第75話 水の悪夢

注意:この話には残酷描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「な、なん……」


 驚いて塀にもたれかかったままへたりこんでしまった。見上げる形で、突然現れたの姿を確認する。

 白銀の髪に赤と紫の目。更に黒の眼帯とドレスという今まで出会った魔物とは似ても似つかない見た目。更に《鑑定》の意味不明な文字列に、先程までの惨状。どう考えても異質としか思えなかった。


「ふふっ……どうしました、嬉しくて動けませんか?」


 その上、は愉悦に浸るように笑いながら喋っている。


「なるほど。名前はソフィア、Lvが6ですか。そうですか……なるほど」


「魔物がなんでステータスを見るんですの! おかしくありませんこと?!」


「はぁ、そうですか……。うふふっ、魔物ですか」


 なんですの、さっきから要領がつかめませんわね。喋ると言ってもAIだから限界があるのかしら。

 って、眼帯に手を掛けて何を……


「いやぁああああっ!?」


 突然恐怖感に襲われて、顔を膝に埋めて縮こまる。全身が震えて身体を動かせなくなり、私はひたすら怯えることしか出来なくなった。


「んー、どうしましょうか。無難にあれで良いですかね」


「な、何……するの?」


 何をされるのかと身構えると、攻撃をする訳でもなく仰向けにさせられ、腿の上に乗って押さえつけられる。恐怖のせいでその程度の拘束でも動けなくなってしまう。



 こんなことして、一体私に何するつもりですの。ってそれは、2Lペットボトルの水? それで何が……


「ぶふっ! がはっ……ごほっ」


 顔に水をかけられた。苦しくなって暴れるが、押さえつけられているせいで逃れられない。



「けほっこほっ、はぁっ……はあっ…………」

 お、終わりですの? なら私だって、《小雷弾》!


 小さい雷を飛ばす。悪あがきのつもりだったが、左腕に命中させられた。

 それで少しは怯んだりしないかと思ったが、そんな素振りは微塵も見せなかった。寧ろ狂気的な笑みを浮かべて出したのだった。


「うふふふっ、ありがとうございます。わざわざあなたから攻撃してくれるなんて」


 攻撃をする素振りが無かったのから一転して、突然刃物を2つ取り出した。

 そして、腕に刃を突き刺して地面まで貫通させる。


「いあああぁっ!」


「さて、もう片方も行きますよ」


「へっ?! やめてやめてやめて……!」


 ――ザンッ!!


「ひぎぃいいっ!!」

 声は届くことは無く、呆気なく両腕を剣で打ち付けられた。


「さて、続きと行きましょうか」


 腕を突き刺すことですら、ついで程度なんですの……? ゲームでここまでの苦痛を受けさせられるなんて、こんなのおかし……


「ごぼっ……がは、やめっ」


 一切の容赦や躊躇は無く、再び顔に水をかけ始めた――





「ひゅぅ…………こひゅっ……」


 息が苦しい。視界がおかしくなっている。


 どうして、私がこんな目に遭わされないといけないんですの。


「これで10本ですか。ほら、落ちないで戻って来て下さい」


 肘を下腹部に強く打ち付けられ、無理矢理意識を戻させられる。


「ぐふっ! うぅっ……。あ、あなた、こんなことしてどうなるか……分かってる、の……?!」


「どうもなりませんよ、これはゲームなんですよ? それより、次、行きますよ」


「つ、次なんて、まだ何かするつもりで……」


「はい? 寧ろこれからが本番のつもりなんですけどね」


「ひぃっ……」


 嘘でしょう。ここまで苦痛を与えておいて、これが前座だなんて。


 今度は金属製の漏斗を取り出し、細い方が口の中に差し込まれる。


「さぁ、死にたくなければちゃんと飲み干して見せて下さいね」


「お、あ…………」


 嘘でしょう? まさか、そんな非道なこと……


 その思いも虚しく、ペットボトルを取り出して水を注ぎ始めた――






 苦しい。いやだ。痛い。怖い。…………助けて。


 あれから抵抗も出来ないまま水を飲まされ続けた。水を飲まないように堪えようものなら、否応なしに鼻を摘んで呼吸を止められるため、抗いようがなかった。

 腹は水のせいでパンパンに膨れ上がっていた。頭は酷く痛み、心臓はおかしくなりそうなくらい早く鼓動している。


「さて、出しましょうか」


 出す……? なにを……?


 そう言うと、再び肘を腹に打ちつけられた。その拍子に、口の中から水が噴き出す。1度だけではなく、何度も何度も中身を吐き出させられ、その度に激痛が走る。


「うぶっ……ごぼっ、がはっ」


「まだ出るでしょう。ほらっ!」


「ぐふぅっ! おげっ、ごほっ……お゙ぇぇっ!」


 胃の中身をほとんど全て水と一緒に押し流された。水と胃液らしき液体が混ざり、顔の周りはビチャビチャになった。


「ひゅっ……うぁ、かはっ。うぁ、うえぇぇぇ……」


 顔や体は真っ赤に変色し、涙は止めどなく流れ、既に見るに堪えない有様になっていた。


「やっぱり、心が壊れて泣き崩れる顔というのはいいですね……。さて、2回目と参りましょうか」


「ぅ…………ぇうあぇ……」


 あまりにも絶望的な言葉が投げ付けられたが、既に思考をする気力など残ってはいなかった。ログアウトを考えることも出来ないほどに。

 しかし、無情にも漏斗は口に捩じ込まれ、水を注ぎ始められた。


「あはははっ! もっと苦しんで苦しんで苦しんで、私を楽しませてください?」








「ん……」


 目が覚めると自宅のベッドだった。どうやら強制ログアウトが入ったらしい。


「っ…………うぁああ、うぇぇぇぇ…………怖かったぁぁぁ……」


 苦痛を受けないという安心感と、先程の恐怖の余韻で涙が溢れて来た。21歳にもなってここまで泣くことは初めてだった。



「喉渇きましたわ……何か飲み物を……」


 ピッチャーを手に取りコップに水を注ごうとすると、先程の光景がフラッシュバックする。


「ひぃっ! ……っ、ふぅ。大丈夫あれは仮想、あれは非現実、あれは夢…………」


 感覚が軽減されていたとは言え、あのことが軽いトラウマとなっていた。繰り返されることは無いと自分に言い聞かせる。



「はぁ……ふぅっ……」

 しばらくしたら大分落ち着いたため、先程までの悪夢について考える。



 私はレビューに紹介を依頼されている身、それならばあれについて詳しく話すべきですわよね。

 恐らく……というか、どう考えてもプレイヤーですわよねあれ。聞いた端々でそんな感じのこと話してましたもの。


「ブログに掲示板にSNS、総活用してあれについて広めておきましょう」


 幸いインフルエンサーとしての力はかなり大きく、数十万単位の人に見てもらえる。


 あれの容姿に言動、された行為まで詳細に書いておきましょう。私をあんな目に合わせたんですもの。遠慮する必要なんて微塵もありませんわ。



 こうして、水の悪夢についてネット上で広く周知されることとなった。

 そして誰によって起こされたことか、という情報も共に広がることに……

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