第105話 汚泥の金魚鉢

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泥流の和金-羅刹 Lv.67

※詳細鑑定不能※

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 7匹いる金魚のうちの1匹を見るとこのような結果が出た。他の個体は同じ名前でLvが70~90の間で差があるだけのようだった。


「妾はこの中で見させてもらうかの」


 そう言いながら、狂気の支配者は金魚を出した闇のスライムの中に入っていった。


「さて、どうしよう」

 このLv差からして、普通に倒そうとするのはかなりの苦行になると予想できる。同じようなLvだった前の鎧武者の時は即死効果が通ったけど、支配者が出したこいつに耐性が無いとは思えない。だって私にもある程度耐性があるんだから。


 金魚たちはゆっくりと漂いながら、段々と距離を詰めてくる。何か仕掛けてくるようだった。


「どう来る……」


 ただ近付いてくるだけで何もする素振りが見えない。

 だが、ある一定の距離に近付いたタイミングで突然、小さかった口が人が1人入る程に大きく開く。


「オァァァ…………」

「おっと」


 危うく口の中の牙に噛みつかれそうになるが、反射的に《無形の瘴霧》を使って避ける。その際、牙の奥が外にある黒いスライムと同じような見た目になっているのが見えた。


「ふぅ、危な……っと! 避けても避けても寄り付いてくるね」


 霧状態から戻った途端、また別の個体が右腕に噛みつこうとしているので、今度は加速で左に動いて回避する。


「はぁ、それじゃあ私の方も行こう」


 双剣の『変幻自在』を伸ばし、金魚の目に向けて刃を伸ばす。だが手応えは無いまま金魚はこちらに迫ってくる。

 それから目以外にも胴体やヒレ、口の中まで攻撃してみるも、同じく攻撃出来ている感覚は無い。口の中に刃を入れた時に噛み砕かれたが、元の長さの分が無事であれば、そこまで一度短くすれば元に戻るのでそれは問題無い。


「それにしてもこれは……」

 この物理攻撃が効いてない感じ、心当たりがある。《無形の瘴霧》と同系統のものとかかな。


「ならこっちは……!」


 『極悪非道』に闇を纏わせ、眼球目掛けて加速する。だが、こちらも効いているどころか攻撃が当たっている感覚すら無い。


「これは……本当にどうしたものか」

 物理と闇の両方が効かない相手。その上、状態異常も効くとは思えない。現に金魚たちのこの迫りようからして、《恐怖の瞳》は全く意味を成していない。


 こんな時は……分かっている情報と相手の生物学的な特徴から考えよう。

 まず名前、『泥流の和金-羅刹』。泥流は泥土の奔流のこと。泥は闇のスライム……正式名称は『闇の海』、あれのことかな。和金は金魚の品種名そのままでしょう。

 羅刹は何だったっけか。思い出せない……。


「オァァァァ……」


 考え事をしている間にも、金魚の攻撃は止む気配が無い。MPが消費されないのを良いことにスキルを躊躇わずに使い、余裕を持たせながら回避を続ける。


 《無形の瘴霧》があるとはいえ、こんなのが相手なら普通にダメージ受ける可能性もあるし、避けておくのが得策だとは思う。


「それで、金魚の特徴ねぇ」

 そんなこと聞いたことも無い。

 知ってるのはせいぜい淡水魚なことと、餌をやると懐きやすいことくらいだし。……懐きやすいねぇ。


 金魚の図体と混沌とした口の中、そして全てを噛み砕かんばかりの鋭さをした牙を見る。


「これが懐く……?」

 どう見ても生物として『懐く』という単語の対局にいる見た目なんだけど。

 だけど攻撃が一切通らない現状からして、倒すという選択肢は取れない。それなら懐柔という選択肢を試すのはありかもしれない。


「そうと決まれば試してみようか」


 使えるスキルや持っているものを端から端まで口の中に突っ込み始めた。




「スキルも駄目だったし、この感じはアイテムも全部駄目かな」

 正確に言うと、スキルは貫通したから食べさせるとかそういう話以前の問題だった。アイテムは、回復薬、金属から木材まで素材諸々、普通の食べ物から飲み物まで口に入れようとはしなかった。

 というか、薄々勘づいてはいたけど考えてはいなかったことがある。


「餌って、もしかしなくても私?」

 さっきから噛みついてくるのが捕食しようとしていると考えれば、その結論になるのは妥当だと思う。

 例え私が餌だったとして、腕とか脚を切っては治し、切っては治し、というのは最終手段だ。


「オォァァ…………」

「あっ……ぶない!」


 頭から噛みつかれそうになったが、反射的に『変幻自在』を口に向けて伸ばしながら後退する。

 すると、金魚は刃は噛み砕き口を閉じて咀嚼を始めた。


「え……? まさかこれ?」

 砕ける音が聞こえるあたり、間違いなく食べてるよね。餌になるものが無いかとは考えてたけど、まさかこの刃だったとはね。


 恐らく無限に生産出来るであろうこれが餌とは、随分都合のいいこともあるものだ。


「それなら、7匹全部餌付けしてみましょうか」



 自分が噛みつかれないように注意しながら、刃を金魚の口に突っ込んでいる。順調に餌付けが進んでいたその時、うっかり油断して一瞬回避が遅れた。


「うわっ、ちょっと!?」


 左脚に向かって噛み付いている金魚がいた。

 紙一重で回避し、体には一切ダメージを受けることは無かった。だが、ドレスの裾までは避けきれなかった。


「な、何して……!」


 裾に噛みつかれたかと思えば、左側10cm幅の布が下から腰まで引きちぎられた。


 いや服は耐久力無限だからいいんだけど……


「何で噛むの!?」

「オァァァ……」


 金魚はドレスの布を噛みちぎったかと思えば、刃の時のように咀嚼し始めた。相手が金魚といっても、自分の服が食べられているということに言い様のない嫌悪感を覚える。


「あぁもう!」


 『変幻自在』の刃を伸ばすがそれも噛み砕かれた。

 この金魚の考えていることがよく分からず、考えることを諦めて餌付けを進めた。

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