第92話 暗雲
アイテムボックスから中身を取り出し、置かれていた普通の椅子サイズのコンクリートの台座に腰かける。
中には、あの鯉の竜と同じような黒い色をした布のようなものが、折り畳まれて入っていた。
「これは……布? いや違う、これローブか。しかも2つ」
持ち上げて広げてみると、入っていたのは布ではなく頭から足首までを覆えるローブだった。見回してみると、これといって装飾のようなものは無く、雨を凌いだり姿を隠したりするためのもののようだ。
触った感じは外側はツヤツヤしてて、内側はサラサラしてるただの布だけど。流石にそんなことはないだろうし、《鑑定》!
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暗流の外套 Lv.25
耐久力:2500/2500
夜(20:00~4:00)の間、装備者は他者から極めて認識されにくくなる。装備者の意志により形状を変化させる。
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もう片方のものも《鑑定》したところ同じ結果が表示された。
「なるほどね……」
確かに姿を隠すためのものらしいけど、認識されにくくする、か。最近は夜に動くことそんなになかったけど、これからは夜も外に出てみて良いかも。
形状を変化っていうのは、外殻の動き方から来てるのかな?
「とりあえず着てみようか」
一度足場に立ちローブを羽織る。頭にフードを被ると頭から足元まで完全に覆い尽くされる。
「あぁー……思ったより視界悪いなぁ」
フードで見えにくくなってローブで手足も動かしにくいから、これは隠密用かな。
形状変化の方はどうだろう……
自分の意識を体からローブまで引き伸ばす。目を閉じてもローブの形や状態を理解出来るようになった所でここから変形させようと念じる。
すると、ローブの表地から黒いスライムのようなものが飛び出る。
腕くらいの太さから針金くらいの細さにしたり、伸び縮みさせたり色々出来るらしい。
「これは中々難しいかも。このまま暫く練習してみよう……」
「うん、これくらいでいいかな」
2時間くらい練習してこの流体の使い勝手だとか仕様だとか、必要そうな所は大まかに理解した。
それにしても池の真ん中で黒い物体をコネコネしてるとか、我ながら中々シュールな光景だったと思う。
まず触感は、あの竜や魚の体というか生肉のような感じ。先を鋭くしても殺傷能力は皆無と言っていい。
次に、出せる体積は私の腕4本分くらい。ただ出したからと言って操れるかは別問題だけど。ちなみに、硬さも生肉と同じくらいで切れないことはなかった。だけど切り落したらその部分は消滅して、その分新しく生やせるようになったから、この仕様は助かる。
最後に1番重要な使い勝手……
「なんだけど、何ともなぁ……」
そう、使い勝手。即ち可動域や速さのことなのだが、これが何とも言えない性能だった。
まず可動域は根元から約6,7m。両腕を横に伸ばした所で体の周囲を1周させたら止まる。フード以外の外側からならどこからでも出せるから、射程距離もこのくらい。
これは良いとして問題は速度だ。
前提として、この短剣を流体で持って使えないかと考えた。持つこと自体は出来たからここまでは良かった。
だが動かせる速度が現実世界で動かせる程度の速度だった。
「それなら手で持つのと変わりないでしょう」
奇襲のためと考えても、動きにくさに見合うかと言われればそうでもない。そもそも腕を使うより動かしにくいのも間違いない。
また、遠くに伸ばした時に至っては腕で動かすより遅くなるから威力が落ちる。
……と、各方面とも強いと断言出来るとは言えない性能だった。
「まあ、使えないことは全然無いし良いけどさ」
それに、攻撃以外の使い道も色々出てきそうだ。このうねうねさせられる流体……面白いことが出来るかもしれない。こっちも色々考えておこうか。
「これでよし。次はスキルだ、どれどれ」
アナウンスされたというのにずっとスルーしていたが、Lvが上がったことにより新しくスキルを手に入れていた。
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《禍雨》
MP:30 CT:0秒
効果:180秒間自身を中心に半径10~50mの任意の範囲内に
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「なるほどね……」
広範囲にスリップダメージと状態異常を与える感じかな? 効果にしてはMPが少ないようだけど……。とりあえず使ってみれば分かるかな。
スキルを使用すると、ちょうど真上から周囲に黒い雲が広がっていくのが見える。それなりの高さにあるようだが、雲と同じ高さという訳ではないようだった。
池を覆い尽くす程度の大きさまで広がり、周り一帯が薄暗くなる。それから少し待つと黒い雫が1滴、また1滴と池の水面を打ち付け始め、黒い雨がしとしとと降り始めた。
普通の雨と同じ感じかな。黒いことを除けば」
池の水はこの《禍雨》によって少しずつ黒く濁ってきている。少しずつ群がっていたアメンボ達がせっせと浄化しようとしていたが、それも追いついていないようだった。
「私はダメージ受けてないけど、これならどうかな……」
被っていたローブのフードを外して雨を顔に受ける。すると、HPがほんの少しずつ減り始める。
なるほど、私も入るのね。私を中心にしてってことだから、何もしないと真っ先に私が死ぬのね。
防ぐのはこのローブでも大丈夫だし、多分傘でも差せば充分なんでしょう。布に吸われずにサラリと下まで落ちてるし。
それから、効果時間一杯まで降らせ切ると浮かんでいた雲は霧散して、再び池に日差しが差し込んだ。
状態異常については、反応の分かりづらいアメンボと耐性の高い自分しかいなかったため保留としておいた。
さて、とりあえずローブは姿を隠したい時とか流体……『黒流体』呼びでいいか。黒流体を使いたい時にその都度着よう。
《禍雨》は取り扱い注意かな。使う時はローブを出来る限り着ておこう。傘もあるとまた変わるのかな?
「それじゃあこれから何しようか……あっ」
メッセージ欄に1つ通知が来ていたことに気付いた。送り主を見ると……
「検証班のスクラさんね。どれどれ……」
ログイン停止で延期になった、前のお礼の約束について……。うん、出来る限り早くにしてもらおう。今暇になったし、何よりまた何かあって延期になったら困るし。
手持ち無沙汰になったため、いつでも大丈夫という旨を返信する。
少し待つと、こちらもすぐにでも会えるというメッセージが来たため、今から向かって間に合う時間で約束を取り付けた。
「よし。次の目的は決まったし早速行こう」
帰還の羽を使用して、仮の帰還場所に設定していた京都駅へと転移した。
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