第89話 池の主に相対す

「さて、久しぶりに来たね」


 あれから暫く歩いて公園に到着した。周りを見回したが、前の賑やかで和やかな公園の面影は無い。

 木々は倒れ、土は抉れ、あちこちに瓦礫が散乱している。おまけに人の姿が全く見えない。


 この瓦礫はあの鯉の竜のものだろうけど前来た時より酷くなってないかな。多分他の人が戦ったからなんでしょうけど。

 人の姿が無いのは……私が居るのも一因になってそうだ。


 ここの近くであれだけ騒ぎを起こしたのだから人が居なくなるのも妥当だと思えた。そうでなくとも、返り血塗れの今の姿では近付く人もいないだろう。


「まあ、池行こう……」



 池の前までやって来たが、今になってどうやって鯉の竜を呼び出すか考え始める。前の時にいたアメンボは見当たらない。


 索敵のために《心の目》を発動する。

 岸から40m程の水中に複数の反応が見えた。恐らくこれがアメンボだろう。

 鯉の竜らしき反応は見当たらない。前はアメンボを的に投擲訓練をしていたら出てきたので、普通にしていたら出ないのだろう。


 さて、どうしようか。

 近くまで飛んでいってもいいけど、丁度いいし《深淵-領域拡張》の再確認でもしようか。さっきは落ち着いて考えるなんてしなかったし。


「その前に回復、と」

 先程の殺戮でMPがそれなりに減っていたので、《インベントリ》で回復薬を取り出して全回復するまで飲み干した。


「それじゃ、始めようか」

 《沸騰する狂気》を発動して対象範囲を限界まで広げる。黒い霧のドームは半径50m程まで広がっているように見えた。つまり元の30mの約1.7倍ということになる。

 発動すると黒い霧が消滅してアメンボが浮かび上がって来る。問題なく効果は発動しているようで、痙攣している個体や、のたうち回っている個体がいる。


 今はこのアメンボを倒しておこう。前はアメンボに攻撃したら鯉の竜が出たんだから、試す価値はある。

 双剣を取り出して構え、アメンボの近くまで飛んでいく。


「浮いているものが10匹、沈んだままなのが5匹ね」


 先に浮かんでいる方に狙いを定め、アメンボの脚を切り、胴体を刺し、1匹1匹確実に狩っていく。

 【狂気】の状態異常のお陰で無力化出来ているので、作業的にアメンボ10匹を倒しきる。


「まあそれはいいでしょう。それより……」


 池の底に沈んだ残りの5匹を見る。

 浮き上がって来る気配は見えないので水中にいる状態で倒す必要がある。水上にいた分だけ倒した時点では何も起きる気配がないので、スルーする選択肢は無い。

 池は不自然な程綺麗で透き通っているため、底にいるアメンボも見えるが、水深は5m以上あるようだった。


 ほんの一瞬考えた末、シンプルな1つの結論が出る。


「うん、潜ろう」

 そう決めたならMP節約のためにもすぐ行動だ。


 《自由飛翔》を解除して池に飛び込む。ゲームといえどやはりリアリティは非常に高い。息は吸えないし、視界はまともに見えないし、服を着てるのも相まって動きづらい。


 視界の問題は《心の目》を使ってどうにかする。無理に見ようとするよりはいいと思う。


 《心の目》の反応に従ってアメンボを倒そうと双剣を刺すが、予想以上に勢いが出ない。どうやら水の抵抗や浮力もしっかりと再現されているらしい。

 仕方ないので《狂風》で無理矢理攻撃速度を上げて倒すことにした。


 同じように他のアメンボも倒し、確認できた範囲は全滅し終わった。

 息が苦しくなってきたのでここで浮上する。


「っぷはぁっ! はぁっ……はぁっ……」


 まだ《自由飛翔》は使わず、水面に顔だけ出した状態で息を整える。


「ここまですれば出てくるかな」


 それからすぐに水面が揺れ始め、危険を察知して《自由飛翔》で水上に飛び上がる。


「って……あれ?」


 自分の体を見てみると、先程まであった返り血が綺麗さっぱり無くなっていた。ただ潜っただけで汚れが落ちるとは思えないので、池の水が不自然なまでに綺麗だったのと同じような理由があるのだろう。


 汚れはいいとして……この服の状態は面倒くさいな、動きにくいし。でもこうする必要があった訳だし、しょうがないか。


 水の中に入った影響でドレスはびしょびしょに濡れて重くなった上、肌にくっついていた。


「そんなことよりこっちだよね」


「ゴォォォォォォ…………!!」



 前に見た時と同じ、黒い胴体に鱗を纏った鯉の竜が、水面から10m程姿を現していた。

 ただ、前とは違い見下ろされるのが鯉の竜の方になっている。


 相手の把握のため、《鑑定》《心の目》を使ってステータスと姿を確認する。


□□□□□

鯉登の幟竜 Lv.40

※詳細鑑定不能※

□□□□□


 ステータスは前見た時から変わっていない。だが《心の目》でその姿の全貌を捉えた時、思わず力の抜けた声が出た。


「うわぁ…………」


 ここまで大きかったとはね。見える部分の10mの倍で精々20~30mくらいだと思ってたんだけど……


「まさか60m超えてるとはね」


 地面の下では、水面に出てきた長く太い竜の体がうねっていた。

 すると、突然竜の体が激しく動き出したかと思うと……


「ギェァァァァァァ!!」


 水の柱が何本も噴き出し始めた。柱は全てを貫かんばかりに激しく上に飛び出し、5階建ての建物を優に超える高さまで伸びている。


「なるほど、そっちはやる気なのね」


 竜は顔をこちらにじっと見定め、確実に殺そうという意思が溢れ出ているように見える。

 それに対して、私も《恐怖の瞳》を使いながら竜を見据える。


「それじゃあ……前の時の恨み、晴らさせて貰いましょうか――」



 私は池の主に殺意を滾らせた。

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