恋愛と政略

心配しかなかった。


あの兄がミューズと話すと。

しかも自分には席を外せと命じた。


部屋に防音の魔法はかけられていない。


マオの風魔法で中の声を拡張してもらう。




兄の言葉に沸き立つ怒り。


違う。

そんな脅すような話で、打算で彼女と結ばれたいわけではない。


ミューズが幸せであればそれでいい。


彼女に振られたならば政略結婚でもなんでも受け入れよう。

しかしこんな無理矢理に、彼女に迫ることは許されない。




兄は尊敬してる。

自分よりもとても頭の回る人だ。


だが、自分の好意を、彼女への思いを踏みにじられたくない。


「身を引くならば俺から伝えよう」


エリックの言葉に限界だった。


振られる権利すらないのか、俺は。




自分とミューズを蔑ろにした兄に、一言言いたかった。


「兄上っ!!」

気づいたら拳が出ていた。





「ぐっ…!」



殴られたのはニコラだ。

エリックを庇い、ニコラがその拳の前に立ったのだ。

鈍い音がして、壁に叩きつけられる。


「加減、してください。ティタン様…」

ニコラは事前に防御壁を張っていた。


それでも壁に体が食い込む程の勢いがあった。


「無理だ、許せない」

少しだけ落ち着いた。




エリックに言わねばならない。


「兄上、お話があります」

「何でも話せ、聞いてやる」


マオとルドも遅ればせながら部屋に入ってくる。

飛ばされたニコラとへこんだ壁に驚いていた。



「政略結婚なら了承はしている。あなたの良いようにしてくれて構わない。しかし、このようにミューズに言うのは、違う」


「当然の事しか伝えていない。ミューズ嬢が選ばなければティタンは他国の入婿となる。普通の事だろう」

「今ではないという話だ。彼女が選ぶ道を狭めてしまうのは俺の本意ではない」




「では、ミューズ嬢がティタンに靡くまで待てと?俺は慈善活動で彼女を置く気はない。皆にわかるよう、しっかりと形にせよと話したはずだ。いつまでも待つ気はない」

「しかし!」

「治るまでは待つかと思っていたが、そうもいかない事情が出来た」


エリックはミューズへと目を移す。


「情報が入った。リンドール国王の容態が悪化し、目覚めない日が増えている」




ミューズは目を見開く。




「助けるにしろ、攻め入るにしろ時間がない。ティタン、この前伝えただろ。兵力を出すには理由がいるんだ」


「兄上…」




歯噛みする。

もうそのような切羽詰まった段階にきているのか。



「失礼しますわね」

緊迫した雰囲気の中、穏やかな声をしたレナンが入ってきた。




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