第95話 追いかけっこ

「ほらほら、どうしました? こっちですよ」


 ただ今先程までいた所から離れた狭い路地裏で、この男と絶賛追いかけっこ中である。

 男が魔法を使いながら追いかけ、私がクロスボウで男を撃ちながら逃げる。クロスボウで腕や脚を的確に撃ち抜いているので、追いかける方が追い詰められるという、それだけ聞くと奇妙な状態になっている。


「おらぁ待てや!」

「明らかに劣勢のあなたに言われてわざわざ待つとでも?」


 体には穴が空いてあちこちから血が流れ出ているというのによく言えたものである。ちなみに撃った矢は勢いが無くなった1秒後には消滅した。


 そろそろ終わりでいいか。反応も薄くて攻撃も単調、こんな面白味の無い男は的として使い捨てる程度が丁度いい。


「それでは、これでお終いです」


 そう言って心臓の辺りを撃ち抜くと、転ぶ様にうつ伏せに倒れた。

 すぐには死んで消滅しなさそうなので、ついでに頭に一発撃ち込んでおく。


「ぐぇぁっ」


 蛙が踏み潰されたような呻き声を出したかと思うと、その後すぐに消滅した。


「なるほど。頭蓋骨は貫通出来る、と」

 矢の深さ的にそれは間違いない。だけど矢の硬さとこのクロスボウの大きさからして、貫通出来るような威力は出るものなのか。

 まあ、実際出来てるのならそういうものなんでしょう。


 追いかけっこも終わった所で元の場所に戻ることにした。



「ただいま戻りました」

「おかえりなさいませライブラ様!」


 戻るとスクラさんにフルクさん、そして男たちに連れられていた少女の3人がいた。さっき頼んだ通り、スクラさんは少女を逃がさないようにしてくれたらしい。


「すみませんお待たせしてしまって」

「いえいえ、ライブラ様のためならこれくらいは」

「あ、あの……」


 例の少女が話しかけてくる。

 全身を一通り目を通すと、私と同じくらいの背丈の青髪ショートボブで半袖短パンだった。如何にも悪い虫が寄り付きそうな容姿だ。


「初対面でいきなりすいません。さっきの男達は一体……」

「あれですか? 見目麗しい女子を路地裏に連れ込んで殺すような人ですよ」


 その言葉で一瞬怯えた声が出て、すぐに安心したような緊張が緩んだ顔になる。


「ひぇ……そうだったんですか。道に迷ってたら声をかけられたのでてっきり……」

「あ、スクラさんありがとうございます。わざわざ付き添ってもらって」

「スクラさんって言うんですね、お話して下さってありがとうございました。えっと、ライブラさんで合ってますか? 男達をどうにかして下さってありがとうござ……」


 そう話しながら、立ち上がってどこかに行こうとするので途中で口を挟む。


「どこに行くつもりですか?」

「え? えっと、駅の方に戻って魔物狩りをしようと……」

「私が言っているのはそういうことではありません」


 苛立ったような声になり、少女の顔に困惑の表情が浮かぶ。


「えっ、それじゃあどういうことですか?」

「どこに行くかなんて私の知ったことではありません。ただあなたがどこかに行こうとしているから言ってるだけですよ」


 まだ意味が掴めていないらしく、困惑した表情で首を傾げている。そこにクロスボウでふくらはぎの辺りに矢を一発撃ち込む。


「え…………っいあ゛あ゛ああああぁ!!」


 一瞬何が起きたのか理解出来ていないようだったが、脚に開いた穴の痛みで強制的に理解させられたようだった。


「な、なんでぇ……」

「なんでも何も、私は最初からあなたを殺すつもりでしたよ?」

「そんな……」


 私の本意に気付いた所で、検証班の2人に助けを求めるように目線を送っていたが……


「何でしょうか、私にライブラ様がなさることを止める理由なんてあるはずがないですよ?」

「すみません、私も自分が可愛いのです。助けは期待なさらないで下さい」


 スクラさんは何の疑問も無いような笑顔で、フルクさんも半ば諦めたように返事をする。

 助かる望みが無いと悟ったのか、表情が絶望に染まった。


 正に私が1番望んでいる表情を見せてくれたことで、つい笑みがこぼれる。

 ここで、うっかり逃げられないようにと眼帯を外して《恐怖の瞳》を使っておく。


「ぁ……いや……、やだ……」


 痛みか恐怖か、立つこともおぼつかないままの脚で逃げようとする。こちらに足を向けていたので、そこに合わせてさっきと逆の脚に矢を撃ち込む。


「ゔぁ゙ぁ゙ぁっ……」

「それでは、追いかけっこ2回戦ですね」



 一発撃ち込んで、ゆっくりと歩いて追いかける。

「いやあぁぁ……」



 また一発撃ち込んで、見つめながら一歩一歩追いかける。時間を開けながら何度も何度も繰り返して、諦めるまで撃ち続ける。


「ふぐぅ……、うぇええぇぇ……」


 20発程撃った所で、遂に心が折れたのか泣き出して動かなくなった。短いズボンを履いているため、両脚が穴だらけになって血塗れなのがありありと見て取れる。


「やだぁぁ、助けてよぉ……! お母さぁん……」

「はい、捕まえました」

「やあぁぁ、うぇええぇぇ……」


 これは、壊れちゃったかな。それなら1回帰ってきてもらおうか。


 眼帯を付けて《恐怖の瞳》を切り、HP回復薬を使って脚を軽く治す。


「うぁぁっ……。って、ひっ!?」

「ふふっ、おかえりなさい」


 正気を取り戻したようで、上体を起こしてこちらを見た。そこに間髪をいれず、仰向きに押し倒して口にクロスボウの先を突っ込む。それなりの大きさがあるので言葉は碌に出せないだろう。


「あ、ぇぁ……」

「それじゃあ、3数えたら撃ちますよ? さーん、にー……」


 正気を戻させたらすぐに恐怖させ直すことで、より深い恐怖に陥れる。


「やぁっ……」

「いーーち……。バン!」


 口には出して実際には撃っていないが、その声に合わせて体がビクンと跳ね上がる。


「やあ、あうえぇ……」

「なんちゃって。それではもう1回、さーん、にー……」


 3のカウントをした所で、片手をクロスボウから離し――



「うあぁっ……!」


 心臓に短剣を刺した。

 何が起きたのか全く理解出来ていないようで、ただ痛みにより涙が流れ落ちるだけだった。

 そして、少し待つと少女は死んで消滅した。


「ふぅ……楽しかった」


 余韻に浸っていると、2人から同時に声をかけられる。


「「なるほど、これが……」」

「あ、すみません。お待たせしました」

 いけないいけない。つい夢中で遊んじゃってた。


「流石ですね、勉強になります。味方だと思わせてから攻撃する、カウントダウンにフェイントをかける。相手の意表を突くのが大事なのですね……」

「ゼロからマイナスに持っていくより、プラスからマイナスに持っていく方が感情の振れ幅が大きいですからね」

「これがあの『死神遊戯』なのね……。やっぱり手出ししなくて良かった……」


 そっぽを向いて独り言を話すフルクさんは置いておき、暫くスクラさんと拷問談義に花を咲かせた。

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