第13話 団体行動初見
あれから三週間。庭でのリハビリは三日坊主にならず続いていて、けれど完治までは遠そうであった。
何回か庭での運動をフィリッツに見られたが、あれ以降剣術を教えてくれる素振りはない。不得意だから無理させないようにしよう、などと下らないことを考えているのだろうか。
だとしたら、どれだけ下手くそに見えたという話であり、"もしかしてこの世界の戦いのレベルはとてつもなく高くて、そんな中俺ってめちゃくちゃ弱かったってことか……?"と迷走しかけた時もあった。
しかし、それは迷走であり、まさかそんな理由であるわけがない。
そうだ、まさかそんな。
――そしてフィルは、今日も今日とて走り込みから始まる適当な運動をこなしていた。
最近のティルザは忙しいそうでよく家を空けていたが、今日は珍しく二人共で休日らしくリビングでゆっくりとしている。談笑したりおやつを食べたり、楽しそうに休日を満喫していた。
反して、ゼェゼェと息を切らすフィル。
膝に手を付き、堕落していた生活習慣がもう運動はいいだろうと甘美な誘惑をしてきている。
「フィルー。疲れてるところ少しいいか?」
やる気が劣勢の中、寝そべりだらけ始めていた彼は久方ぶりのフィリッツの来訪でゆっくり体を上げる。
「んー、なに?」
「なに、今日はそこで祭りやってるんだよ。ひと段落ついたんなら一緒に行くか?」
「んー……」
一見少しの休憩に見えるだろうこの体制、しかしこの怠け者は、運動を始めてたったの十五分で寝そべっている。ひと段落どころか、始まってすらいない。
しかし、数秒の熟考。そして、
「――よし、行こうかな」
「お、そうか。なら俺も準備してくるから」
「んー」
と、あまりにも短絡的に逃げ出したのだった。
まだまだ完治は遠そうである。
フィル達は家でゆっくりすると言ったティルザを残して祭りへと駆り出す。数分歩いたところで祭りの騒がしさが耳に伝わってきて少し胸が高鳴ってくる。
気持ち足速になりながらもフィリッツに着いて行き、何度か角を曲がると、普段見ないような露天やら屋台やらが並ぶ楽しそうな通りに出た。
「おぉ……」
「どうだ?楽しそうだろー?」
ザ・感嘆、と言った音を溢すフィルに、フィリッツは何故か得意げな顔をしている。けれど、楽しそうであるのは事実であり、否定できないのがムカつくところ。
「この祭りは"ベフレイン祭"つってな、一年に一回全国で騒ぐんだよ。みんな略して"ベフ祭"っていうけどな」
「へえ……」
フィリッツは得意げな顔のまま祭りについて語り出すが、もちろん歴史や発祥なんかに興味があるわけもなく八割型聞き流す。
そのまま適当に相槌を打ちながら、賑やかな通りを歩いていく。
「ほれ、フィル」
「ん?」
呼ばれて振り向けば、いつの間にか説明をやめていたフィリッツが布袋のようなものを差し出していた。
「なにこれ?」
「軍資金だよ、軍資金。この祭りを楽しむためのお小遣い。千ハウト入ってるから自由に使っていいぞ」
「おぉ……ありがと」
お礼を言いながら、未だに慣れていない円換算をする。十ハウトがだいたい百円であるから、十倍すればいいので千ハウトは一万円ほど。
お小遣いなどもらった経験など無いフィルは相場が分からないが、少し多いような気がして仕方ない。果たして、子供に手渡しする金額なのだろうか。
困惑しつつも周りを見て、屋台の文字に目を配る。
"ランド釣り"や"ウルケ"など、その全てに聞き覚えがなく珍しいものばかり。身体年齢相応、どこかワクワクとしてくる。
(え、あの"イクテすくい"ってやつ。金魚すくい?なんだよイクテ、めっちゃ気になるんだけど。てかその隣のメランオーストはもはや何?予想もできない……あ、チョコバナナ?あれバナナ?いや待って――)
心躍り狂うフィル。
しかし、このままでは何もせず終わりそうだったので、取り敢えずチョコバナナっぽい物を買うこと決める。元気に客を呼び込んでいるおじさんへと話しかけた。
「すいませーん、メラン…オースト一つください」
「あいよ!一つ五十ハウトだよ!」
「はいはい、えーと」
この果物らしきものにチョコっぽいものをコーティングしたものが五百円もするという事実は置いておいて、千ハウトが入っているにしては嫌に軽い袋の中を見る。
――そして、固まった。
「ん、どうした?お金、足りなかったか?」
「い、いやっ。……じゃあこれで」
と、フィルが差し出したのは一枚の
確かに一枚で千ハウトだが。持ち運びが楽そうだが。
これでは五百円の買い物に一万円を出した少し面倒な客だ。せめてもうちょっとバラした状態で渡して欲しかった。
「き、金貨かい?」
案の定、せめて銀貨で払えよという視線を感じる。
「……えーと、やっぱメランオースト二つください」
「そうかい?ならお釣りは九百ハウトね」
無駄な手間を掛けさせる贖罪と、せめて五十ハウト分の釣りを減らそうともう一つ追加する。
それで申し訳ないという気持ちが伝わったのか、店のおじさんはニコニコしながらお釣りとチョコバナナらしきものを手渡した。
「お帰りフィル。お、メランオーストか。いいじゃ……イテッイテッ!な、なんだよ?!」
「……」
駆け寄ったフィルは取り敢えず何回か蹴った。困ったら肉体言語、フィルの女装を止めるよう言ってくれたあの医者の助言は案外役に立っているようだった。
そして一通り鬱憤を晴らした後、フィル達は色々と屋台を回っていった。
見たことないフルーツの飴や、果たして美味しいのか分からない唯の砂糖の塊。小さい生き物を使った競馬のような屋台もあり、フィル達はそれら全てを存分に楽しんでいた。
「――はー、まさかガエルがあそこで速度上げるとは……一番ないかと思ってたのに」
「父さんって、意外とギャンブル好きなんだ」
「まあ、少しだぞ?けど、賭け事なんて祭りの時だけだよ。これでも散財は避けてるんだ」
二人とも最初に比べテンションが上がっていた。フィリッツも、初めて息子と祭りに来れたのは嬉しいことなのだろう。
「お、じゃあ次はあれで勝負するか」
「どれ?」
フィリッツが指刺した方には"ナイフ当て"と書かれた店だった。丸いマトが一枚あるので、おそらくダーツみたいなものだろう。
「いいけど……それ俺に勝てる可能性あるの?」
「いいかフィル、物事はなんでも挑戦から始めるんだ。――ということで一回やってみようぜ!へいオヤジ!二人分な!」
了承なんて関係なくゴリ押しでフィリッツはテキパキと支払いを済ますと、ナイフを五本受け取りそのままマトを睨む。
「て言っても、投擲とかあんまり得意じゃないんだけどな……ホレ!」
そう言いながら投げられたナイフは見事に真ん中近くに刺さる。
得意じゃないとは何。
「ほれ!ほれ!ほれ!ほれ!」
そのまま間髪入れずに四本とも投げ、一本がど真ん中に命中。その他はその周りといった結果となった。
「どうだ、父は凄いだろう?」
それに満足したのか、フィリッツは見慣れたドヤ顔をしながらフィルに五本のナイフを渡す。
見慣れたといっても鼻につくことは変わらなく、そして調子付くその顔があまりにもムカつくものだから、フィルはつい、
「全然、俺なら全部真ん中当てるぐらいできる……気がする」
「ハハハッ!それなら一本真ん中に当たる度に千ハウトやるぞ!」
と、謎の虚言を張り倒したのだった。おそらく本人にそのつもりはないが、一本真ん中ごとに一万円というのも、結構な煽りに聞こえてくる。
(けれど安心してほしい。何せ、前世の最後、俺はアイツの頭にナイフを命中させている。つまるところ百発百中だ……今のところ)
心の中で意味不明な決意を抱き、フィルはナイフを構える。
懐かしい感触に息を吐き、少し心を落ち着かせる。
そして、
「おらっ!」
と、掛け声とともにナイフを投げた。
投げたそれは綺麗な直線軌道を描きながら的へと向かい――
「……おっ?」
見事、的の中央に命中した。
「おお、すごいなフィル!さっそくど真ん中じゃないか。……まさか俺の小遣いが減ることになるとは思わなんだ」
さっそく父親の懐に小さくないダメージを与え、おそらく快調な滑り出し。
フィルは調子のままにニ投目。
「おぉ……?」
「二個目も真ん中か……!なんだ、フィルはこういうのが得意だったのか?」
感心しながらも顔を引き攣らせるフィリッツを横目に、軽く笑いながら気軽に三、四投。
それらはもはや隙間の少ない真ん中の枠へ狭々しく突き刺さっていく。
「えぇ……俺天才かも」
「……天才だよ。フィルは天才だ。……だから最後はルールを変えないか……?もう真ん中隙間ないだろ。だから賞金は……ナイフの柄に刺さったらにしよう、な?」
もう恥も外聞もないようだった。偉大な父がこうなってしまうほど懐には相当なダメージが入っているらしい。
かわいそうにも見えてきたフィルだが、なんだか面白くも見えてしまい調子に乗る。
「いいけど、当たったら五千ハウトとかにしてよ」
「……三千、これが限界だ」
「ならそれでいいよ」
楽しそうに笑うフィルは年相応で、しかしそれは親からお小遣いを搾り取っているからだ。ともすれば、この笑顔も残酷なものに見えてくる。
フィルは『これで柄に当たったらめっちゃおもしろいな』と邪悪なことを考えながら、勿体ぶる事なく最後のナイフを投げた――。
フィルは数分前より重くなった銭袋を手に、ほかほかとした顔をしていた。
最後の一投は見事ナイフの柄に刺さり、店主とフィリッツを叫ばせたのだった。フィリッツの財布の中身がそのままフィルの袋へ移り、だいたい五千ハウトぐらい。しばらく歩いて『今月、まだ半月ぐらいしか経ってないよな……』と、絶望を認識する声が聞こえた。
「父さん、欲しいものがあったら何でも言っていいよ。今ならなんでも買ってあげるから」
「グッ……!けどまあ、息子の新たな才能を知れた代金だと思えば安い安い!……安い、はず!」
「お、おぅ。そう?」
ひと煽りするとフィリッツは血涙を流しながら喜ぶ。漢気溢れる父親である。
「……あ、すまんフィル。ちょっとトイレ行ってくる」
「あい、行ってらっしゃい」
そう言い、人混みへと消えていった。祭りは中々賑わっており、ほんの数秒で後ろ姿は見えなくなる。
フィルは急な手持ち無沙汰にボーっとしながら通りを歩き始めた。普段見ないような店はまだまだあって、それは今日だけでは回りきれないほど。臨時収入である五千ハウトもきっと容易に使い切れてしまう。
「祭り、楽しいなぁ……」
と、一人感慨に耽る。
歩けば歩くほど目まぐるしく変わる店の景観に心の舞踏は収まる気配がなく、ただ見て回るという行為ですら飽きる気配が見えない。心の底から楽しい、と胸を張って言える。
「ん?"アコール"?」
ふと、その名前の書かれた看板が目に止まる。
パッと見飲み物に見え、ガラスの中はシュワシュワと炭酸のようであった。いざ飲み物と認識すると、急に喉が渇きを訴えてくる。
となれば行動は早かった。
「すいませーん。アコール一つ」
「あいよ!おう、偉いね。お使いかい?」
「ん、まあ?」
謎に褒められるが、フィルは適当に返事しつつアコールを受け取る。そして人の流れへと戻り、またブラブラとし始めた。
その後ろ姿を見た店主はというと。
「しっかし、お使いとはいえ普通子供に"お酒"買わせるか?どんな親だよ、ったく」
と、かの有名な副団長へ届かぬ悪態をついたのだった。
――もちろんそんなことは梅雨知らず、フィルはアコールを飲みながら通りを歩く。
この世界特有の、とてもアルコール度数の高い酒を。
「うげっ。にがぁ……なにこれ」
あまり美味しくないそれを、せっかく買ったのだからと根性で飲み干したフィル。しかし特有の苦さが口の中に残り、何かで中和しようとまた別の飲み物を探して歩き、
――そして気付いた。数分歩いて、とても重大なことに。
「あれこれ、動いたら合流できなくね?なんで歩いた俺?」
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