第7話 柴田翔
「なら、僕が彼氏になります。じゃあ、僕、花宮さんお持ち帰りするんで!」
そう言ったのは、柴田翔だった。
柴田翔はたしか、23歳、新卒1年目だったと思う。
「ちょっと!勝手なことしないで!」
「見ていられません。強がらないでください。」
そう言って、引っ張られて居酒屋を出た。
「ちょっとどこ行くつもり?」
「わかりません。とりあえず、さっきはすみませんでした。でしゃばり過ぎました。彼氏になるとか、お持ち帰りするとか、勝手なこと言い過ぎました。」
「うん。でも、もう絶対しないで!正直迷惑なの!私は別に自虐ネタとか慣れっこだから!」
「花宮さん…」
「じゃあ、私帰るから!」
「待ってください。僕、飲み足りません。一緒に飲み直しませんか?」
「よくそんなこと言えるわね。私と関わったらあなたも嫌われるわ。」
「花宮さんは分かってない!」
柴田翔は急に大きな声でそう言うと、私に強引なキスをしてきた。
「ふざけないで!もうこれ以上関わらないで!」
そう言い放って私は走って帰った。
なんなのよ。なんなの。一体あいつは私をどうしたいっていうの?
こんなこと誰にも相談できるはずなかった。
それでも容赦なく明日はやってきた。
出勤すると、若い女性社員たちに顔を見ながらヒソヒソと陰口を言われた。
そんなことはどうでもよかった。
一番会いたくないあいつに会わなければ他のことはどうでもよかった。
しかし、時はやってきた。
給湯室に一人、コーヒーを淹れていると、柴田翔はやってきた。
「おはようございます。花宮さん。」
「お、おはよう。」
「僕、昨日のことは謝りませんから。」
そう言ってそそくさと去っていった。
考えてみれば、この1ヶ月、目まぐるしく環境が変わっていった。思えば、母にニートがバレたことから始まった。芦田光との出会い。復職。口に出すとそれっぽっちかもしれない。でも、私にとっては大きな成長だった。なんだか、明るくなれた気がした。地味で目立たない私は、いつも世界を憎んでいた。すべての不条理は世界のせいにした。それでも、その憎たらしさは外には表さないように生きてきたつもりだった。例えば、母の望む通りに生きてきた。
思えば、ずっと、心苦しかったのかもしれない。世界の不条理に気づいてるのは私だけだと思い込み、抱え込んできたのかもしれない。
変わるべきは私で、世界ではないのかもしれない。
意味がわかりそうでわからなくなり、吐き気がした。いや、二日酔いか。
明日もある。寝よう。
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