第93話 1人の狂信者

 京都駅に転移してすぐに歩き出しながら辺りを見渡す。この辺りには人が疎らで10人程度しかいないようだった。


 どこかに歩いていく人や談笑している人達を尻目に駅の外に出ようとすると……


「ひぃああああっ! 何!?」

「うぉああっ?!」


 セーフティエリアであるこの場所で突然恐怖に苛まれたことで、各所から悲鳴が響き始めた。例によって見た人には恐怖と共にショック死を引き起こさせている。


 あ、そうか。今は眼帯付けていないんだった。しかも強さが強のままだ。


 叫び声を聞いて外に向かう足を止め、復活地点の宝玉の方に振り向く。

 すると、死に戻りした数人が宝玉のそばに現れる。


「さて、もう1回……」


 そう呟きながらその数人を見つめて再び殺す。

 ここは攻撃出来ないセーフティエリアでありながら復活地点でもある。つまりセーフティエリアでも他プレイヤーを殺せる私はリスキルが可能となる。


「それほどするつもりはないけどね……しないとは言わないけど」

 リスキルは規約的にあまり好まれないらしい上、約束をほったらかしてすることでもない。

 でも時間まで少し余裕あることだし、暇潰し程度ならいいでしょう。


 その後もう1回死に戻りしてきた所で、1人の男がこちらを指さして叫んだ。


「多分あいつだ!」

「流石に気付くか」


 男は氷の槍を展開しながらこちらに向かって走ってくる。それに合わせて私は一度フードを深く被ることで《恐怖の瞳》の効果を切る。

 恐怖からのショック死という状況を繰り返したことで、錯乱しているというのが表情からはっきりと見て取れる。


「ふふっ、おかしい……」


 男が放った氷の槍が先行して私の元にたどり着く。しかし、セーフティエリアの効果によってダメージを与えることなく砕け散った。


「ちっ。それなら……!」


 攻撃出来ないということを思い出したのか、悔しそうに舌打ちをした。

 だがその後歩みを止めることは無く、今度は素手で組み伏せようと考えてか何も出さずに近づいてくる。


「っらああぁぁっ…………なっ!?」


 しかし、驚きの表情と共にその足は止まった。


「あはっ、動けませんか。驚きのせいですかね? それとも恐怖でしょうか?」


 私はフードとローブで隠して伏せていた顔を晒す。見てはいけないものを見てしまったような愕然とした表情を見て、思わず愉悦の笑みを浮かべた。

 それと同時に《恐怖の瞳》の効果が発動すると、男は心臓を押さえながら倒れ込む。そして、吐き捨てるように一言呟いた。


「なんでライブラがここに居やがる……」

「暇潰しにはなりましたよ。それではさようなら」


 そう言い終わると共に男は死んで消滅し、私は《無形の瘴霧》で姿を消した。


 さて、時間に余裕はあるけど私もそろそろ行こうかな……。


 駅の構外に出た後は霧化を解除して、そのまま徒歩で約束の場所へと向かった。



 駅から少し歩いて脇道に入った更に先の路地裏に、白衣を着た緑髪の女性と、スーツを着た同じく緑髪の女性の2人がいた。


「すみませんお待たせしました」

「構いませんよ。私たちが来たのが早過ぎただけですから」

「いえ、それもありますが、4日も待たせてしまいましたから」

「気にしていませんのでご安心下さい。寧ろこちらがお礼を言う立場ですから、ライブラ様」

「そう言って頂けると助かります。スクラさん」


 六天の時に知り合った検証班の人であるスクラさんと再会することが出来た。因みにここに来るまでに道に迷って、1時間以上あった余裕が残り5分程度になったことは言わないでおく。


「それにしてもスクラさん、印象変わりましたね」


 前に会った時はTシャツにジャージというラフな格好で髪もショートだった。だが今は黒のワイシャツとスラックス、その上から膝まである白衣を羽織っている。更に髪はロングのポニーテールになり、右目にはモノクルを付けていた。

 前の緩い印象からキリッとした雰囲気に変わっている。


「色々と魔道具を手に入れまして、それに合わせて選んでるんですよ」

「そうだったんですか、お似合いですよ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 とても纏まっているし、街中に居てもそれほど違和感のない格好だ。それと言い私のドレスと言ったら……

 別に気に入らない訳では無いし寧ろ気に入ってきたけど。でも何で他の服と合わせる猶予のある服か違和感のない服じゃないのかと言ってやりたい。AIに言うのもお門違いだけど。


「ところでそちらの方は……」


 もう1人のスーツの女性の方を見て尋ねる。


「そうでした、ライブラ様は初対面でしたね。こちら私と同じ検証班のフルクです」

「初めまして、フルクと申します」


 無表情で軽く会釈をされる。印象としてはキャリアウーマンといった感じだ。


「それでは早速本題に入りましょうか。まず初めに、改めて六天の件ではありがとうございました。お陰で少しずつ調査を進められています」

「いえいえ、あれは私にも利があることでしたし……」

「それで、お礼として用意させて頂いたものがですね……まずはこちらになります」


 そう言って、恐らく《インベントリ》から何かを取り出した。


「これは……クロスボウでしょうか?」

「基本の機構はそれが元になっております。先にお渡ししてしまいましょうか。では、どうぞ」

「ありがとうございます」


 そう言って、クロスボウを手に取る。縦横50cm弱ので片手でも持てそうな大きさだ。


「詳しくは《鑑定》して頂ければ分かるかと思いますが私、フルクから説明させて頂きます。こちら、検証班生産部門作製のクロスボウ型魔道具です。普通のクロスボウとして使える他、MPを消費して魔法矢として放つことが出来るようになっております」

「ライブラ様は明確な遠距離攻撃手段をお持ちでないようでいらしたので、私の方からこのような物にしようと発案して完成致しました。いかがでしょうか……?」


 《鑑定》をしたり構えたりなどを軽く試した後に返事をする。

「なるほど……実際使ってみないと分かりませんが、見た限りかなり良さそうに見えますね。遠距離攻撃手段も少ないので助かります」

「本当ですか! ありがとうございます! 時間をかけて完成させた甲斐がありました」

「ところで、私個人に検証班という組織がこのように物を渡すというのは大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫です! 誰が何と言おうと大丈夫にさせます! 何と言ってもライブラ様なんですから! ……ぐぇっ」

「落ち着きなさいバカスクラ」


 スクラさんが興奮して迫って来た所を、フルクさんがシャツの首を掴んで止める。


「申し訳ありません、スクラはライブラさんに狂信的なところがあるんです。最初に出会った時からこんな感じでして……」

「えっと、一体何が……」

「取り乱しました。すみません、ライブラ様。このようになった経緯を話させていただけないでしょうか。手短に済ませますのでお時間は取らせません」


 首を開放されたスクラさんは改まった顔をしてこちらを向き直す。


「私は構いませんが……」

「ありがとうございます。では私がライブラ様をこのように崇拝するに至った経緯をお話致します。あれは私がまだ幼かった頃――」


 えっ、ちょっと崇拝って一体……

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