第9話 最大出力で施設ごと吹っ飛ばしてしまう

 巨大な爆発音が響いたあと、アクアスの工場施設は凄まじい音を立てながら崩れはじめた。大小の燃える瓦礫が山のように落ちてくる。


 正門前ではリーナが、ケガ人を抱えて逃げようとしているのが見える。


【風力創成】最大出力で高速移動した僕は、一瞬でリーナの前にでた。


「ま、マキアス!」


 後ろからリーナの声が聞こえたが、振り返っている暇はない。僕は即座に両手を施設に向けて叫んだ。


「エレニア! 【風力創成】×【水分創成】発動! 僕の力を全部つかえ!! 目標は前方のアクアス施設!」


『了解! 目標に使用します! コード全力発動!!』


 スキルプレートが全力発動を叫んだ瞬間、僕の両手から凄まじい風と水が巻き上がった、スキルというよりは、もはや暴風雨みたいだ。施設全体が轟音をたてて震えている。

 同時に僕自身にも強烈な衝撃が加わり踏ん張りがきかず、数秒後には後ろに吹っ飛んだ。


 そこから先はおぼえていない…目の前が真っ暗になっていった。




 ◇◇◇




 気が付いたら僕はベッドの上にいた。わずかに開けた目からはうっすらとステンドグラスがみえる。どうやら教会の中のようだ。


「そうか、僕はあの時吹っ飛んで…それから…」


「っ! リーナ!!」


 僕はベッドから、がばっと上半身を起こして叫んだ。それはすさまじい勢いと音量で。


「あ…」


 リーナさんはいました。僕の目の前に、ベッドの真横の椅子に座って、若干顔を赤らめて俯きつつ。


「よ、良かったリーナ無事だったんだね」


「うん、その…マキアス声が大きいよ…」


「え? あ、えと、あの…」


 僕は周りから注目を浴びまくっていることに気づいて、さらにリーナの真っ赤な顔をみて、なとも言えない感じになってしまった。これは恥ずかしいぞ…


「えへ、マキアスお兄ちゃんとリーナお姉ちゃんて仲いいんだね」


 そんなしどろもどろする僕の傍にマーサが満面の笑みで寄ってきた。


「い、いや仲間の心配をするのは、と、当然のことだからね」


「そうだよね、リーナお姉ちゃんなんかずっとマキアスお兄ちゃんに抱き着いていたしね」


「なっ! マーサ!」


 リーナが普段は出さない変な叫び声をあげて、再び俯いてしまった。顔が死ぬほど赤い。僕の看病に無理して熱でも出たんだろうか。


「マーサ。それは治療のためだと思うよ、リーナの治療スキルは凄いからね。体全体を使った治療法なんだろう」


 俯いているリーナが若干「バカ…」とつぶやいた気がしたが、もしかして怒っているのだろうか。


 そもそもリーナが理由なく僕に抱き着くわけがない。マーサは知らないが、彼女はこの国の王女様なんだ。へたなことしたら僕は「王女ボディタッチがすぎる罪」とかで国外追放確定だからな。すでに王女のまえで鼻血を出すという余罪もあるしね。


「お兄ちゃん、ありがとう。約束守ってくれたね」


 マーサは僕の横のベッドにいる人の手を握りながら、ニコニコしている。


「ん? もしかしてマーサのお父さん?」


「マキアスさん、ありがとうございます。マーサの父です。あなたが来てくれなければ、二度と娘には会えなかったでしょう。本当にありがとう」


「いえ、マーサに約束しましたからね。それに僕だけではなく、みんなの力のおかげですよ」


「お兄ちゃんは凄いんだよ、街の外れで私たちを悪い人たちからも守ってくれたんだよ」


 とにかく良かった。父親と楽しそうに話すマーサを見てほっとした。ふたりをみていると、ふと父上の顔が頭をよぎった。僕も父上と再会するときがくるのだろうか…その時に僕はあんなふうに話せるのだろうか…


 僕が不安げな表情になってしまっていたのを心配してくれたのか、リーナがのぞき込んでくる。なんかズイズイ近づいてくるな。


 リーナさんちょっと近いですよ、致命傷もないようだし少し休めば大丈夫ですよ。まさか抱き着き治療をしようと考えてるんじゃないでしょうね。国外追放が確定するからやめてほしい。


「マキアス、なんか失礼なこと考えていたでしょ」


「いや、そんなことないよ。リーナも無事でよかった」


「う、うん。マキアス、また助けてくれたんだね。ありがとう」


 うん、この言葉だけで充分だ。今の自分にできることを全力でした。そのことについて、後悔だけはしたくない。


 それにしても、リーナは綺麗だな。王女にまじまじと覗き込まれると、どきりとしてしまう。などと締まらない顔をして美人顔を堪能していたら横槍をいれてくる女子がいた。


『マキアス様、なんですか! リーナごときにそんなデレデレしちゃって! わたしという超美人がそばにいるでしょ』


 このスキルプレートはあいかわらず口が悪いな。というかそもそも女子設定でいいのかも不明だけど。


「エレニアもありがとう、君のサポートのおかげでなんとか乗り切れたよ」


『当然です! 私のマキアス様へのサポートは誰よりも優れていますからね。愛の深さが違います! エッヘン!』


 自信満々に胸を張って話すエレニア、まあスキルプレートなので張る胸はないけれど、エレニアにも色々フォローしてもらったので、本当に感謝だな。僕1人では切り抜けられなかっただろう。


 僕は何となくスキルプレートの端っこを撫でた。よしよしといった感じで。


『ひゃ! な、なんですか?』


「え? いやとりあえず、お疲れさまのつもりだったんだけど、嫌だった?」


『い、嫌ではないです! いきなりだったので、びっくりしただけです…でも他の女性には気軽にしてはいけませんからね! 捕まりますよ! わ、わたしにはしてもOKです…』


 やはりこのスキルプレートは女子設定か、ついでにモジモジする機能もついているらしい。

 そんなやり取りをしていると、聞き覚えのある声が後ろからした。


「お~もう起き上がれるようになったのか、さすがはヒーローだ!」


 振り向くと、自警団副隊長のギアスがいた、横には隊長のアエルさんもいる。


「え? ヒーロー? 誰が?」


 僕は何のことだかわからず、首を傾げた。何言ってんだこの人。


「あ、マキアスはそう呼ばれているのよ」


「僕が?」


「そりゃそうさ、自警団を助けて、施設内の人を助けて、最後はみんなを救ったんだからな。ヒーロー以外になんて呼ぶのさ」


 そうか、最大出力でスキルを使ったあとの記憶ないけど、どうやらみんなを救えたらしい。というか無我夢中でリーナしか見えてなった気もするけど…。まああえて言う必要もないか。


「マキアス殿、改めて礼を言う。本当に助かった」


 隊長のアエルが深々と頭を下げた。アエルは黒髪に長身でなんというか、かっこいい大人の女性というかんじだ。


「しかし、マキアス殿が最後に使ったのは魔法か? あれは凄まじいな」


 アエルさんの話によると、アクアスの施設地上部分は全て吹き飛んでしまったらしい。


 幸い町はずれの裏山の方にがれきは飛んだので人的被害はさしてないらしいが、あとで山の掃除をしないといけないとか…ごめんなさい! 本当にごめんなさい! あのときは無我夢中だったんです! と勝手に心のなかで言い訳しておく。


「アッハッハッハ、マキアス殿は何も気にしなくていいさ。君がいなければ現場のみんなは施設の崩落に巻き込まれていただろうからな! まさしく街のヒーローだよ」


 僕が青い顔をしていることを気遣ってくれたのか、アエルは豪快に笑いながら僕の肩をたたいた。なんかいいな。やはり隊長というからには部下のモチベーションを上げるのがうまいのか。領主候補だった僕だけど、こういう接し方にはちょっと憧れるな。


 まあ追放されて、領主どころか何になればいいのかすらわからなくなったけど…


「ところで、出火原因は何だったんですか?」


「そうだな、ほとんど吹き飛んでしまったからな、明確な原因はわからないが…」


 アエルが声のトーンを落として話し始める。


「地下に何かしらの研究施設らしい焼け跡があったよ。全部燃えてしまっていたが、樽の燃えカスが残っていててな。何度か爆発したのはその樽なんじゃないかと思う。樽には「MSE」と書かれていたな。なんのことかわからないが」


「MSEてなんだろう? 新しいポーションのブランド名かな?」


「さあな、今のところ施設の関係者に聞いても知っているものはいなかったな。そもそも地下にそんなものがあったことも知らなったようだ。まあ今は負傷者も多い、おいおい調べていくさ―――ところで」


 ふいに隊長であるアエルが近づいてきた。それはそれは僕の顔の近くに。


「えと、アエルさん??」


 どんどん綺麗な顔を近づけてくるアエルさんに、「ちょっと近いですよ」と言おうとした瞬間、僕はほっぺたにやわらかいなにかがおしつけれれるのを感じた。


「ひや! なにやって…!?」

『このクソ女! 私のマキアス様になにしてくれてんの!』


 リーナの本日2回目の変な叫びと、エレニアの怒気を含んだ叫びがこだました。


「自警団式のお礼だよ、じゃあまたな」


 そう言って、アエルさんとギアス副隊長は去っていった。ギアスさんが「あんなお礼やったことないでしょ」とか言ってるのが聞こえたけど…


 とりあえず、僕は興奮した2人(1人はスキルプレート)を小一時間かけてなだめるという、よくわからない時間を過ごすのだった。

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