第85話 裁きの時

 意識が闇から帰ってくる。どれくらい落ちていたのかは分からないが、どうやら狂気に飲み込まれてはいないらしい。


 まずは邪魔なこの氷を壊してしまおうか。今ならこの程度なんてこと無さそうだ。


 氷の檻を打ち破るため全身に力を加えて動こうとすると、氷は思いのほか簡単に砕けて体が自由になる。

 辺りを見回すと、近くには叫んだり暴れたりする人が、離れたところには正気を保った人がいる。見たところ呆気に取られたような表情をしていて、攻撃は仕掛けてこない。


 この間に一度ステータスと【狂化・壊】の詳細を確認する。


□□□□□

ライブラ Lv.26

HP:1250/1250 MP:143/345

深淵親和度:2

耐性

火:30 水:30 氷:30 雷:30 風:30 地:30 光:79 闇:65 物理:30

スキル

《鑑定》《インベントリ》

《狂風》《自由飛翔》《見切り》《狂化》《恐怖の瞳》《二刀流》《心の目》《冥界の掟》《無形の瘴霧》《死の波紋》《沸騰する狂気》《深淵-領域拡張》《闇の処女》《深淵-系統操作》


※【狂化・壊】:自身の判断力低下(中)、消費MP増加(中)、移動速度低下(強)、全属性耐性増加(弱)、攻撃威力上昇(強)、破壊効果付与(強)。自身の姿を確認した者に高確率で【恐怖・中】を付与。

□□□□□


 なるほど、悪くない。今はこっちの刀の方がいいか…………さて、始めよう。


 《インベントリ》から、公式イベントの際に手に入れた日本刀『断魂の刀』を取り出して構える。


「うぅっ……ああ゙ぁぁ」


 近くでうずくまってうめいている男に向かって歩み寄る。面倒なことに移動速度低下(中)の効果で全速力で進もうとしても普通に歩く程度の速度までしか出ないらしい。


「まず1人」


 首に向けて刀を振り下ろし、頭と胴体が分かれて血が吹き出る。


 Lv不足で魔道具の効果は全く発動しないけど、普通の刀として使うには申し分ない。これなら何も問題は無……


 首を落としたと同時に破裂音のような音が鳴り響き、アスファルトに亀裂が入る。


「っ……ふふっ。うふふっ」

 破壊効果がこれほどまでに強いものだったなんてね。嬉しくて笑いが止まらない。


「これは流石におかしいだろうがあぁぁぁぁ!!」


 叫び声の方を見ると、正気を保っていた人たちが散り散りに逃げ出そうとしていた。


「逃げるな」


 そこに《恐怖の瞳》を使い、全力で【恐怖・怯】を叩き込む。

 一回りして全方向を視界に捉えたので、逃げられた人は居ないようだった。


 逃げようだなんて、そんなつまらないことさせる訳ないでしょう。


「それじゃあ次」

「うぁあああっ!」


 半ば狂乱して無差別に攻撃していた女が、今度はこちらに槍を持って突撃してくる。


「はぁ……何がしたいのかちっとも分からない」


 《無形の瘴霧》で回避をしながら背後を取り、速度が止まった所を2回切り伏せる。

 女の体は3つに分断されて中身が飛び出し、斬撃の風圧で左右のアスファルトにヒビが入った。


「何の策も無く突撃するなんて、もう少し頭を使ったらどうなの。ほら、私を殺すために集まったのなら次来たらどう?」


 周囲にいる正気を保っていた人達に向けて、笑いながら声を張り上げる。

 水、雷、風などの魔法攻撃が放たれるが、正面から放たれるのを見ていれば霧化して回避することは容易だった。


 なんでもっと真面目に当てようとしないんだろうか。まぁ、当てられないのならそこまでだ。

 それじゃあ、破壊活動を始めようか。




 はぁああ楽しい! 何より爽快! こんな時間がずっと続けばいいのに……。


 【狂気】で錯乱していた人たちは碌な攻撃をしてこなかった。それをいいことに、ある人は体を12分割したり、ある人は三枚おろしにしたりと、色々な斬り殺し方を試していた。

 だが、こちらはまともな反応が返ってこないので半分作業的に全滅させた。


 それに対して、正気だった人たちは鮮明な反応が返ってくる。それならば、やはり楽しみたいと思うのが道理だろう。


「ほらほら、どうしたの。意気揚々と攻撃を仕掛けたのに何も効かなくて悔しい? それとも為す術なくなって諦めちゃった?」

「はぁっ……ぜぇっ…………」


 この男もここまでかな。四肢を落として耳と鼻を削いだから白目剥いて喋らなくなった。


「それじゃ、さよなら」


 顔面にかかと落としをして、頭を潰す。

 途中から気がついたが、破壊効果付与は攻撃による破壊力が上がるものであり、刀など武器以外にも及んでいた。

 そのお陰で、今は裸足なのにも関わらず足に殆ど影響が無いまま頭を潰せている。


「おっと」

「攻撃受けてんのに避けながら拷問するとか頭おかしいんじゃねぇの!?」


 背後から石礫が飛来してきたのが見えたので、霧化して回避する。


「当てようとする気概が見えないんだもの。不意打ちをするのなら一発目から当てたらどうなの?」

「これ避けられるお前がおかしいん……ぐへぁっ!」


 落ちていた10cm大の岩を男の腹に投げつけると、貫通して後ろに血飛沫が飛び散って男は倒れ込んだ。


「ぜぇっ、ふぅっ」

「あれまだ生きてたの。それなら、確か……これが1番苦痛が大きいんだっけ」

「な、何を……って待て待て待て待……」


 そう言いながら、ズボンの上から局部を掴み……



「ああ゙あ゙あ゙あ゙あああぁぁぁああ゙あ゙あああああぁぁぁっ!!」


 握り潰した。

 尋常ではない絶叫と共に男が消失する。


「気持ち悪……」


 手には何とも言えない感覚が残っていた。

 周りを見回すと、全体的に引き気味になっている。特に男が。

 そんな中、1人だけ逆に近付いてくる男がいた。

 遊ぼうとした玩具を殺し、私を氷の檻に閉じ込めた、あの鎧騎士だった。


「はぁっ、はぁっ……ライブラ…………」

「今更出てきて何の用なの?」

「今更とは何だ! お前がちょこまかと避けるからだろうがぁっ!」

「いきなり何。あなた達の技量不足を私のせいにしないで貰える?」


 はぁ……鬱陶しい。面倒くさいし殺していいか。


 刀を構えて殺しにかかろうとすると、鎧騎士の男が話しかけてくる。


「お前のような悪は必ず裁かれるべきだ。例え俺が裁けなくても、必ず俺達『破邪騎士団』の誰かがお前を殺す。義はこちらにあることを覚えて……」

「あのねぇ……そもそも『義』だとか何だとか、何故あなたは自分を正義だと信じて疑わないのか不思議で仕方ないんだけど」

「そんなもの、どうしてかお前が裁かれないのだから、俺たちが代表としてお前を……」

「確かに非道徳的な行為なのは間違いない。だけど裁かれない理由が分からない? 規約には違反してないからだけど?」

「だとしても俺たちが義でお前が悪なのに変わりはないだろうが…………何がおかしい!」


 別に『破邪騎士団』が何かとか興味なんて無いし、殺しに来ても逆に殺すだけだし。私を何と言おうと別に構わないけどさ。


「集団で私1人を襲撃しておいて、よく自分は『義』だとか言えたものだなって。そんなの正義という武器を掲げたただの『悪』じゃない。何を考えればそうなるの?」

「何だと?! 俺たちは崇高な教義の元、悪を滅するため正義のため……」

「あー、あなたの信念とか興味無いし、正義感に酔いしれてるのを滑稽だと思ってるだけだから。とりあえずもう黙っておいて?」

「こちらの台詞だ! はぁああっ!!」


 鎧騎士が叫ぶと、周りを光の檻で囲われる。そして、何やら詠唱をし始めた。


「破邪顕正! 外道覆滅! 光よ、悪しき存在を封じ、裁きを与えよ!」


 一体何を……って、スキルが使えない?


 《無形の瘴霧》での回避を試みた時、スキルが封印されていることに気付いた。

 相手のスキルを封印して自分だけスキルを使えるとは、本当に『義』などあったものではない。


「闇に属しているのなら光は弱いだろ! さあ、悔い改めろ!」


 その声と共に光線が発射され、全身が光に包まれた――

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