訪問者

 手仕事祭が終わってから数日後、リッカは早速次のイベントに向けて思案していた。年末には「夜市」があちこちで開催され、オカチマチでも一週間ほど職人たちが店を出す事になっている。年末に一年間お世話になった大切な人達に贈り物をしたり一緒に過ごしたりする文化があるため、年末年始の「夜市」は書き入れ時なのだ。


(今年の夜市は何を売ろうかな)


 贈り物と言っても仰々しいものでは無く、日ごろの感謝を伝えるささやかなものから立派なものまで様々である。女神や男神をモチーフにしたデザインや宝石が多めについたデザインなど派手な物から、一粒石のペンダントのようなシンプルな物まで幅広く売れる。魔法を付与するために「無垢」の素材を求める人よりも、作品そのものを贈り物として贈る人の方が多い。手仕事祭とは客層が異なるのだ。


 新作について考えていると、店の扉が開く音がした。


「リッカさーん」

「いらっしゃいませ」


 店の中に入って来たのは二人。宝石商と白衣を着た女性だった。


「こんにちは。この前お話した魔工宝石の原型師さんお連れしました」

「お邪魔するぜ」


 白衣の女性は大きなアタッシュケースを持っている。胸元から名刺入れを取り出すとリッカに名刺を渡し、


「コハルだ。普段は天然石の研磨をしながらフリーで原型師をしている。今日はあんたに渡したい物があって来た」


 と名乗った。白衣の女性、コハルは持っていたアタッシュケースを机に乗せると無造作にケースの蓋を開ける。


「え!?」


 アタッシュケースの中にはルースケースに入れられた無数のオパールが輝いていた。


「これはオレが『練習用』に作ったオパールでな。商品としては出せないからあんたの『練習』に使ってもらおうと思っている。あんた、オパール好きとしては有名だが、オパールの商品は一切作ってないんだってな?」

「……」

「オパールが好きなのにオパールの作品は作らない。いや、作れないんだろ。宝石商から聞いたぜ。自信が無いって。オパールが好きで大事にするあまり、爪留め失敗して傷つけるのが怖いんだろ」

「そうです……」


 あまりに図星を突かれるので返す言葉に困ってしまう。そんなリッカを見てコハルはニヤリと笑った。


「そこでだ。ここにあるオパールで爪留めと作品作りの練習をしてみないか?」

「え?」


 リッカはアタッシュケースの中で輝くオパールを見る。どれも人工的に作られたとは思えない美しいオパールばかりだ。


「こんなに綺麗な物を練習には使えません!」

「良いんだ。これはオレが納得いっていない石ばかりで廃棄予定だったんだぜ。それに、魔工宝石は元々工業用に作られた技術。あんたにとっては天然物と同じように勿体なく感じるかもしれないがそんなに仰々しいものじゃないんだぜ。あ、そうそう。勿論タダで譲ってやるよ」

「えええ」


 突然すぎる提案にリッカの頭の中は混乱した。とても廃棄するとは思えないレベルの魔工宝石をこんなに大量に、しかもタダで譲ってくれるという。そんな事をしてこの人に一体なんのメリットがあるというのだろう。しかし宝石商の知り合いなのだから悪い人ではないはず……。


「あの……、どうしてそんなに良くして下さるんですか?」


 恐る恐る聞くリッカを見て、コハルはニヤリと笑う。


「勿体ないからだ」

「勿体ない?」

「あんたがオパールを愛しているのは良く分かる。宝石商から聞いた話だけじゃなく、石仲間の中で噂も聞いてたからな。なのにオパールの作品を作らないのは勿体ない。好きだからこそオパールを活かした作品を作れるはずだろ。あんたにはオパールの装飾品を作って欲しいんだ。だから手助けをしようと思ってな」


(え……私ってそんなに噂になってるの?)


「ありがとうございます」

「それにだ」


 コハルはさっとリッカの側に寄ると耳打ちをする。


「実は今、新しい技術で魔工宝石を作ろうと思っていてな。あんたには意見を貰いたいと思っている。それもあって前貸ししときたいんだ」

「新しい技術?」

「ああ。まだ詳しくは言えないがな」


 これだけの技量を持っている人間がふふんと自信ありげに言う所からして、きっと凄い技術なのだろう。それに意見をするとはどういう事なのか。何か大変な事に巻き込まれてしまったのではないかと不安になったリッカだった。

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