エリックの思惑

ミューズ嬢と二人で話したい。


エリックの言葉にティタンは心配になった。


「彼女を傷つけないで下さい」

「わかっている。心配するな」


そうは言いつつも、エリックはティタンとマオの同席を許さなかった。


話すはミューズとエリックとそして従者のニコラだけ。






ティタンとは全く違う雰囲気の男性にミューズは緊張した。


あの穏やかなレナンは何故この男性を好いているのか。

そう思う程、冷たい雰囲気と空気。


緊張感で喉がカラカラになる。




エリックが話に来たのは、おそらくミューズのこれからの進退。


王太子である彼はかなりの権限があるだろう。


挨拶の為に立ち上がろうとしたミューズを制する。


「そのままでいい。まだ本調子ではないだろう」

見た目通りの抑揚のない声。


ミューズはベッド上で上体を起こすくらいにする。


「顔を合わすのは初めてだな。俺はエリック、ティタンの兄だ。これはニコラ。俺の忠実なる従者だ」


ニコラは無言で礼をする。

こちらも何を考えているかわからない程、表情を殺している。


「私はミューズと申します。この度はアドガルムの尽力により命を助けて頂き、ありがとうございました。このご恩は忘れません」

ミューズは礼を述べる。

最近家名を名乗ることはやめた。


リンドールでの自分の籍はもうないからだ。


「君の命を助けた理由は、ティタンから聞いているであろう」

「…はい」


「愛情という、目には見えない不確かなものだ。ミューズ嬢は信じられたか?」


「…私からは何とも言えませんわ」




エリックは何を問いたいのか。

真意を図るにはまだ言葉が足りない。


「婚約は保留と言ったそうだな」

エリックは足を組み、口元に少しの笑みを浮かべた。


「体調を整えている間に、気持ちもある程度は固まると思っていた。ティタンは真っ直ぐすぎる男だ、味方にすればけして裏切らない」


エリックはティタンに信頼を寄せている。


「ティタン様は、とても優しい人です。頼りになる素敵な男性とも思っております…」

ミューズにとっても、ティタンは信頼出来る人だ。


ただ恋愛の対象としては、わからない。

知り合ってからまだ数日。


惹かれている心はある。

だが、ティタンから向けられる想いに応える自信がまだない。


もっと彼に相応しい人がいるのではないかと考えてしまう。




「婚姻となればまた違うか。しかし…」


明言を避けたミューズに、エリックは射抜くような視線を向けた。


「ティタンをいつまでもあのままにはしておけない。あれはこの国の第二王子だ、外交の為の婚姻をそろそろ考えなくばならない」



ミューズはその言葉に、胸がギュッとなる。



自分ではない誰かがティタンの隣に立つことを望んでいた。


しかしいざこうして言葉にされると、その重みに、たまらなく胸がざわついてしまう。



「ミューズ嬢が要らぬなら良い、ティタンを欲しがる国は数多あるからな。あの体格と腕前だ、不安定なリンドール国へと向かわせなくとも良縁は結べる」


選ぶか、選ばないか。

ミューズの選択を問うてるようだ。



「エリック様…」

何と言えばいいのか。


エリックの言いたいことはわかる。


政治の駒としてティタンの立ち位置を考えれば、どこかの国へと婿入りさせるのは妥当だ。

国のためになる。




いつまでも甘えた気持ちでいてはいけないともわかっている。


ここに置いてもらってるのは、ひとえにティタンがミューズに好意を抱いてるからだ。


それが途切れればミューズをここに置いておく理由はどこにもない。



 

受け入れる一言。


ミューズがティタンとの婚約を了承さえすれば、何も悩まず何も苦しまなくていい。


でも、こんな半端な気持ちでティタンに言っていいのか。


自分に魅力などないと思っているミューズは、いつか彼に飽きられ、捨てられてしまうのではないかと恐怖していた。



「私は…」


それでも言葉が繋げない。

自分に自信がない。


何もかも無くした自分。


身分の居場所も立場も。


立ち位置すらわからない自分が、彼を支えていけるのか。


そして婚姻を認めれば、リンドールとアドガルムが戦火となってしまうんじゃないかと危惧している。


ならばいっそ、自分は死んだというままでいれば、余計な争いは起きないのではないだろうか?


思いは堂々巡りしてしまい、たった一言が言えない。




「まだ気持ちに決心がつかないか」

「……」

ミューズの迷いにエリックは淡々と言葉を

紡ぐだけだ。



「ミューズ嬢が葛藤する気持ちもわかるが、今の君は何者でもない。今は客人の扱いだが、今後の動向の為にも立ち位置をはっきりさせたい。

ティタンを受け入れられない、隣に立つ資格がないと思うのであれば断って欲しい。

ティタンの一時的な気の迷いであったとして、陛下に進言する。もし断ったとしても放り出したりはしないから、今後の事は心配しなくていい。体調が戻り次第、安全な場所へと亡命させる手筈を取る」


エリックの言葉はごくごく当り前である。


身の安全を保証してくれるというのはミューズへの最後の優しさなのだろう。


曖昧なミューズの事を、エリックは扱いあぐねているのだろうと思った。


この威圧感はミューズに早く身を引かせたいとしか思えない。


「身を引く事が言いづらいならば、俺からティタンへ伝える」





「兄上っ!!」

ティタンはドアを開けると同時に、エリックに殴りかかった。




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