第33話 純粋無垢な蜘蛛の糸

 アグネリアの話を聞き流しながら、決闘について考えたフィル。

 まず、今分かっていることは、相手にユリウスとエイラ、そしてもう一人の人物と戦わなければいけないこと。そしてもし負ければ、先週に頼まれたことに合わせてもう一つの条件を飲まなければいけないことである。


 もう一つの願い事とやら、皆目見当付かないがどうせ碌でもないことだと察しが付く。できれば負けたくない。

 しかし、そこで大事なのは"一緒に戦う残り二人"である。


 一緒に戦うのであるから強ければ強いほどいい。幸い、この大学はクラス分けがあってしかも実力順である。であるならば仲間を探す場所は決まっていて、


「――あのー。ちょっといいですか」


 フィルがやってきたのは最高学年の最上位序列クラス。パッと見渡してみても知っている人はいないが、おそらくユリウスのクラスだろう。

 フィルはその教室を行き来する人に声をかけていた。


「……なんでしょう」


「実は、今週末に決闘をすることになりまして、一緒に戦ってくれる人を探してるんです。それで……」


「知っていますよ。けれど、すいません。その決闘に参加するのはちょっと……」


「……そうですか」


 すべてを言う前に断られる。これで人目だ。

 フィルが話しかけた人は皆、考えるような素振りすら見せず即答で拒否してくる。せっかく勇気を振り絞って、勝つという目的のため手段を選ばず最高学年の最上位序列のクラスまで来たというのにである。

 すると、


「フィル、ここじゃ無理。ていうか多分、最上位序列の人たちじゃ無理」

 

「そう思うなら手伝えよ、ただ付いてきてるだけじゃねーか」


 後ろから薄々分かっていたことをわざわざ言語化してくるロゼ。

 反論なんてできないから悪態をつくしかできない。


「はあ……フィル。なんで無理か分かる?」


「いや、知らんけど。ロゼみたいに予定でもあるんだろ」


 考えもせず、適当に言葉を吐く。すると、ロゼにしては珍しくどこか呆れたような表情をして、まるで子供を諭すかのように、


「違う。フィルの側だと勝ち目が薄いから。ユリウスとエイラに戦うとか、そんな負けが見える決闘に参加してくれるほど、最上位序列の人たちは馬鹿じゃない」


「……そうっすか」


 正論パンチでボコボコにした。

 詰んだ感が否めないといったが、どうやら決闘を挑まれた段階で詰んでいたらしい。最上位序列がダメならそれ以下の生徒に頼ることになるが、ユリウスとエイラ、そしてプラス一に対して最上位序列以外の生徒で太刀魚できるのだろうか。


「もう、先生とか大人に頼もうかな……」


「……悲しい独り言」


「うるせ。てかロゼの用事ってちょっとズラしたりって」


「できない、ごめん」


「ですよね……」


 そうやって、なんの成果も得られなかったフィルはトボトボと教室に帰る。ていうか帰るしかなかった、これ以上誘い続けてもロゼの言う通り協力してくれる人は出てこないだろう。

 絶望を背負い教室に着いて、扉を開ければ、


「――フィルさんフィルさん!」


「うわっ、なんだよ」


 世界一騒がしいやつ――レナードの顔が視界の八割を埋めた。レナードは過去一番に意気揚々としていて鼻息を荒げている。気分が落ち込んでいるときにテンションがおかしな人と話すのは疲れるからか、今一番対面したくない人ではあった。


「どうでしたか?決闘で戦ってくれる人は見つかりましたか?」


「……この感じを見てそれを聞いてくるのか?誰か見つかった雰囲気出てるか、なあ」


「ち、違います違います!そりゃきっと難航するだろうなって思ってたましたけど……一応確認したんです!」


 微かな怒気を感じたのか焦って弁明を始めるレナード。こんなのただの逆切れでしかなく、それでフィルの気を使っているレナードは同情の余地しかない。けれど、


「そこでです!!――どうです?俺、フィルさんと一緒に戦いますよ!!まかせてください!」


 めげずに、どこまでも純粋無垢に、目の前のレナードは胸を張る。しかし、どこからの来るのか分からないその自信は落ち込んでいたフィルの気持ちを幾ばくか楽にさせた。

 考えなしの猪突猛進、このような人種をで見たことがある気がしてならない。フィルはそれにおかしさを感じて、軽く笑みを浮かべ、


「んー……。どうしようかな……」


 どうしようもなく言葉を濁した。言葉とは裏腹に悩んでいるというわけではない。どっちかといえば、レナードのことを案じている。どうやら負けが濃厚らしい三体三の決闘に、果たして巻き込んでいいのだろうか、と。


「ダメですか!!何がダメなんですか?!俺やる気はありますし、流石にフィルさんやロゼ、ユリウスさんみたいにはいかないけど一応最上位でもあるんですよ!」


「いやさ……お前、戦う相手知ってんの。ぶっちゃけ、だいぶ絶望的らしいぞ」


「もちろん知ってます!だから、きっと人も集まらないんだろうなってことも分かります!」


 それを聞いて、フィルは思わず苦笑する。その遠慮のない物言いが逆に清々しい。

 しかし、それが分かっていながら協力したいと言うレナードに協力させるのは、やはり巻き込んでしまう感が否めない。レナードの尊敬の気持ちを利用している、という後ろめたさがある。


「――けど、俺フィルにさんと共闘したいし、フィルさんとなら勝てるって思います!それでも……ダメですか!」


 レナードは、アツく正直な男である。

 けれど、何がそれまで突き動かすのかフィルには理解できなかった。誰かみたいに命を救ったわけでもないし、過去に出会ったことすらない。

 不明確な心酔ほど恐ろしいものだと知っているが、レナードはあまりにも――純粋無垢なのだ。悪意に敏感だからこそ、フィルにはそれがなんとなく分かる。


「そうか……なら、まあ……頼む」


 照れくさそうにフィルはそう言葉にする。すると、レナードは露骨に嬉しそうにして、


「任してくださいよ!絶対勝ちましょう!」


 と、さらに胸を張るのだった。

 

 顔いっぱいに喜びを表しているレナードを見ながら、ひとまず一人見つかったことにホッと息をこぼすフィル。レナードの実力は試験会場で打ち合っているのを一度見ただけで詳しくは知らないが、最上位序列に振り分けれらたことを考えると相応の実力があるのは確かだろう。

 

 どちらかといえば危惧すべき問題は二人目の方である。相手にエイラがいることを考えると、もう一人は魔術を得意としている人にしたい気がする。しかし、そんな知り合いなどフィルには存在しない。構成を考える、など今の状況では高望みなのだろうか。


「ぐうう……あと一人……」


 あまりの展望のなさに苦しい独り言をこぼす。頭の中で考えていたことがつい漏れてしまった。

 すると、


「あっ、それならちょうどいいのがいますよ!」


 そう言って、レナードは教室の奥へと走り出す。唐突な行動に唖然とするが、向かったその先には、

 

「――何、めっちゃ声聞こえてたんだけど。もしかして"ちょうどいい"って私のこと言ってる?」


「そ、そんなことないって。ただ、アーツならぴったしかなって思ったんだよ」


 レナードは、仲の良さそうだった"アーツ"へと声を掛けた。アーツとレナードは、フィルに話し掛けるときよりだいぶ砕けた調子で会話を始める。入学試験のときを思い出してみても、付き合いは長そうだと感じた。


「ていうか私なの?……んー、どうしようかな」


「悩むことないって、真面目にいけると思うんだよ。フィルさん授業中の打ち合いでユリウスさんに勝っててさ。三人目は知らないんだけど、ユリウスさんとエイラさん相手でも絶対勝てる……と思う。だからなあ、頼むよアーツ」


 レナードは手を合わせて頭を下げる。フィルに対して見せた態度より幾らか軽々しかった。

 それに呆れてかアーツは細い目をレナードに向け、そしてため息を吐く。


「分かった分かった、あんたがしつこいってことは知ってたんだった。まあ、それに……」


 そこで一度言葉を止め、見ていただけだったフィルの方へ向けると、


「フィルさんがいるなら勝てそうっていうのには、私も同意。授業といえば私も凄いの見たし」


 そう言って軽く微笑むのだった。淡々と進む話と結論に対応が分からず微妙な表情しかできないフィルだったが、「あっ、そういえば」と声を出し何かに気付いたらしいアーツ。二人の視線は自然とアーツに集まり、


「――あんた勝手に私誘い出してたけど、フィルさんには許可取ってんの?」


「あっ」


 そんなアーツの言葉にレナードが反応した。そして、フィルの元まで駆け寄ってくると、


「フィ、フィルさん!アーツはあんな感じでもちゃんと凄い奴なんですよ!快く協力してくれるみたいだし、ここはアイツの力を借りるのがいいと思うんですけど!」


 焦ったような表情でまくしたてた。何がそこまでアタフタとさせるのかフィルには分からないが、先ほどとは打って変わった必死さにおかしさを感じる。きっと、フィルには珍しく比較的心は許していて、ならば答えは決まっていた。


「いいよ。俺にはもうレナード以外協力してくれる心当たりもないしな」


「ほ、ほんとですか!よかったぁ~……ここで断られたらどうしよかと」


 フィルの答えにふう、と息を吐き安心する様子を見せた。

 そして、この返答によってここでの話、つまりフィルの協力者集めはひとまずの結論を迎えたことになる。果たしてこの二人でエイラを含むメンバーへの勝算はないが、とりあえずスタート地点には立てたことだろう。

 願い事や実際の勝算はどうあれ、できれば負けたくないと消極的に勝利を望むフィルであった。

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