夜のスポーツ観察任務
砂藪
流行りのスポーツ
夜のスポーツというものが息子の小学校で流行っているという。
それを近所で暮らすパパ友の湯浅さんにそんな話を聞いた時、俺や他のパパ友は恐怖を感じた。
いったい、小学生の子どもが夜になにをするのか。
もしや、すでに大人の階段を上ろうとしているのだろうか。そんなことはありえない。ありえないと信じたい。そもそも、うちの達也は夜九時には寝ている。妻が夜勤で俺が寝かしつける時もあるが、夜に達也が自分の部屋でなにかをしているとは考えられない。
ゲームはあるが、リビングに置いてあるので夜中、自分の部屋に持ち込むなんてことは考えられないだろう。
「いったいなんなんだ……夜のスポーツって……」
「夜勤前に話がしたいって言うからなんのことかと思ったら、そんなこと?」
夜勤に行く前に軽くご飯を食べ始めた妻が肩を竦めた。今日はアボカドとスモークサーモンをバケットにのせて、野菜サラダも作っておいた。妻は俺の話よりも俺が用意した食事の方が大切だと言わんばかりに頬張っていた。
「でも、達也が心配だよ。なにか変なことをしていないのか……」
妻は口の中いっぱいに詰め込んだバケットとスモークサーモンとアボカドを呑み込んだ。
「それなら、夜中、達也のことを見張ってればいいんじゃない? バレないように」
「見張るって……それはなんだか……」
「見張るというか見守るって考えれば? ほら、夜になにをするのか心配なんでしょう? 危ないことをしていたら、止めればいいんだし」
「それもそうか……」
「それにしても、クリームチーズが塗ってあるのね。スモークサーモンとアボカドと相性がばっちりだと思うわよ」
俺は思わず照れくさくなって、頭を掻いた。
そして、その夜。
俺は行動を開始することにした。
作戦名は「夜のスポーツ観察任務」
パパ友の湯浅さんによると子どもたちは親が家の中の共有スペースにいない時に必ず行動を起こし、翌日、学校でお互いの結果報告をするらしい。ということなので、俺は共有スペースに隠れていたら意味がない。
「よし、これでいいはずだ」
使っていないスマホをダイニングに仕掛ける。共有スペースといえば、うちではその場所しかないだろう。夜になり、達也の歯磨きも終わらせて、布団に入ったのを確認して、俺は自分の部屋に引っ込んだ。パソコンにはばっちりとダイニングの様子が映っている。
達也もまさか、俺がカメラを仕込んでいるとは気づくまい。
案の定、俺の作戦に気づいていない達也は周りを警戒しながら、ダイニングに入ってきた。すると、キッチンからお手伝い用に達也がいつも使っている踏み台を持ち、冷蔵庫を開け始めた。
まさか、夕飯じゃ、ご飯が足りなかったのでは……?
達也は今日、妻の軽食用に俺が使ったバケットのあまりを見つけるとそれを手に取り、次にケチャップとマヨネーズを取り出した。
小さな小鉢にケチャップとマヨネーズを同量いれると、スプーンで混ぜ始める。そして、できたソースをバケットにスプーンで塗り、二切れのバケットをトースターに入れ、焼き上がりを待つ。
俺は席を立った。向かう場所は決まっている。キッチンだ。
夜中にキッチンでなにをしてるんだと問い詰めるつもりはない。
俺は今、はちゃめちゃにお腹がすいた。
夕飯は食べた。もちろん、お腹はいっぱいになった。でも、無理だ。現在の時刻は九時半。まだ深夜ではないが、夜食の部類に入るだろう。夜中にインスタントラーメンを食うよりは罪深くないと自分に言い聞かせながら、俺はダイニングの扉を開けた。
目を丸くして固まっている我が子を前に俺は言い放った。
「父さんも食べたい」
ケチャップとマヨネーズを混ぜたソースはなかなかにパンに合う。まったく違うソースなのに、こんなにも相性がいいなんて、きっと神様がなにかしらしたんじゃないかと疑わざるを得ない。
「親にバレないように夜食を作って、なにを作ったのか報告する?」
「うん、それが夜のスポーツ。一番凝ったものを作った奴が優勝」
「まさか、そんな競技が達也のクラスで流行ってたなんて……」
「なんだと思ってたの?」
「いや……その……まったく想像できなかったよ」
達也と一緒に一切れずつバケットを頬張る。親の目をかいくぐって小学生が料理を作ろうとするのは危ない気もするが達也も小学六年生だ。調理実習もしている上に、毎日お手伝いもしているから安心だろう。
たまには一緒に夜食を食べるのもいいかもしれない。
俺だって、夜食を食べたい時もある。それに親子で夜食を食べるなんて、ちょっとしたワクワク感もある。
食べ終わった俺は笑顔で達也の方を見た。
「もちろん、その競技にはバレずにもう一度歯磨きをするっていう項目もあるんだよね?」
目を逸らした達也を連れて、僕は洗面台へと向かった。
夜のスポーツ観察任務 砂藪 @sunayabu
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