第90話 登竜門

 さて、どう攻め込むべきか……。


 実際対面したものの、攻撃方法をどうするかは決めていなかったため攻めあぐねていた。

 というものの、今の私の攻撃手段は軒並み大型の相手には効果が薄い。60mを超える体躯のこの鯉竜ならなおさら。


 竜はまだ水の柱を打ち出しているが、全てが狙いを定めて放たれている訳でも無いらしく、考え事をしながらでも容易に回避出来ている。


「まあ、人ばっかり相手にしてたらこうもなるか」


 このゲームのスキル獲得システムは行動に依存する。つまり対人戦ばかりしていれば、自ずと対人戦に特化したスキルが増えるのは至極妥当と言える。


 だからと言って為す術がないかと聞かれればそんなことは無いけどね。

 作戦その1、急所に攻撃して即死効果を狙う。この巨体のどこに心臓があるかは分からないけど、《冥界の掟》の即死確率増加も合わせれば倒せる可能性はあると思う。

 その2、《無形の瘴霧》の【腐蝕】で削り取る。だけど【腐蝕】を付与する程付与しにくくなる仕様的に倒すことは難しいと思う。HPもそれほど減らないだろうし。


 他は……もう無い。【恐怖】も【狂気】もダメージを与える訳では無いし、《死の波紋》は単体だと無意味、《闇の処女》は大きさ的に無理だし……。自分で言うのもあれだけど、なんて人を相手にすることしか考えてないスキルなんだろう。


「そんなことより、今攻撃だ」


 《自由飛翔》で実質的に時間制限があるような状態の今、これ以上考える暇はない。

 ひとまず双剣を構えて竜の首……この長い体に首があるのかは分からないが、口の下辺り目がけて加速する。


「グェアァァァァ!!」

「駄目か」

 水の柱を打ち出しているなら周りの注意が疎かになってるかと思ったけど、別にそんなことはないか。そんな甘い相手じゃないのは分かってるけど。


 首元に飛び込もうとすると顔を向けてきて食われそうになったので横に回避する。

 そして、死角に入ったついでにそのまま胴体に攻撃をしようとしたが……


「硬っ!」

 刃が1mmも刺さる気配がしなかった。見るからに鯉みたいなぷよぷよな見た目なのに。

 そうなると……狙うべきは目かな。大抵の生き物は外皮が固くても目は柔らかいって相場が決まってるし。


「ギアァァァァァ!!」

「おっと……」


 先程までの水の柱の攻撃の勢いが増し、私狙いのものが増え、柱が何本も連なって波のようになった攻撃もし始めた。


「それは悪手じゃない? 攻撃位置丸わかりだし」

 並の自動車よりは速いスピードで進んでいるとはいえ見て避けられないとは思えない。一体何のために……今はそれは良いか。


 一度距離を取るために高い所に離れて息を整える。ついでにMP回復のため回復薬を使っておく。


 MPケチって倒せなくなるのは不味いし、次はちゃんと《無形の瘴霧》を使っておこう。


 霧化した後、口の中は最終手段と判断したため目の方に近付く。そのまま目を潰すために姿を現したが……


「ギィエァァァァッ!!」

「うわ、ぶっ!?」


 刃から目を避けられた上に、突然加速して吹き飛ばされた。

 物理攻撃無効化のためダメージは無かったが、霧状態のまま全身を押されたため20m程吹き飛ばされた。


 これも駄目か……。というか反応もかなり早かったけど、加速度に関しては明らかに異常だ。明らかに視界に入った瞬間攻撃し始めてる。

 目に攻撃する以上視界には入らざるを得ないし、水上だから視界を遮る方法は無い。


「さて、どうしたものか。……あっ」

「ゴォォォォァァァ…………」

 何かを溜めるような音と共に、竜の口の前に水のオーブの様なものが現れた。

 その攻撃の予兆を確認したと同時にこれは使えると思い、竜の丁度真上の遥か高くに飛び出す。


「ふふっ……」

「ギェァァァァァァ!!」


 暫く飛んでいるとけたたましい咆哮が聞こえ、水のビームが上に向けて放たれた。


 予想通りあの水のオーブは、前に体感した水の大波の攻撃と同じものだった。物理法則が普通の水と同じように働くのは知っているので、上に行く程勢いは失われる。


「これでよし。次はこのまま……」

 水の勢いが重力に負けて落ち始めたタイミングで、《自由飛翔》を一旦切り自由落下に移る。


 あの水のオーブから打ち出されるのは水に過ぎない。つまり勢いが無くなればダメージも無くなるということになる。


「《心の目》は……よし。竜は動いてない」


 今考えているのは、水に包まれていれば姿を認識されにくくなるのではないかというもの。今の天候は雲ひとつ無い晴れ。水で光が屈折して見えにくくなってくれれば尚のこといい。

 落ちていく水に包まれながら刀を縦向きに構える。


「さて、上手くいくといいけど……」


 加速しやすい体勢でいるため減速する気配は無い。あっという間に竜との距離が僅かになり、それと同時に魔法で出されたものであるため水は消滅する。


「らぁああっ!」

「グェアアッ!?」


 そして、そのまま勢いを緩めることなく竜の脳天を目掛けて刀を突き刺した。



 体を打ち付けない為に、突き刺してすぐ霧化する。それと同時に装備品であった刀も消えて、自動的に《インベントリ》に入った。


「いっったああああっ……!」


 だがそんなことを考える暇もなく、一息つくために距離を取って霧化を解除すると、改めて激しい痛みに襲われる。

 右腕は取れるまでは行かなかったものの、ややちぎれかけていて中身が見えていた。


 すぐに治療のためHP回復薬と、念の為買っておいてあった再生薬を使う。


「はああああっ、それじゃあ竜は……」


 腕がまともに動くまで出来ることはないので竜の方に目をやると、しっかりと頭から血が流れ出していた。

 それを見てひとまずは安心したが、そう思ったのもつかの間、突然竜が再び咆哮し始める。


「この水面の揺れ方……まさかとは思うけど、もう第2フェーズ?」


 竜が全身を出し、水面に浮かんだその姿の全貌を今度は肉眼で目にすることになった。



 やっぱり相当大きいね。まぁ、いくら体が大きかろうとすることは変わらないし……


「私も本気でやってやりましょうか」

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