第31話 経験不足ゆえに不適切な表現
廊下を歩いている途中、フィルの謎のテンションに振り回されていたユリウスは主導権を取り戻し無事に先導を歩いていた。どうやら話す場所は決まっていたらしく、連れてこられたのは大学の中心からはずれた裏庭のような所。
使われていなさそうなベンチに申し訳程度に植えられた木と花々、余った敷地を適当に埋めたといった印象の簡素な場所だ。
道中静かだったユリウスはベンチに腰掛けるとフィルにも座るよう促してくる。特に抗うこともなく隣に座ろうとするフィルだったが、ふとここまであまり見えていなかったユリウスの顔を見やる。
――それはとても神妙な面持ちで、これから行われる話し合いが楽しい方向に進むとは思えなかった。
座ってしばらく、沈黙が二人を包む。
とても世間話を振れる雰囲気ではなく、フィルは間合いをはかるしかなかった。すると、
「……フィル君、この前……というか、君と関わった二回は、すまなかった」
沈黙を破り、ユリウスの口から出てきたのは謝罪だった。頭を下げて、どこか食いしばっているように感じる。まさか謝罪だとは思っておらず、フィルは動揺してしまってあたふたと。
「い、いや、そんなに謝るほどじゃ……」
「思い返してみれば、君には迷惑を掛けてばかりだと思っていてだな……」
「いうて……ただの勘違いと打ち合いだけですし」
座る前に見た神妙な面持ちに似合わない内容。思ってたんと違う感。
あんな顔しといてまさか謝罪だけなの、とユリウスの生真面目さに尊敬を通り越して呆れかけていると、
「……違うんだ――今日は、もしかしたら将来、君に苦労を強いることになるかもしれない。また、迷惑を掛ける。だから、謝らせてくれ」
「いや、は……?迷惑って……」
よく理解ができなかった。なぜ迷惑を掛ける前提なのか、ていうかさっきの謝罪が本題じゃなかったのか。
困惑しかできないフィルをよそにユリウスは本題を話し始める。
「フィル君をここに呼んだのは……"話"というより"頼み"を聞いて欲しかったからなんだ」
「はぁ……」
「実は、私は今……
「はぁ……?」
とうとう意味が分からない。目の前の人は果たして正気なのだろうか。初印象からあった真面目そうなイメージが崩れ去っている。
しかし、当の本人は大真面目なのか目は見開いていてどこか恐怖を覚える。
「それの名称はまだ決まっていないんだが、そうだな、適当に名付けるならば――"ジュウ"というべきか」
「ジュ、ジュウ……?え、数字?」
言葉を続けるユリウスに対して何言ってんだコイツという目を向け続けるフィル。これは何かのどっきり、もしくは怪しげな宗教勧誘ではないかと邪推は止まらない。ただ、ユリウスはさらに言葉を続け、
「あぁ、名称を言っても仕方ないか。なんだ、簡単な原理になるんだが筒状のモノに"かやく"を詰め、それを爆発させることで質量のあるものを発射する、というものなんだが――」
「……
点と点が繋がり、同音異義の答えを導き出す。
この世界にあまりにも似つかわしくない兵器で、剣とか魔法とかからは最も距離のあるものだ。人差し指に力を込めれば人を殺せるあんな兵器、きっといつまでも生まれるべきではないのかもしれない。
――しかし、そんなものが目の前の青年によって生み出されようとしていた。
「そ、そんな兵器が時代を変えるって……いや、ていうかなんで俺にそのことを……?」
理解をすれば言葉がうまく出てこなくなる。ギリギリ知らないふりはできた気がするが、生まれようとしている兵器の恐ろしさを知っている者として今すぐにでもこれを止めるべきなのだろうか。
しかし一体どうやって、どのような理由を付けてやればいい。前世の記憶のことなんかこれっぽちも説得力を持たない。
そして、そんな困惑を隠せていないフィルを少し真面目な顔で見ていたユリウスは唐突に、
「――質問はそれでいいのかい?他に聞きたいことは、ないかい?」
と、念押しのような問い。しかし、パッと出てくる疑問はなく、半ば無意識に首を縦に振る。
振ると、ユリウスは目を瞑って空を仰いだ。
「そうか……いや、君にこのことを話したのは……そうだな、相応の実力があって信頼できる人が、君だったからだ。実力はもちろん、信頼に関しては"妹"のことがあるからな。まあ……君しかいないと思ったんだよ」
「はあ……なるほど」
よりにもよって、ユリウスの言う適任者が一番適していないかもしれないことは置いておくとして、フィルは今後の身の振り方を慎重に選ばなければいけない。
もし、本当にユリウスが銃の元祖になるものを開発しているとして、それが生まれるまでの期間や、または生まれるかどうかまである程度コントロールできる立場になれるかもしれないのである。ここで時代の進歩を止めるかどうか、フィルは手綱を握っていた。
けれどここで断る、つまり見て見ぬふりをすることも選択肢の一つではある。ここでユリウスが銃を開発することがこの世界の摂理として放任するのだ。
果たしてどちらを選ぶべきか、思考する言葉がこぼれる。
「そうですね……えーと」
「――フィル君、答えを聞く前に、最後にもうひとつだけ頼んでいいか?」
「な、なにをですか……?」
「どうか――妹と、エイラとこれ以上関わらないでくれ」
「……え?」
話のベクトルが百八十度曲がって、今度は素っ頓狂な声が漏れた。
どういう繋がりでエイラの話が出たのだろう。脈絡というものが存在しない話の繋げ方で、咄嗟に頭に浮かんだのは"答え"ではなく"疑問"であった。
「いや、いきなり何を言って……」
「妹が君を良く思っているのは知っている。暇さえあれば君のことについて相談されるしな、きっと、昔のことで意識しているんだ」
「だ、だから?それが関係を断つ理由になるんですか?確かにめちゃくちゃ気にかけてもらっている感じはする……しますけど」
「それが問題だ。妹は君を意識"しすぎて"いる。恩人、ということもあり理解もできるが、君と出会ってからのこの短い期間、妹はあまり良くない方向に進んでいるように見える」
初めて出会ったときの勘違いと言い、この兄は妹思いなのか。少々過干渉だとは感じるが、よく知らない同級生に傾倒するのを見て心配にならない身内はいない。
しかしフィルも、その横暴ともいえる物言いに言いたいことがないわけでもない。ていうか、素直に了承できる頼みでもない。
「だからってそれ、俺に言うんですか?自分で妹さんに注意でもすれば……」
「妹にはもう言ったさ。けれど、それほど意味があることだったとは思えない。妹の意識を変えるのは難しそうだ」
ユリウスは自らの力不足を自虐するように笑って、
「だから君の方から、妹と距離を置いてほしい。頼む」
頭を下げて請う。そういえば、ちょっと前にユリウスの願いのようにことを考えていた気がする。
では誤魔化すことができないとして、「はい」か「いいえ」の二択だとして、この願いに「はい」と答えていいのか。その簡単な自問にフィルは、
「――まあ、それはいやです」
明確な拒否で自答した。
ユリウスは頭を上げて、悲しそうな顔を見せると、
「……何故だい?」
理由を、そう答えた根拠を聞いてくる。
はっきりとしたモノは持ち合わせていないが、自然と口から出たモノがあった。脳を脳を介さず脊髄でフィルは言葉を発する。
「だって、あんだけ良くしてくれてるのに、嫌じゃないですか。突き放すなんて。俺はそんなに悪逆非道ではないっていうか、まあ、お兄様の言うようなことには気を付けようとも思いますけど……」
それに、兄に言われたからって急に距離なんて取ったら気まずいじゃん、と表には出さなかった本心。
自覚のあることだが、人間関係を自発的にどうこうするのは一番苦手なことだ。
「……」
表情を変えないまま無言のユリウス。今の言葉だけでは足りない、と判断したフィルは頭を働かせて最もらしい理由を付け加える。
――そうだ、エイラの行動には過去に助けてもらった恩を返そうという根源がある。エイラだってずっと献身的なわけがなく、命を救った感謝を彼女の気が済むまでさせたら意識だって普通に戻るはずである。
それを伝えようと言葉を構築し、フィルは口を開く。
「それに、
フィルがそう言えば、ユリウスは唐突に立ち上がる。
その行動に驚いて顔を見れば、そこには――確かな怒りが見て取れた。
そうして、
「やはり君は……」
ユリウスはそう小声で呟いたかと思えば、
「すまない。先ほどの話はなかったことにしてくれ。それと、ここで話したこと、特に銃のことについては他言無用で頼む。それじゃあ」
口早に、一方的に話し終えるとユリウスは足早に立ち去ってしまう。最後の言葉と表情、言葉のトーンから無事に説得できたとは思えない。どちらかと言えば、
「……失敗したぁぁああ、いや、どんな言葉選んでんだ俺はぁあ」
数秒前を振り返る。
自らの言い放った言葉を思い返せば、どことなく不適切な言葉がちらほら。これではエイラへ対しての認識を誤解されても仕方ない。
あれでは命を救ったのをいいことに、利用しているクズ野郎に映ってしまいそうである。ていうか、ユリウスの目にはそう映ったのだろう。
「はぁ、その内、誤解解けるかあ……?」
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