第96話 甘い毒

「やはり汎用性が高いのは水ですね。かけて良し飲ませても良しと、使い勝手がいいです」

「液体の力は強いですからね。では酸はどうなのでしょう、塩酸や硫酸など強酸も色々ありますが」

「酸は多量に使えれば良いんですが、費用対効果で考えると良いとは言いきれないんですよね」

「なるほど、では安価でかつ大量に生成出来る製法も検討すべきですね……」


 あれから少し時間が経ち、今は苦しめやすい液体について話していた。

 液体関連で、機械の蓋のついた試験管に入ったあの黒い液体のことを思い出す。


「そういえば、少し前にフルクさんにかけようとした黒い液体についてなんですが、あれって何でしょうか?」

「そうでした! それ関連についてライブラ様に一応尋ねておきたいことがあったんでした」


 姿勢を正してかしこまった表情をしたかと思うと、スクラさんの口から予想外の一言が放たれた。



「eje zpv sftpobodf xjui uif bcztt?」


 えっ? それって、もしかして……。つまり、あれがあれだから……


 少し考え込んで、その言葉の文字起こしと変換、返事の変換まで行う。


「zft,J sftpobodfe xjui uif bcztt.」


 そう返事をして2人の顔を見ると、スクラさんは賞賛や喜び、フルクさんは驚愕や呆れの表情をしていた。


「なるほど、そう来ましたか……。流石ライブラ様、私の予想を遥かに上回っておられますね」

「ああ、そういうことだったのね。この人、人外だったのね……。えっと、今は何と?」

「今はですね、『深淵と共鳴していますか?』と聞かれたので『はい、共鳴しています』と」


 フルクさんが少し考え込んだ末、口を開いた。


「……もしかして、この言語のネイティブスピーカーだったりしますか?」

「いや違いますよ?」


 突然何を言い出すんだろうか。このゲームを始めるまで聞いたことも考えたことも無いっていうのに。


「それを言うならスクラさんも話せてたじゃないですか」

「私はあの一言だけを覚えてたに過ぎません。それを話すことで何かしらの反応を頂けるか、という程度の想定でしたから」


 発音方法も不明なところが多い中、まさかその言語で返されるとは思ってもみなかったという。


「話を戻しましょう。この黒い液体ですが、私のスキルで作った物になります。容器と中身を合わせて『崩壊泥爆弾』という名前になっています」

「『なっています』というのは……?」

「何かしらの物を制作した時、上手く完成すると《鑑定》で見た時の名前が変わるんです。それと同時に形状が安定してバラバラになりにくくなったりもします」


 生産系のことを一切してこなかったので基本的なことを少々聞かせて貰った。

 このゲームにおいて『何かを作る』という行為は、基本的に現実と行うことは変わらないらしい。勿論そこに魔法という選択肢が加わるが。

 その際何かを作った時、特に物を完成させた時、作った物が自動的に1つの物に統合するらしい。例えば、試験管と蓋と液体という3つの物を組み合わせると爆弾という1つの物になるように。


「耐久力もそれぞれにあったものが1つに統合されるんですよ」

「なるほど……あの、液体にも耐久力ってあるんですか?」

「ありますよ。水は無限になってましたけどね」

「そうなんですか。だとすると、その中身って何なんでしょう。こんなもの見たこと無いんですが」


 試験官の中の黒い泥のような液体を見る。よく見ると若干黄色みを帯びている。


「これはですね、私のスキル《崩壊の雫》を溜めたものです」

「道理で見たことが無いと思いました……」


 一度納得したが、そこで新たな疑問が思い浮かんだ。


「魔法――スキルで出したのなら時間が経てば消えるのでは?」

「そこで統合させるんです。統合して安定化させてしまえば、すぐ消えるはずの魔法も消えなくなりますから。検証出来ているのはゲーム内時間一月程までですが」


 一月までとは言っているが、これはかなりとんでもないことでは無いだろうか。統合してアイテム化するということは、魔法をMPを消費せずに使えるということになる上、使い勝手も大幅に広がることになる。


「これ、色々と大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫ですよ。これは未だ非公開な上、相当難易度が高いものですから。ライブラ様に何かしら実体のあるスキルがあれば、それをアイテム化させることも勿論承ります」


 実体化ね、だとすると《禍雨》《闇の処女》辺りかな。《死の波紋》も実体化してるといえばしてるか。


「幾つか候補はありますが、使い道が思いつかないので後日お願いするかもしれません」

「そうですか、でしたらいつでもご連絡下さい。すぐにお応えしますので」

「ありがとうございます。ところで、スルーしてたんですが1つ聞いてもいいでしょうか?」

「はい、何なりと」


 さっき『例の言語』を口にしたことと言い、スキル《崩壊の雫》の『崩壊』といい……



「深淵共鳴してますよね?」

「はい、共鳴度は1ですが。ライブラ様の行動に倣って私も行動していたところ闇の小人が現れまして、気付いたらこのようになりました。他の人よりライブラ様に近付いていることを嬉しく思っています」

「ちなみに、使える状態異常は【崩壊】の他に何を?」


 『崩壊』が状態異常だと分かっているのは、経典-1を読んだから。状態異常の種類を表す『支配者』の欄に『dpmmbqtf』即ち『崩壊』があったのを覚えてる。


「他は【恐怖】だけですね。使えるのは2つだけです」


 やっぱりこの人と手を組めて良かった。私の使えない状態異常を持って、魔法のアイテム化を出来て、他にも情報を多数持っている。既にこんなにも益がある訳だし、今後も宜しくさせて貰おう。


「えっと、どうされましたかライブラ様?」

「私は【崩壊】の方は使えませんので今後も情報共有のため仲良くさせて頂きたいと思いまして」


 微笑みながらそう返すと、スクラさんの顔が目が輝いているような喜びの表情になる。


「はい! 末永くよろしくお願いします」


 手を差し出されたので反射的に受け取ったけど、その言い方は意味が違うような気がしないでもない。


 その後、今度は闇属性魔法と深淵についての雑談が続いた。

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