第32話 いつも唐突、しかも瓦解
決定的に溝を深めてしまったような日から数日。休日を跨いで週の始まりである。
憂鬱な登校を経て、教室の前に着けばどうやらざわざわとしている。いや、普段も騒がしい教室ではあるのだが、いつもよりざわつき方に違和感がある気がする。
疑問を抱きながら扉を開けば、そこには――
「ああ、フィル君。やっと来たのか」
「ええ……?」
先週、誤解されてしまったユリウスが気味が悪いぐらいニコニコとしながら教室の中央に立っていた。周りには生徒たちが群がっていて、さぞ人気なようだ。
フィルは相変わらず唐突に現れるその人に目を細め、彼が教室を訪れた目的を推察する。
口封じ、とは言葉が悪いが、誰にも"銃"について話していないか確認か。それともエイラから何かを吹き込まれ、誤解が解けたか深まったか。
どちらにせよ、あまりいい予感はしない。
「そんな怪訝な顔をするな。ちょっと用があったんだ」
「用、ですか」
さて。先週と似たような状況だが、フィルはユリウスの表情が気になる。どこか仮面を被ったような、いや、貼り付けているような。本心を隠そうとしている、そんな人の典型だった。
どこか距離感を感じ、よそよそしいといってもいい。
「今週の休日、空いているかい?」
「休日……?そりゃ、いつも暇です……けど」
言っている途中で、馬鹿正直に話したことをすぐに後悔した。こんなの、休日に何かすると言っているようなものだ。まず要件から聞くべきだった。
「そうか、なら――休日に私"たち"と
「え、決闘……?」
ぽつりと、静かにオウム返ししたフィルだが、その心の内は穏やかではなかった。当然のように言い放った決闘について何一つ知らない。
やらかした、これを超える面倒ごとはないぐらい面倒ごとだ。どうやって拒否しようか、ていうかこういう決闘事は拒否などをしていいのか。てかてか、ユリウスは"たち"とか言っていた。ユリウス以外誰がこの決闘に参加するのか。
分からない、全てが分からない。
「私が君に勝ったらこの前頼んだ二つの件、どちらも飲んでもらおう。あともう一つは……まだ秘密だ。君も三つの決め事を考えておいてくれ。――それじゃあ"潔い決闘を"」
「はぁ……え、ちょ!」
決め台詞的なことを呟き、一方的に話を終わらせるとユリウスは教室を後にする。あまりにもスムーズで、呆気にとられている内にユリウスは見えなくなっていた。決め事とか"たち"が誰かとか、分からないことは山ほどあるのにも関わらず。
途方に暮れるフィルだが、そうやって愕然としていると、
「……あの、フィルさん」
後ろから声を掛けられる。
振り返れば、あの厄介な人物の妹であるエイラが申し訳なさそうに立っていた。
「クラウディアか……どうした、って、まあ話し掛けてくるよな。なあ、色々聞きたいんだけど……」
「すみません……お兄様が、本当に迷惑を掛けます……」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」
会話が暗い。表情も暗い、いつものような明るさはどこかへ行ってしまったようだ。
このような状態のエイラから話を聞くのは随分と堪える。しかし彼女から話を聞かなければいけない、フィルには頼れる人など限られている。
「あのさ、聞きたいんだけど」
「……私に答えらえれることであれば」
ブルーな彼女を席に誘導し、二人は席に着く。席が近いことがこれほど功を奏すとは誰が予想しただろう。その背景はあまり嬉しいものではないが。
フィルの目の前で後ろめたそうにしている彼女は、身内がしている行動に巻き込まれているに過ぎない。あまり気にしないよう、どう伝えたらいいのかフィルは頭を回していた。しかしとりあえず、基礎的なことを知ろうと、
「……まずあれなんだけど、"決闘"ってなに。俺、まったく知らなくて」
知らないことに驚いたのかエイラは目を丸くした。しかし、すぐに調子を下げていくと、
「……決闘とは、同じ人数同士で行う自由な武力比べです。一体一や三体三など、とにかく同数であればそれ以外自由で、譲れないものがあるときによく用いられます」
ここまでのことを聞けば、おおよそイメージ通りの決闘であった。
しかし、
「そして、決闘の大事な要素として"願い事"というものがあります。これは……そうですね。例えば、二体二の決闘なら二つ。五体五なら五つといった風に、決闘を行った人数分相手に願いを受け入れさせる、というものです」
「えーと……つまり、クラウディアのお兄さんが三つの願い事って言ってたから、今回は三体三の決闘ってことか?」
「はい、そうなりますね」
勝ったら言うこと聞けよ、と。この国にふさわしく実力主義的な面が強いものだ。強いものには従うといった制度だろうか、よく用いられるらしいしなんとも暴力的なものだと思う。
ただ、フィルには気になることが一つ。それは、
「……なあ、この決闘を拒否とか、"願い事"って従わないとかって……」
「拒否はもちろん……負けて従わないと……その、社会的に……色々と」
「だと思っていました……」
二人して肩を落とす。
拒否できないなど、とんだ極悪制度だ。しかし、この世界ではこれが当たり前で普通。郷に入っては郷に従え、というようにおかしいと叫ぶことをフィルには許されていない。
「あ、そうだ」
ただここで、フィルの頭がぴかん光る。
この決闘では三体三。ならば、自分以外にあと二人戦ってくれる人がいるわけだ、と簡単な結論を得たのだ。ならば、
「クラウディア、なら、俺と一緒に決闘で戦って「すいません、無理です……」
「はやっ……え、なんで」
思い浮かんだ名案は目にも止まらない速さで一蹴された。
おかしい、フィルの予想ではこれはエイラの後ろめたさに付け込んだ頼み事であり、彼女に断れるはずなかった。もっともな理由でもなければ――
「私、その……お兄様と一緒に、っていうか。フィルさんの相手側なんです……」
「……まじか」
「はい……」
ぐううう、と鈍い音をこぼすフィル。
具体的な実力は知らないが、あのアグネリアに素晴らしいとまで言われるほど魔術の才があるらしいのだ。であるならば、後衛として一緒に戦って欲しかった。
それが、まさかの相手として参戦である。ユリウス一人ならばまだしも、ユリウスとエイラの組み合わせはとてつもなく凶悪なのが察せられる。
「本当にすみません……まさかフィルさんが決闘の相手だとは思わなくて……」
「まあ、ある程度手加減してくれ……」
「それは、はい。……ある程度」
「……」
そう言ったエイラは目を逸らした。
手加減する気がその全てから伝わってこない。どんな理由があるのかは知らないが、エイラも複雑な立場にいるらしい。
「……フィル、おはよ」
と、後ろから声が聞こえた。振り返れば、そこにいたのはやはりロゼだ。
もはや聞きなれている声だが、そういえば、いつもは教室に入った瞬間から付き纏ってくるから今日は珍しい。フィルより遅れてくること自体少ないのだ。
「おう、今日は遅いんだな、って、そうだ」
ここで、フィルの高性能な脳みそはもう一度正解を導き出す。
あまりに天才すぎる発想に自らを恐れてしまう。
「ロゼ、俺と一緒に決闘で戦って「ごめん、無理」
「は?」
天才によって導き出された解答は不正解。これはさすがのフィルも予想していなかった。
そう、剣術が抜きん出ている彼女が一緒に戦ってくれれば、たとえ二対三だとしても勝てる自信がフィルにはあった。そして、ロゼはフィルの言うことであれば大体従順であり、断るわけがない、はずだった。
それがなぜか、ロゼは相変わらず変化のない表情できっぱりと断った。
「私、その日用事あるから。ごめん」
「いや……まあ、そうか。用事なら、しょうがない」
苦虫を嚙み潰しながらフィルはそんな言葉を返した。
よりにもよって、である。ロゼもダメとなると若干詰んだ感が否めない。
「――はーい、おはよう。席に着いてー」
そうして、タイミングが良いのか悪いのかアグネリアが教室に現れる。
生徒は大人しく席に着いていき、アグネリアは粛々と話し始める。しかし、話は全て右から左へと駆け抜けていくだけで、全く頭に入ってこない。今週末にある決闘、そのことで頭が一杯なのだった。
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