第84話 災禍の前兆

「死ねぇライブラ!」

「おらぁっ!!」


 《闇の処女》で1人狩った直後空中に浮遊していると、地面にいる人達から炎や水の弾を放たれる。どうやら【恐怖・想】の効果は切れているようだった。


「残念、当たりませんよ」

 霧化して回避……と。MPはそれほど減ってないね。-30くらいだから、さっきの《闇の処女》の減少分も取り返してる。


 すっかり忘れていたが、このドレス『冥府の瘴霧』はHPとMPを吸収する効果を持っていた。ここまでの人数がいると回復量とスピードもそれに伴って上がっている。


「こんだけ人数がいるんだ! MP量はこっちに分がある!」


 残念なことに別にそんなことはないんだよね。1回の攻撃の回避に必要なMPは精々1か2、並の魔法攻撃に必要なMPより格段に少ない。


「いつまで余裕でいられますかね?」


 そう言いながら《恐怖の瞳》を発動し、今回は普通の【恐怖・強】を付与する。

 怯んでいる様子はあるが、これで死んでいる人は見受けられない。


「っ……はっ! 闇耐性で統一してるからな、お得意のそれは効かねぇよ」


 なるほど、装備が妙に白か黒のどちらかに偏っていると思ったらそういうこと。

 ……それなら今は放っておいていいや。


 下にいる人達を放置して、壁の外側の足場にいる人達の方に振り向く。一番下の1階層からはほとんど降りていたが、高い位置に陣取ろうとしてか、2,3階層の足場には未だ人が残っていた。

 【恐怖・想】にもう一度切り替え、壁の外周を飛びながら残っている人相を見定める。


「んー、なるほどね」

「クソっ! 当たんねえ!」

「オラァ落ちろ!」


 足場にいる人たちから攻撃されるが、変則的な軌道で飛んでいるため当たらない。下にいる方は足場などに当たることを考えてか攻撃してこない。


 一人一人目を通すと1番上の階層に、いかにもか弱いと例えられる、黒髪ショートヘアの少女がいた。


「ふふっ……」


 ターゲットを決めると同時に霧化して姿を消す。


 その後、姿を現して首を切り裂いては姿を消す、という流れを繰り返す。敢えてターゲットの少女の周りの人たちだけを狙って。


 その少女の様子を見ると、【恐怖・想】も相まって顔が青ざめている。


 このタイミングで、短剣を片手にその少女の前に現れる。


「ひぃっ!? いやっ!」


 叫びながらこちら側に閃光の弾を放つ。恐らく光属性攻撃だろう。


 それを回避して、短剣を顔に向けて突き刺そうとし……


「ひっ! ……へ?」


 直前で霧化する。

 霧になってしまえば剣が顔に刺さることはなくなる。ただし、霧状態で触れることになるので【腐蝕】が顔周辺に付与されることになるが。


「っあ゙あ゙ああぁぁあっ! い゙だいい゙だい゙だいい゙だいぃっ!」


 ターゲットにした少女が絶叫を上げて倒れ込む。

 霧状態を解除して姿を見ると、触れた部分が黒紫に変色していた。系統を変えて【腐蝕・悶】にしてあるので、尋常ではない痛みだろう。


「さて、始めましょうか」


 顔は既に大分酷いことになってるけど、もう少し酷くしましょうか。


 《自由飛翔》を解除して足場に降りると、少女を頭を外側の向きでうつ伏せにし、両腕を後ろに回してから馬乗りになる。


「っうあ゙ああぁっ……やぁっ……」


 黒く変色した顔は痛みで酷く歪み、涙は地面まで滴り落ちる。下にいる人たちにもこの様子はちゃんと見られているようだった。


 絶叫を上げているのは気にせず、左手で髪の毛を掴んで顔を引き上げる。

 ここで《インベントリ》からピーラーを取り出して、脅すために眼前に見せながら言う。


「ほら、これ何か分かりますか? ピーラーです。この状況でこれです、もう何されるか分かりますね」

「いや……やめて…………」


 ピーラーをゆっくりと左目の横に持っていき、顔に強く押さえつける。恐怖から来る震えが全身で感じられる。


 ……あぁ、楽しい。全身で私に恐怖してるのが分かる。さぁ、もっともっと苦しめて声を聞かせて?


 顔の皮と目を剥ぎ取るため、右側に引っ張ろうとしたその時――



「ぐぁっ……!」

「なっ!?」


 下から氷の矢が放たれ、この少女の首を貫く。間も無く死亡して少女の死体は消失した。


 突然の出来事に一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに何をされたか認識する。


 ……は? 勝手に、殺された……?


「ふ、ふふふっ。あはははははははっ!」


 下に集まる人たちの中に《狂風》、《自由飛翔》、《死の波紋》を使用して超加速して突っ込む。


 氷の矢が飛んできた元の方向にいた1人の首を切り裂くと、首から血と共に衝撃波が発生する。近くにいた15人程を巻き込み、同じく首から出血させて殺す。


「な、何怒ってやがる。晒し者にされかけたのを止めたんだ。非難を受ける謂れはねぇ……」


 なるほど貴方ね……。


 白い西洋騎士風の鎧を纏った男が名乗り出て来た。その声の方向を振り向くと、視界に入った人達の体が一瞬震える。


「そんな顔しようが義は俺の方にある。そして、罪を贖って死ね!」


 その叫び声と共に、地面が氷に変化する。直後、電信柱程の太さの氷の柱が複数本飛び出し、身体を包み込む様に一瞬で伸びる。

 全身を氷で覆われて身動きが取れなくなる。


「どうだ、やったか!?」

「これは……マジで倒せたか?」


 外からの声が聞こえる中、1人で思案に耽る。


 なるほど。相当強いねこれ。発動までほとんどラグが無いから回避出来なかった。HPも周りから吸収してるとはいえハイペースで減ってる。

 ……だけど即死ではないならどうとでもなる。寧ろこれはバリケードですらあるね。


 《沸騰する狂気》を展開し、範囲を最大まで広げる。範囲を広げる間動けないこのスキルも今なら何も問題はない。


 さて、次は《狂化》だ。


 《深淵-系統操作》で【狂化】を【狂化・壊】に変化させる。この氷から、集まった人達まで、全てを破壊するための狂気に。


 スキルを使用すると狂気が全身を満たし、一度氷の中で意識を失った。


□ □ □ □ □ □


「うわぁ、どっちもヤバいや……」


 離れた建物の陰から双眼鏡で先程の場所を見ていた。

 そこでは、銀髪の女子が大量殺人をしたかと思えば、氷の塊が地面から生えてきてその女子を捕らえていた。


「これこんな怖いゲームだったんだな……」


 独り言を呟きながら氷の塊を見ていると、突然黒い霧がドーム状に広がりだした。

 氷を眺めて何か話していた周りの人達は、それに飲み込まれないように一斉に散開し始める。


「何だあれ。流石にここまでは……」


 150mは離れてるから、あれが何か分からないけど心配はしなくて大丈夫なはず。ほら止まった、何も問題は……


 黒い霧が消えた次の瞬間、ドームの内側にいた人達が倒れてのたうち回ったり、走り回って他の人に攻撃したり、阿鼻叫喚と言うべき状態と化した。


 何だこの地獄絵図。あれ本当にプレイヤーが起こしてるの? 死の間際にここまでやるってどうなってるんだ。確かライブラって言ったっけ……とりあえず近づかないようにしとこう。


 ここまでで充分過ぎるほど驚いたが、それだけに留まらなかった。


 突如氷にヒビが入り、氷の塊が砕け散った。それまで氷で見えなかった姿がはっきりと映る。


「あぁ、あれはプレイヤーじゃないわ。と言うか人じゃない、おかしい」


 後ろ姿からある程度の容姿は想像出来ていた。確かに顔の造形は美少女といって間違いない。だが、それ以外の部分がおかしいと自信を持って言える。


 まず、本来黒色の部分が赤色に、白色の部分が黒色に変化したおぞましい目。

 次に、おおよそ美少女がしていい顔ではない、狂気的な笑みを浮かべた表情。

 更に、幻覚などではなく明らかに目に見える、周囲に漂ったどす黒いオーラ。白銀の髪とのコントラストが、その濃さをよりはっきりとさせている。

 そこに赤い返り血が合わさることで、有難くないことに、無彩色の見た目に彩りが与えられている。


 最初に持っていた凶悪な容姿というイメージは何も間違っていなかったらしい。


「凶悪どころか狂気だよこれ」

 きっとあの場にいる人は全員殺されるんだろうな。容易に想像出来る。


 だが、狂人の行動をただの一般人が予想できるはずも無かった――

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