第8話 会社を辞めた理由

あれからというもの、毎日のように柴田翔に誘われるようになった。


「今日空いてませんか?」


「ごめん。先約があるから。」


申し訳ないと思いつつも、毎日同じ断り方をしていた。それでも、柴田翔は怒らなかった。そして、諦めなかった。




ある日、痺れの切らしたのか、こんなことを言ってきた。


「花宮さん、柴田…尚…」


「何で?」


食い気味に言ってしまった。そして、思ったより大きな声が出てしまい、みんなに振り返られた。




「いや、柴田お腹空いたなぁって言おうとしたんですよ…」


絶対嘘だった。柴田翔は汗が出ていた。




私はそれが気になって、その日は柴田翔と夕飯を一緒に食べに行くことにした。




「あんだけ断り続けてたのに急にどうしたんですか?まぁ、嬉しいからいいですけど。」


「いや、今日は予定がなかったから。」


嘘なのはバレバレだった。


「昼間のあれ、忘れてください。」


「え?…やっぱり柴田尚って言ったんだ?」


「だから、忘れてください。」


「無理かも。私、柴田尚って人知ってるから。」


「……はぁ。僕の兄です。」


「えっ?あぁ、でも同姓同名の人っているからね。」


「同一人物です。花宮さんが知っている柴田尚と、僕の兄の柴田尚は同一人物です。」


「な…なんで?」


「兄から花宮さんの話を聞いたことがあったんです。」


「お兄さんは何て言ったの?」


「言えません。」


「そう。やっぱり今日は帰るわ。そういえば、母が来る日だったわ。」




逃げるように帰ってきた。




驚いた。


柴田尚は柴田翔の兄だったなんて。


知りたくなかった。


だけど、柴田翔は確実に私の過去の何かを知っている。






次の日は土曜日だった。


この日は朝から芦田光から電話がかかってきて、カフェで話した。


「芦田くん、私、今から誰にも話したことないこと話すね。」


「う、うん。」


「私ね、前の会社で、一つ上の上司を好きになっちゃったの。その人はね、私みたいな地味な人には全く興味がなくて、人を見た目で判断する、最悪な人間なの。しかも、セクハラをされた。だけどね、私の仕事ぶりは評価してくれたの。それだけだった。それだけだったけど、それが嬉しかった。いつのまにか、好きになってた。一緒に食事したり、デートしたりしたいって思い始めてた。一人で思い上がってたの。それでね、ある飲み会で、"花宮は名前だけは華やかだな。彼氏できたことないだろ?"って言われちゃって。あぁ、私一人の思い上がりだったんだって、改めて思い知らされて。たったそれだけなの。たったそれだけで、つらくなって、何にもできなくなっちゃって。会社辞めちゃったの。」


涙が止まらなかった。こんなこと、芦田光に話したところで迷惑なのは分かってた。だけど、誰かに言わなきゃって思ったら、真っ先に芦田光が思い浮かんだ。




芦田光は何にも言わず、私の頭を撫でた。




私が泣き止むと


「優姫は悪くない。俺、そいつぶっ飛ばしに行ってくる。」


と言ってくれた。




それから、なんとなく私の家に呼んだ。


「男の人、家に入れるなんて優姫も大胆だな。」


「心を許した人しか入れないわよ。芦田くんが初めて。」


「そっか。なんか照れるな。」


「夕飯作るね!それまで、そこでゆっくりしてていいよ。」


「あぁ、ありがとう。」




それから私はドキドキしながら、カレーを作った。カレーなんてベタだったかな?と後悔しながら。




カレーできた頃には芦田光は私のベッドで寝ていた。


「ベッド使っていいなんて言ってないのに…ふふふ。」


私は芦田光の寝顔を見つめて、自分の唇を芦田光の唇に当てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る