第7話 前途多難、全部多難
扉を開けると、そこには白髭を蓄えたいかにも王が玉座に鎮座していた。
――ルドルフ・フィーレンス。
このフィーレンス王国の現国王であり、隣には王妃だろう美しい女性も座っている。
両者とも威厳という威厳は十分で、緊張なんてカケラもしてなかったフィルも体が少し強張った。
「ルドルフ王、ただいま参りました。アデルベルトでごさいます」
フィリッツは普段は見せない真面目な様子で礼をする。こういうしっかりしたところを見ると、家での出来事を信じられなくなりそうになるが悲しいことに同一人物だ。
「うむ、よくぞ参った。ティルザも元気そうだな。どれ、お前の
最初からクライマックス。
頭を下げたことによってルドルフには見えていないが、フィリッツの顔には汗がダラダラと垂れている。
息子だということが伝わり過ぎではないか、ということはこの際置いておこう。今その問題はそれほど重要じゃない。
たしかに祖母は誤魔化すことができた。しかし、王はどうなのだろうか。王を騙すというのは、先程と難易度が段違いだ。
”王を騙す”というハードルの高さ。そこらの一般人に嘘を吐くとは比較にならない重さがある。
しばらく沈黙していたフィリッツは決心が付いたようで、体を大袈裟に動かしながらこの国のトップに嘘を吐く。
「何を言っているんですか、生まれたのは娘ですよ!名前をフィルと言いまして可愛い子でしょう?いやー、ついさっきも息子だと勘違いされまして、一体どこでそんな噂が広まったんでしょうね?全く、困ったものです!」
よくまあペラペラと言葉が出る。
しかしまあ、これだけ言えば十分だろう。先程同様、父の言葉がどことも知れぬ噂を覆すのだ。
「ん?何を言ってるんだ、お前が言ったんだろう。自慢げに、男の子だったと」
「あっ」
――その噂がまた父自身の言葉でない限り。
(……いや"あっ"じゃないが?家でのいけるかもーみたいな雰囲気は何だったんだ。進むたび壁にぶつかってるじゃん)
呆れるフィルをよそにフィリッツは、
「いやいや、そんなまさか!現にほら、見てください。この可愛い顔と姿!どこが男の子だって言うのですか!加えてティルザに似て優しい性格ときた!この子を男って言うのなら、たとえ王であろうと許すことはできません!性別を間違えるってことはそれぐらい重罪ですよ!?」
さらに嘘を吐き続ける。
素晴らしいほどのマシンガントーク。これが王に向かって取っていい態度と言葉なのかはさて置き、当初のゴリ押しって所は完璧だろう。
この強気の姿勢が良かったのか、さすがのルドルフも折れる。
しかも、彼は人格がしっかりとしているのだろう。人の子供の性別を間違えた、ということに罪悪感を抱き、申し訳なさそうな顔をしていた。
そして、かたや一国の王に嘘を吐いてまでこんな顔をさせる騎士団の副団長。
異世界というのは退屈のない世界だとフィルは思う。
「う、うむ……失礼なことを言ってしまった。確かに、性別を間違えるのは良くないな。本当に申し訳ない」
ルドルフはしっかりと頭を下げて謝罪する。
フィルの隣では、自分の子供の性別を間違えていたティルザと、王に必要のない謝罪をさせ良心の呵責に苛まれるフィリッツが形容し難い表情をしていた。
「さて、雑談もこのくらいにして、さっそく会議に移るとしよう。そろそろ人も集まっているはずだろうしな。フィルの方は別室で待っててもらうということで良いな?」
「はい、大丈夫です」
「フィル?フィル以外にも沢山の子がいるけど、仲良くするのよ?他の子にも優しくね?」
「うん。大丈夫、いってらっしゃい」
実際には他の子に優しくする以前に、仲良く会話するコミュ力が不足している訳だが。まさか、前世で他人と必要以上関わってこなかったことが来世にまで響くとは誰に予想できるだろう。
特に言うことがなく、至って当たり障りのない返答をしたフィルだったが、
「ふふっ、やっぱり自慢の
――なんともお手本のような口の滑らしを見せたティルザであった。こんな滑らし方、下手な漫画でも見ない。
フィリッツも口をあんぐりと開け、すぐに王の方へと視線を向ける。
できれば、聞こえていないことを願って。
「ん、今息子と言ったか?なんだ、やっぱり男なのか?」
デジャブ。現実はそう甘くなかった。
バッチリ聴こえていたのか、訝しんだ目をこちらに向けている。
やらかしてしまったティルザは、何か言い訳をしようと口をパクパクさせている。
だが、彼女が何か言うということは、墓穴を掘ることと同義だ。事態が悪化するのが目に浮かぶ。
「ち、違くて!えーと、そのー」
シャベルを持ち、今にも自分の墓穴を掘ろうとしているティルザ。頼みのフィリッツも思考が停止している。
万事休すか、と思われたその時、
「――ルドルフ王。ティルザ様の言葉に一々反応していてはキリがないかと。それに、時間も迫っております」
と、フィル達にとって助け舟を出したのは、重々しい鎧を纏った騎士であった。
よく見ればその鎧は周りの騎士と種類が違う。何か特別な人なのだろう、丁寧に兜までしていて、中性的な声にも関わらず貫禄のある姿をしていた。
「ああ、たしかにそうだな。ティルザ、親になったのだからもうちょっと落ち着きを持つのだぞ。子供の性別を間違えるのも良くないからな」
「そうですね……はい」
「うむ、それでは行こうか」
今のやり取りだけで、王城でのティルザの扱いが分かってしまった。
ティルザはたしかに上役だが、ドジではないわけではないらしい。言葉による影響力が皆無である。
さすがは我が母。自らのミスを日頃の行いでカバーするなんて、凡人にできることではない。
「そうだ、
「はい、分かりました」
アルベールと呼ばれた騎士は、先程ナイスフォローをしてくれた全身鎧姿の騎士であった。
アルベールは返答と共にフィルへと近寄るが、流石のフィルも鎧姿の人に詰め寄られた経験など無いため体が少々強張ってしまう。だが、アルベールはその重々しい鎧姿に合わない優しい声で話しかけた。
「フィルくん、だっけ。僕はアルベールっていうんだ。部屋まで案内するね」
「は、はいっ」
見事に緊張が声に出てしまい、上擦った声が漏れる。
そんなカチカチのフィルにアルベールは微笑むような笑いを溢した。
「ふふっ、そんな緊張しないでも大丈夫だよ」
「そ、そうですね」
姿と声のギャップに脳が唸りを上げるが、軍配は優しい声色の方に上がる。
多少緊張は取れ、そのままアルベールの先導する方へと歩くのだった。
「――それにしても、わざわざ王城まで来るの面倒だったでしょ。大変だよね、この習慣」
しばらくの間無言で歩いていた二人だが、アルベールは唐突に話を振った。
この数年間、会話したことのある人は両親と、近所のおばさんだけ。全く育まれなかったコミュ能力はこんな雑談の返答にも長考を必要とする。
「……そうです、かね」
しかも、それが良い返答だとは限らない。とても数秒考えた文とは思えないものだ。
ただ、アルベールは気にも止めず、
「そう?僕が子供だったら絶対嫌だって思うけどなぁ。だって、たくさんの偉い人が子供連れて王城まで来るのに、着いていった子供は王様に会ったら別室待機だよ?面倒ったらないよ」
「まあ……たしかに」
「でしょ?しかもさ――」
と、アルベールは会話を次々と回す。
これがコミュ強というのだろう。フィルも段々と口が回るようになり、いつしか人見知り特有の緊張はなくなっていた。
そして気付くと、
「おっと、部屋はここだよ。僕の無駄話に付き合わせて悪かったね」
「いやいや、楽しかったです」
「そう?なら良かった」
重々しい兜をしていても優しく笑っているのが分かった。見た目で人を判断してはいけない、と考え改めるには十分すぎる人だ。
「それじゃ、僕はこれで。また会う機会があったら……あ、けどその時にはもう忘れちゃってるかな?」
「そんなことないです、多分」
「ふふっ、そうだと嬉しいよ。それじゃあね」
そう言って、最後まで聖人君子だったアルベールは立ち去った。アルベールが廊下の角を曲がり、完全に見えなくなってもフィルはしばらくボーッとしてしまう。
そして、ふと呟く。
「……めっちゃいい人だったなぁ。死ぬ前こんな人と出会ったっけ……いや、いないなぁ」
脳裏で仲の良かった友人をチラつかせながら、部屋のドアと向き合うのだった。
――そうして、向き合ったまま五分。
ドアに手を掛けては下ろして深呼吸をする、という無意味な行為をフィルは続けていた。
特に入れない理由はない。緊張なんかしていないし、臆しているわけでもない。
ただ、ドアを開けようとする度に自分の姿がフラッシュバックしてしまうのだ。女装をしている、馬鹿ばかしい自分の姿が。
ただの木製の扉のはずが、今はとてつもなく大きな鋼鉄の扉に見えなくも無い。
「……よし」
悩むこと数分。
こんなに扉の前で固まっている方が恥ずかしいことだ、と部屋に入る理由ができたところでフィルは覚悟が決まる。
いざ、とドアノブに手を掛けようとしたその時――廊下の反対側から軽く言い争っている声が聞こえた。
声の下は方を向けば、メイド服を着た女性とフィルと同い年ぐらいの女の子。
そしてパッと見て驚くべきはその女の子の存在感。
彼女の綺麗な薄青色の髪はとても可愛いらしく、メイド服なんて目を引くものより目立っている。
「お嬢様?本当に戻らなくていいんですね?」
「そんな質問、意味ないこと知ってるでしょ」
「はぁ……分かりました。けどちょっとですからね!少ししたら迎えに来ますからね!」
「分かってるって。あ、少しの基準は私のでお願い」
「もう、なに言ってるんですか……」
などと二人は争いながら、フィルのいる部屋の前までたどり着く。
すっかり目を奪われ、呆然と立ち尽くしていたフィルは女の子と目が合ってしまうのだった。
「――ん?どうかしたんですか?」
「い、いやっ、ちょうどこの部屋に入ろうとしたところで……」
と、言い訳にしては貧弱な返答。
嘘だとバレる要素が大いにあるが、彼女はニコッと微笑むと、いきなりフィルの手を握った。
「そうだったんだ!私もちょうど着いたところなんだ!ほら、一緒に行こ!」
「ちょ、ちょ?!」
彼女は手を掴むと躊躇いもなく引っ張った。
完全にペースを持っていかれたフィルに為す術はなく、女の子とは思えないほどの力でされるがままの状態。とても中身が男とは思えない。
「お、お嬢様!時間になったら迎えに来ますからね!絶対にそれまでですよ!」
「分かってるって!」
女の子は元気よく返事をすると、振り返ることもせずにドアを勢いよく開くと、
「――初めまして、”シャルロット”です!よろしくお願いします!」
部屋にいる全員の注目を浴びる挨拶をかましたのだった。
パッと見回して部屋にいるのは子供だけ、ざっと三十数人だろうか。既に何個かの集団ができており、楽しそうに会話を楽しんでいたのが窺える。
シャルロットは手を離すと、その中で一番人数が多い集団へと突撃をした。
「なに、あの子……」
茫然自失気味に呟く。
当然、こんな奇想天外な行動をした彼女の何より近くにいたフィルは一人になっても視線を集めた。
その好奇に近い視線の中、どこかの集団に混ざれるほど伊達に人見知りはやってない。
フィルは部屋の角に見つけた本棚に近寄ると、おもむろに本を読み始めたのだった。
「……」
子供の好奇心なんてたかが知れている。数分もしたら自分なんて話の種にもならなくなるだろう、と誰かと関わろうとはしなかった。
もはやコミュ症の次元だが、所詮そんなこととフィルは気にせず周りに目を向ける。
すると、いくつも集団がある中、部屋の対角線にある本棚で同じように一人で本を読む子を見つけた。
垂れ下がった目が特徴的で気怠げな顔。
明らかに周りと距離を取っている。近寄んなオーラがめちゃくちゃ溢れている。
まさか、仲間がいると思わなかったので目を見開く。が、だからといって話しかけれる訳ではないので現状が変わることはなかった。
(ていうか、シャルロットしかり、孤立している女の子しかり、美男美女の比率が凄い。人生一回目だったら一目惚れの嵐だったこと間違いないな。
……ああ、いや。今は俺も美女だったわ。何故か。おかしいことに)
――この世の理不尽について考えていると、シャルロットの視線が孤立していた女の子の方へ向いた。
すると、
「皆さん、私は一旦ここで!」
シャルロットは人を押し退け、孤立している子へと近寄った。
いや、走り寄った。
「こんにちわ、シャルロットです!」
「こ、こんにちわ……。エイラ、です」
あのシャルロットとかいう女の子、行動が唐突すぎる。見て欲しいエイラの顔を。
困惑どころか明らかに動揺している。てか嫌がっている。
あれほど近寄んなオーラ出している人にどういう根性してたら話しかけられるのだろう。
「はい、よろしくね!」
「は、はい?」
「しかし残念だなー。もっと沢山お話ししたいんですが、もうすぐ迎えが来てしまいます。貴方にはまだやることがあるんだーって。本当……自由時間短すぎだよね」
「それは、残念です」
嘘だ。隠しきれていない安堵が見える。
ただ、メイドと別れてから実に十数分ほどしか経っていない。もう迎えがくるのだと言うのなら、相当に時間に追われている人なのが察せられる。
しかし、シャルロットはなぜだか笑みを浮かべて、
「――けど、今日ぐらいは遊ばせてもらう!いつも頑張ってるんだし、許されて当然だよね!」
「……?」
「つまり、強行策というわけ!」
「それってどういう――えっ!」
いまいち要領を得ないシャルロットの言葉。そんな言葉にエイラが再度疑問を呈しようとしたところ、シャルロットは問答無用に手を掴み、物凄い勢いで引っ張ったのだった。
その光景は凄い既視感を覚えさせる。まるで、ついさっき自分が体験したのかのようだ。
「いや、まんま経験してましたね……」
ご愁傷様と心の中で手を合わせ、フィルはその様子を眺める。自分に降り掛かれば悲劇だが、側から見たら別にどうとでもない。喜劇ですらある。
シャルロットはエイラを引き摺りながら部屋を出ようと扉の方へ――
「ん?」
と、思いきや、進む方向がいささかおかしい。
扉というより、心なしかフィルのいる方へ進んでいる気がする。
――いや、これは進んでいる。目が合った。合ってしまった。
シャルロットはフィルの元まで来ると、空いているもう片方の手でフィルを掴んだ。
「な、なん?!」
「あなたも!」
有無を言わさず、今度こそ扉の方へと歩き出す。
手を振りほどくなど抵抗しようにも、部屋にいる誰もがこの状況を見ていた。ざわざわと噂する声も聞こえ、この空気は抵抗するのに都合が悪いことこの上ない。
この場での明らな拒絶は絶対に後を引く。抵抗しようにもできない。
もしこれをすべて分かった上で、狙ってやっているのだとしたら、シャルロットは世界一性格が悪いが、しかしまあ、こういう無理矢理な人はそんなことを考えることもなく無鉄砲に引き摺っているのだろうか。
いや、だからこそこういう
悪意の一つでも混じっていれば突き放すことなんて簡単なのに――
「それでは、皆さん失礼しました!」
シャルロットは二人を引き摺りながら別れの挨拶をすると、部屋を出る。
残された子供たちは誰一人として、一体何が起こっているのか飲み込めないでいたのだった。
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