。
「……どうしますフィルさん。あれ、たぶん有名な不良たちですよ。関わったって碌なことにならなそうっすけど……」
「有名な不良て……まあ、関わらない方がよさそうな人っていうのは同感なんだけどさ」
「そうですそうです。あの人たち、学年的には一学年上なんですけど、めちゃくちゃ留年してるって噂もあってですね」
そして、そうやってコソコソとしていると、小さな笑い声が聞こえた。見れば、ミルが薄ら笑っていたのだ。
「相談は終わったっすか。どうします、やりせんか?」
「……ありがたい話だとは思うんすけど、今回は――」
当たり障りなく断ろうとした。
したのだ。
しかし、それから先の言葉が遮られる。
「あぁあぁ。そうですか、そうなんですか。ならこうしましょう。――あたしらと明日"決闘"をしましょう。三体三、願い事は三つです」
「は?」
「こっちは良かれと思ってお願いしてたのに、断るなんてひどいですよね。だから決闘です。大丈夫、手加減はしますよ、ほどほどにね」
トントン拍子に話は進む。いや、進められる。
エイラは言った。決闘を拒むことは社会的にあり得ないことだと。ならば、彼女たちが決闘を申し込んだ時点で、フィル達に拒むことは不可能なのだ。
「それじゃあ、明日、潔い決闘を。あ。忘れないで下さいよ~」
とてつもないデジャブ。ちょうど今朝、同じようなことをユリウスにやられたのだ。
そして憎いことに、ミルたちはユリウスをなぞるかのようにして足早に教室を出ていった。初めからこれが目的だったのかというように、目的は果たせたとでもいうようにとても満足げであった。
「……フィルさん、一日に二回も決闘申し込まれるとか、なんか大変っすね」
呆然としていたフィルを慰めるようにレナードは声を掛けてくれた。
本当にその通りであり、厄介ごとに愛されているといってもいいだろう。今はレナードの優しさが身に沁みる。
「なあ、二人とも……明日の決闘、手伝ってくれないか」
「もちろんです!頑張りましょう!」
「まあ、降って湧いた練習だと思えばいっか」
「ありがとな……」
感謝しつつ、ふと足元を見る。そこには――
「ロゼお前、ほんとに座ってるだけなんだな……」
ここまでずっと大人しく、言葉通りに座っているだけであったロゼはきょとんと首を傾けた。
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