第23話 修羅場
唖然として少女を見つめていると、やがてその少女と目が合った。
それはやはり朝見た顔であり、後ろをつけてきた不審者に間違いない。
「やっぱり……」
フィルが彼女を認識すると同時、彼女もフィルを認識したらしい。
――すると、フィルのいる天幕の方へ公然と歩き出始めたのだった。
そこらの注目をかっさらい、堂々と歩く少女は天幕の前で止まる。
無表情な彼女の思惑など分かるわけがなく、そして、
「……あの、私。たぶん合格です、よね」
と、フィルの周りにいる教師陣に問いかけた。一見、自信過剰だと思える少女の発言は、しかし実力を見た教師陣からすると頷かざるを得ないらしい
誰もが渋い顔をする中、ただ一人アグネリアが口を開く。
「うーん……まあ、あんまり詳しいことは言えないけど……ぶっちゃけると、そうかもね」
他の教師がアグネリアの発言を妨げようとするが、アグネリアは「けど……」と続けて、
「仮にそうだったらどうするの、もう試験をやめるつもり?」
穏やかなアグネリアには似合わず、少しトゲがある物言い。試験を舐めるな、というような圧を感じる。
しかし、少女はそれにも臆せずに話を続ける。
「いや、その……やめるつもりっていうのとは違うん、ですけど……」
ゆっくりと、その目的を口にした。
「推薦された
「は?」
指を指されながら言われたことを理解できず、フィルの口から普通にキレ気味な単語が出る。
朝からなんなんだこいつは、と顔を顰めるが少女はどこ吹く風。大人の貫禄ある反論を期待し、アグネリアの方を見るが、
「「「……」」」
なぜか他の大人と馬鹿真面目に検討していた。
こんなもん却下に決まってるだろ、と念じるが物事は悪い方へと転がっていく。
「――分かった。面白そうだし、やってみようよ」
「……」
絶句。
あまりに自由すぎる試験体制に声が出ない。これでいいのだろうか、試験という厳格であるべきものが。
そして、アグネリアは手を合わせて、
「フィル君、一回だけお願いできない?」
「……はい、頑張ります……」
先ほどまでうるさかった闘技場はしんとして、ほぼ全ての注目を浴びている。
こんな雰囲気で断れる根性を持っているわけがなく、フィルは否応なしに首を縦に振った。
――そして、なぜか試験を止めてまで打ち合うことになった。
周りに観客が溢れていて、もはや逃げ道はない。
「こちら木剣になりますが、どちらを使いますか?」
と、係員から刀身が長い木剣と、短い木剣を差し出される。
得意なのは刀身の短い方だが、しかしリーチのある長い方も捨てがたい。そんな優柔不断なフィルが選択を渋っていると、
「あの、両方とも持っていても大丈夫ですが……」
「あ、じゃあ二つとも使います」
即決した。
腰に短剣を括り付け、木剣を握る。
目の前を見れば、相変わらず表情の読めない少女が無表情で立っている。どんな考えで戦いたいと言ったのか、皆目見当もつかない。
そして、準備ができたと判断したのか、勝手に審判ズラしているアグネリアがこの場を仕切る。
「よし、じゃあ始めるよ!くれぐれもケガのないように」
「よーい、はじめ!!」
号令がかかったと同時、少女は動き出し――
気づけば、目の前に少女がいて。
咄嗟に防御に出した手には物凄い衝撃。
――そして、次の瞬間には持っていた木剣を吹き飛ばされた。
「――!?」
あっという間の出来事に驚愕するが、視界の端に見えた彼女は無防備なフィルにその短剣を振るっていた。
その瞬間、フィルは短剣を取り出す暇もないことを悟る。
しかし、武器がないフィルは素手で距離を詰めていき、
「!?」
その腕を掴んで、力任せに後ろに投げ飛ばした。
随分と距離を飛んだが、しかし受け身は取られる。
「はぁはぁ……」
距離が取れてとりあえずの平静を得たことで、先ほどの一瞬を思い返す。
ただ、思い返すといっても特段不思議なことはされていない。ただ急速に距離を詰められ、後手になった手を弾かれただけだった。
それ故に、これは初見殺しでしかない。
詰めてきた時の速度は確かにすさまじかったが、構えていれば捉えられない速度ではない。
きっと、あの青年はこの初見殺しに倒れたのだ。
「……」
フィルは短剣を抜き、もう一度少女と対面する。
彼女は変わらず無表情で、どっちかといえば気味が悪かった。
「ッ!」
そして、少女の身体に力が入るのが見えた。
自然とフィルにも力が入る。
またしても、少女は俊敏に距離を詰めてくる。
ただ、二度も喰らうわけがなく、しかも今の得物は慣れている短剣だ。
今度は少女の振るった攻撃に短剣を合わせることができた。
それを皮切りに剣と剣がぶつかる音が響き始める。
速度だけかと思ったが剣術も随分と上手なようで、速度も相まってフィルは防御に専念することになる。
見えた剣戟を防ぎ、隙を待つことが現在の最善であった。
――しかしこの少女、遠慮がない。
一撃一撃に手加減がなく、防がなければ大怪我になりかねないものばかり。
木剣であること以外、殺し合いと相違点はそれほどない。
「……!」
一瞬、少女の攻撃に隙間が見えた。
フィルはそれを逃がしはしない。一突き、攻撃を挟む。
「……」
しかし、少女は驚異的な反射神経でそれを躱した。
速度、剣術、反射神経と。戦闘に必要な才能を全て持っているようで。
フィルは諦めず、守勢に入った少女に対して攻撃を繰り出していく。
ただ、その速度に押され、やがて少女に攻撃のターンが回る。
数秒前の戦況に戻って、打ち合いは続いていく。
――未だ数分の戦いは、ずっと感覚を研ぎ澄ましているフィルには数十分にも感じられた。
しかし、その成果は着々と出てきている。
野球で投手の剛速球に慣れるように、
高速で車の速度に慣れるように。
フィルもまた、少女の速さに慣れ始めていた。
防御の間にちょっとした反撃を入れる余裕も生まれている。
心なしか少女の顔も険しくなっている気がする。
しかし、少女もフィルも決定打がない。状況を動かす一撃がない。
この持久戦がどちらに転ぶか分からないことが、両者を焦らす要因となっていた。
「――……!」
そんな中、視界が広くなったフィルはこの場を動かす案を見つける。
そして、それを上手く使おうと少女との打ち合いを調整し、場を整えていく。
勘付かれないよう、打ち合いで負けないよう、慎重に整えていく。
――そうして少女をある一撃で弾き飛ばしたとき、
絶好の機会は唐突に訪れた。
「らぁ!!」
フィルは持っていた短剣を容赦なく投擲する。
絶対に躱されるというある種の信頼の下、全力で投げられた短剣はそれなりの速度を伴って少女へと飛んでいく。
そして、やはり短剣は躱される。
顔の正面に向かってきた短剣を、焦りも見せず無表情で。
しかしここまでは予想通り、ここからが大事なのだ。
「……」
武器を自ら手放したフィルに向かって、少女は距離を詰め容赦のない一撃入れようと身体に力を込めた。
そうやって前へと視線を戻し、
「――ッ!!」
そう、初めに吹き飛ばされた木剣だ。
フィルはそのまま唖然としている少女へと殺す気で剣を振り下ろし――しかし躱された。
不意打ちを知覚してから数コンマもない、彼女は圧倒的な"反射神経"で動いてみせたのだ。
そして隙が生まれたフィルに、少女も殺す勢いで反撃を繰り出す。
顔の目の前に短剣が見える。
その攻撃には確かな殺意を感じた。
普通なら躱せないそんな一撃を――
「……!」
――フィルは圧倒的な"本能"で躱してみせた。
意地と意地がぶつかって、瞬間で最高潮が見えたとき。
先に次の一撃を叩き込んだ方が勝つと、二人は感覚で理解する。
純粋な速さなら少女に軍配が上がるだろう。
しかし、先に身体が動いたのはフィルだった。
遅れて少女が短剣を振るう。
お互いに防御など考えず、ただ相手の顔面を吹き飛ばすことだけを考えて。
そして――
「そこまで!!」
アグネリアが間に入ったことにより、二人の攻撃が届くことはなかった。
息も絶え絶え、二人は数秒して意識が現実に戻ってくる。そんな二人にアグネリアは喧嘩を仲裁する親のように語り始めるのだ。
「私最初、ケガのないようにって言ったよね?誰があんな殺し合いギリギリな戦いをしろって言った?見てて危なっかしいったらないよ、まったく」
「「……」」
「君らの実力はもう分かったから、君が合格なことも、フィル君が推薦されたことも、誰も文句はない。帰れとは言わない、けど、試験が終わるまで大人しくしててもらうからね」
二人は返事もせず、フィルは天幕へ、少女は闘技場の端へと移動する。
お互いに目を合わせることはなく、掛ける言葉もなかった。
――天幕へ戻ったフィルは、ギラギラとしていた目を瞼で閉じて数回深呼吸をする。久しぶりに体験した殺し合いが、フィルの胸の内を存分にざわつかせていた。
深呼吸を繰り返して騒いでいた心臓が落ち着いてきたとき、再び目を開ける。
気付けば、試験という名のトーナメントは再開していて、周りに教師とアグネリアが既に座っている。
そして、アグネリアは平静を取り戻したらしいフィルを見て口を開いた。
「どう、落ち着いた?」
「……すいません、危なっかしいことして……」
「それだけ彼女に実力があったってことだよ。いいことじゃないか」
「はぁ……そうですか?」
何がいいことなのか全く分からないが、きっと学校側の視点だろう、と適当に納得する。そして、アグネリアはそういえばと言葉を続けて、
「フィル君ってさ、お父さん以外に戦い方を教えてくれた人とかいる?」
「……? いない、ですけど……」
そう、とアグネリアは零す。
そして、
「――なら、誰に
急に距離を詰めて問いただしてきた。尋問、といった方が正しいか。
少なくとも、フィルの戦法がフィリッツによるものではないと確信しているらしい。まさか「前世で人殺ししながら学んだんですよ」なんて言えるわけなく、なんて誤魔化すか迷う。
しかし、時間が解決してくれる問題でもなく、何かを発しなければいけない訳で。
「……シャルロット様を助けるために近衛と戦ったとき。剣が折れて、ちょうど短剣ぐらいになったんです。それで、なんとしても時間を稼がなくちゃいけないって思って、でたらめに戦って……。そのときについた癖、だと思います……」
思い出すのも苦しい、そんな苦悶の表情を浮かべながら言った。
秘儀"トラウマだからこれ以上深堀りするなよ"の陣である。
「そうなんだ……ごめんね、思い出させちゃって……」
「そんなそんな」
作戦通り、アグネリアはこれ以上の追求をしてくることはなかった。
具体的なことを何一つ決めておらず、一つでも聞かれてしまえばボロが出ていたが、間一髪、難を逃れたフィルであった。
――そこから会話が続くことはなく、教師たちと一緒に試験の様子を眺めるだけになった。敗退した人が帰っていき、少しずつ人が減っていく闘技場を見ながらとうとう決勝戦。
どちらかが抜きん出ていることもなく、随分と拮抗した試合によって一番実力がある人が決まる。
優勝した名前も知らない人は心の底から喜んでいた。努力が実った瞬間であり、素晴らしい景色なのだろう。
しかしフィルは、視界の端に映る座り込んでいた"あの少女"に気をとられ、それほど集中して見てたわけではなかった。
ときどき目が合い、その度に気まずくなって逸らしていたが、自然と視線は少女の方へ向かってしまって。
そうして長かった試験が終わり、アグネリアはふうと息を吐く。
ただ見てるだけだというのに、彼女は心底疲れた風で、
「さて、フィル君もお疲れ様。今日はこれで終わりだから、もう帰っても大丈夫だよ」
「は、はい。お疲れ様でした」
あっさりとした解散だったが、フィルは遠慮なく荷物をまとめてその場を後にする。すべてを出し切ったらしい少年少女達を横切って、闘技場の外へ出ようとした。
すると、
「――あのっ!」
後ろから聞いたことがある気がする声で呼び止められた。
反射的に振り返ると、
「……なんでしょうか」
そこには修道服を着た"エイラ・クラウディア"が立っていた。
女装していたことがバレているかもしれない人で、要注意人物だ。ここで話し掛けてきたのもただの偶然なわけがない。慎重を念頭に置いて、フィルはエイラを見定める。
「えーと、その……私のこと覚えてませんか?」
「……いや、初めましてじゃあないですか?」
真剣な眼差しで問われるが、フィルも負けず劣らずの眼差しで否定する。
まるで庭でのことなど記憶にないように自己暗示。
しかし、
「……フフフ。そうなんですね」
エイラは不敵な笑みを浮かべた。
何がおかしい、とフィルが口に出す前に、
「――それで誤魔化せると思ってますか?フィルさん」
エイラは圧倒的な確信を持って、フィルに詰め寄る。
人違いであるとは微塵も思っていないようで、彼女を煙に巻くのは不可能だと察する。
しかし、無様に認めるのは死ぬよりも嫌なことで。
「……それ、王女様にも言われたなあ。なんなんですか。幼いころに、俺に似た誰かに会ったんですか?きっとそれ、人違いなんじゃないでしょうかね」
「あれ、私も王女様から聞きましたよ。カマかけたらキレイに引っ掛かってくれたから簡単に分かったって。フィルザ……じゃないんでした、フィルさん?」
「……もしかして、シャルロットがバラした相手って……」
「はて、なんのことでしょう」
楽しそうに口角を上げながら、エイラはとぼけた。
反対にフィルは面白くなさそうにして、
「……それで、なんの用だ。あの時のことをネタに脅そうっているなら俺は――」
「――あの時は、助けてくれてありがとうございました」
喧嘩腰だったフィルに対して、エイラは深く頭を下げた。
フィルはその謝意に驚いて、開いていた口を閉ざす。
「ずっとお礼を言いたかったんです……けど、あそこで聞いた名前の人なんて存在しないって言われて……」
「……」
「もう会えないんじゃないかと思ってました。……それが最近になってシャルロットが見つけたっていうから、私が無理を言って教えてもらったんです。彼女を責めないでください。フィルさんが言って欲しくなかったのは……聞いてから気づきました。身勝手なことをすいません」
誠心誠意、心の底からの言葉。
人の気持ちに鈍感なフィルでも、この言葉にどれだけの思いが籠っているかが分かってしまう。それだけ、この言葉には感情が乗っていた。
「秘密を言いふらそうとか、脅したりなんかは絶対にしません。ただ、お礼を言いたかったんです。――改めて本当にありがとうございました」
「そ、そう……なんだ。いや、その……」
あまりに真っ直ぐすぎる思いを上手く受け止めきれず言葉に詰まる。返す言葉が見つからない。フィルは分かりやすくあたふたとしていた。
そんな慣れない生暖かい雰囲気が辺りを包むが、
「――アデルベルトさーん!!」
「ちょ!バカ!空気読め!!あの空間にどうやったら声かけれるんだよ!」
聞いたことのある馬鹿デカい声が聞こえた。
声の方を向けば青年が手を振っていて、しかし次の瞬間にはそれをアーツが殴り飛ばしていた。そして、アーツは頭を下げながら手を合わせ、
「ほんっとすいません!どうぞ気にせずにお話を続けてください!それでは!」
そして、アーツはぐったりとしている青年の髪を掴み、引き摺っていく。
痛い痛いと青年は騒いでいるが、お構いなしの様子。
「「……」」
しかし、アーツの健闘虚しく、出来上がっていた生暖かい雰囲気は壊れかけていた。フィルは会話そっちのけで呆然とアーツ達を見ている。
すると、
「……フィルさん。その、私、もう一つ言いたいことがありまして……」
エイラは俯きながら、もじもじとして言葉を詰まらせていた。
何が言いたいんだ、とフィルはエイラを見つめて――
「――フィル」
今度は静かな音で、後ろから声をかけられた。
フィルは肩をビクッと跳ねさせて後ろを振り向く。そこには、
「あ、お前……」
相変わらず無表情な"少女"が立っていたのだった。
まさか話し掛けられると思っておらず、少し目を尖らせて見やる。しかし、少女の視線には覚悟のようなものを感じた。
「なに、なんの用」
「……」
用事を聞いても少女は口を開かない。黙ったまま、じっと目を見てくるだけ。
そのまま数秒無言で、ついには堪えられなくなって、
「何もないんだったら後でいいか。今ちょっと――」「フィル、私と結婚しよ」
「ん、は???」
口を顎が外れるギリギリまで開けて思考停止。
少女の言った言語の理解には時間がかかりそうであった。
ただ、少女はそんな時間など与える気はないようで。
「ねえ。返事は?」
「へ、返事って……てかなにがそんな急に……」
訳も分からず求婚され、考える暇もなく返事を求められる。それが飲み込めるわけもなく、フィルは理由を問いただした。
「理由?……フィルが、私より強かったから。村の決まり」
「なんだその野生動物みたいな決まりは……。て、ていうか、お前との勝負はつかなかっただろ。俺が勝ったとは思えないが?」
あたかも当たり前な理由とでもいうような少女にフィルは頭がこんがらがる。どうしたら"強い"なんて理由で求婚できるのだろう。
「ううん。あれは、止められなかったら私が負けてた。それに、あと何回やったって勝てないって、私は分かる」
「そう、か……?」
「うん、あと……
「へ?」
少女はむっとして、
「"ロゼ・シズレリア"、名前。お前じゃなくて、名前で呼んで」
少女改め、ロゼ・シズレリアは急速に距離を詰めてくる。
少なくとも強さだけで求婚するのは普通ではない。"村の決まり"といい、試験中に戦いを挑んでくることといい、少し世間を知らなすぎるようだ。
よってフィルは、
「……いいか、ロゼ。ただ自分より強いってだけで求婚するのはあんまり一般的じゃない。村の決まりか知らんけど、もっとしっかり相手は考えた方が……」
「……だめなの?」
「……いや」
小動物を彷彿とさせる声。言うつもりだった拒否が出てこなくなる。
明確に拒絶する理由がないことで踏ん切りがつかない。
「別に、いきなり結婚を考えなくてもいいよ。けど、だめならだめって、言って?」
「……ッ」
その強烈な二択にフィルは言語野が吹き飛ぶ。
今すぐに断ることは難しそうだった。
しかし、
「――あの、まだ私が話してたんですけど」
エイラが間に入ってくる。
すると、少女は分かりやすく不機嫌を顔に出して、
「だから、なに?それに、今は私が話してたんだけど」
「先に割り込んできたのはそちらですよね?今話してたからなんだっていうんですか」
なぜか一触即発の雰囲気で話は進んでいく。
「ていうか、言いたいことがあるなら私に構わなくていいよ。"私は"言いたいこと言えたし」
「……まるで、私は言えてないみたいな物言いですね」
「そんなこと一言も言ってない。勝手な被害妄想はやめて」
段々と強くなる語気にフィルも止めようと思い始めた。
ここはまだ闘技場の中で、大きくなる声量で注目も集まりだしている。
「ふ、二人とも?一旦外に出ないか……?」
そう言うと、エイラは周りを見渡した。
そして知らぬうちに人の目が集まっていることに気付いたのか、ふうと息を吐き、
「……たしかに、少し冷静じゃありませんでした。すいません、今日はここで失礼します。フィルさん、また今度」
「お、おう。また今度……?」
言うが早いか、エイラは闘技場を後にした。
歩き方から怒りが見て取れ、最後の挨拶からもロゼと確執が生まれたらしいことが分かる。
「フィル、今日は私も帰るね」
「そ、そうか」
「うん、またね」
そう言って、ロゼは背を向けた。表情からは分からなかったが、声の調子から少し不機嫌そうではあった。
――そうして、姿が見えなくなると、急に疲労が襲ってきて、
「まじで、なんなんだ……?」
フィルはため息を吐いた。
エイラと再会して、ロゼに求婚されて、二人が喧嘩して。
ただ試験を見に来ただけなのに、色々起こりすぎであった。
「……アデルベルトさん?」
そうやって俯いていると、後ろから声を掛けられる。
もう面倒ごとはごめんだ、と思いつつ、後ろを振り返ると、
「ああ、お前か……」
そこにいたのはあの青年だ。後ろにアーツを連れて、懲りずに話し掛けてきていた。
しかし、青年は頬を搔いて苦笑しながら、
「えーと、なんすか?今の……修羅場?」
と、聞いてきたものだから、フィルは目を細めて、
「……黙ってろ、バカ」
そう不機嫌に言い返して、フィルはその場を後にするのだった。
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