リオンの企て

「今宵は兄が来られず、申し訳ありません。代わりにはなれませんが、お許しさえ頂ければ、僕に本日のダンスの相手をさせて頂きたいのです」


アドガルムの第三王子、リオンが恭しくカレンに手を差し出す。


青い髪は後ろで一つに纏め、中性的だが、とても美しい顔をしている。

絶えず笑みを浮かべ、綺麗な翠眼は今はカレンだけを映していた。


カレンは目の前の男性に、驚きと胸の高鳴りを感じる。





今宵はリンドールでのパーティーの日。





リンドールとしてはアドガルムに対して、憤りを感じていた。


時間になっても現れず使者も来ない。


何という失礼なことかと、抗議文を送ろうと考えていたのだった。


それが突如、大量の手土産と共にアドガルムの者だという人物が現れた。

ティタンではなく、その弟のリオンが招待状を持って。


アドガルムの第三王子は外遊中だと聞いていたが、知らぬ間に帰国していたらしい。



アドガルムの紋が入ったマントを羽織り、口元には笑みを称え、ダンスが始まる少し前にカレンの前にリオンは現れた。

他の貴族を押しのけて、ダンスの誘いをする。


突然入場した者に皆がビックリしたが、誰も何も言わない。


主催国の王女、カレンが何も言わなかったからだ。


「ティタン兄様は今、手が離せない事案を抱えておりまして。僕が代理としてきました。カレン王女は兄の方が好みでしょうか?」

「いえ、あの、リオン様もとても素敵でいらっしゃいますわ」


年下ではあるものの、リオンのほうがカレンは好みだ。


正直ティタンはカレンの好みではない。


他国の王族を婿に迎えられれば体裁が保てるという事と、ミューズよりもカレンが優れているという事を知ってもらうため、婚約についての手紙を送ったのだ。


カレンとしてはリオンの方がいいと思っている。


「そうですか。それは良かった」

これで兄はゆっくりミューズを口説けるだろう。


余計な手出しをされないようにと、そんな事も考えていた。


「リオン様は、婚約されている令嬢はいらっしゃるのですか?」

「いいえ。ふらふらと外遊してましたので、これからです。成人となる年には、是非どなたかとの婚約はしたいと思っていますが…」


ダンスをしながらの会話。

思わせぶりに見つめればカレンは頬を赤らめる。


カレンの好みのタイプはいわゆる王子様タイプだと聞いている。


服装に気をつけ、動作も丁寧かつ、カレンを気遣うよう大げさに表現する。


笑みは絶やさず、視線も外さない。


好意を持っているのだと勘違いさせねばならない。


自分が人からどう映るのか、リオンは充分把握していたから、自信はあった。




「本日のドレス、とても素敵です。カレン様の美貌をより際立たせておりますね。皆があなたに羨望の眼差しを送っている気持ちが、とてもわかります」

賛辞の言葉を伝えていく。


「カレン様、今宵のあなたは誰よりも美しいですよ」



見た目だけはな。


ミューズを殺そうとした女の娘など、リオンは許しはしない。

ミューズは敬愛する兄の想い人だ。

それなら自分にとっても大切な人となる。


全ては後の計画のため、万全を期すためにリオンはここに来るのを躊躇わなかった。



長兄のエリックにも実行の許可は得ているので、ついでにある仕掛けも施そうと思っている。


エリックから賛同された事で、リオンは計画の実行に心配すらしなくなった。


エリックに認められれば、絶対に大丈夫だという信頼。


あとは自分の手腕だが、遠くでリオンの従者、カミュが心配そうに見ている。


安心させるように微笑むと、カレンがムッとした表情をした。


「今は、私だけを見ていて下さい」

どこかの令嬢に微笑んだのかとヤキモチを妬いているようだ。


「失礼しました。お望みのままに」


内心の嫌悪を完璧に隠し、リオンはダンスのパートナーをつとめる。


「時にカレン様。カレン様にはお義姉様がおりましたね。残念な知らせは、お聞きしたのですが…」

「えぇ病弱な義姉だったのですが…謀反を企てていたと母から聞きました。二人きりの義姉妹だったので、とても哀しいですわ」


カレンが悲しみの表情を見せる。

「カレン様はお優しいのですね。追放された方に対してもそのようなお言葉を…カレン様にとって、どのようなお義姉様でしたか?」

リオンも労るような表情を見せる。




二人とも、思ってもいない表情を作るのに、長けていた。




「病に負けず、私と共に孤児院や救護院への慰問をするような義姉でした。義姉の評判は、いまいちでしたけど」


「そうでしたか…」




嘘だ。


カレンは慰問になど行っていない。


ティタンがミューズの情報を集めるため、各所の様子を詳しく聞いている。




リオンのすることは明確に決まった。


「カレン様。猫は、お好きですか?」

「猫、ですか…?」

急に方向転換した唐突な質問に、カレンは言い淀んだ。

動物は好きではない。


「えぇ、黒髪黒目の猫を、兄が飼っているのです。とても気まぐれで、素直じゃなくて、可愛いんですよ」

「そうなのですか…」


好きではないし、興味もないから、なんて返したらいいかカレンは迷った。


「その猫をいつか飼いたいと思っています。兄の猫なので許可をもらったら、ですが」


ダンスが終わった。




リオンはすっと手を離す。


ニ曲続けて踊るのは、恋人や婚約者がすることだ。


どちらでもないリオンが離れるのは自然な事。

それでもカレンは名残惜しそうだ。


「カレン様、この場で一つだけ魔法を使わせてもらいたい」


リオンの目は熱く燃えていた。


情熱的なその目はカレンを見る。

もちろん愛情ではない。

計画の実行で気が昂ぶっているのだ。




「魔法とは、何のですか?」


パーティの場での魔法は原則禁止だ。

身分の高いものが多く、危害を加える可能性が高い魔法は使用を許可されない。


使えばそれだけで重罪となってしまうこともある。


しかしカレンは主催国の王女だ。

彼女の許可さえ得られれば、どうとでもするつもりだった。

駄目ならすぐカミュと逃げようと思っていた。


「本日出会えた事を祝して、僕からあなたに贈りたいのです」


破滅への一歩を。



「ぜひ、見てみたいわ」


リオンの気迫に気圧され、カレンはつい頷いてしまった。

本来であれば王妃である母の許可を取らねばいけなかった。


了承してしまったカレンが齎すものは…。





リオンはすぅっと大きく息を吸う。




「私はアドガルム国第三王子、リオン=ウィズフォードだ!今宵、こちらの麗しいカレン王女の許可の元、皆に一つの魔法を披露しよう!この国の未来に、祝福を!」


アドガルムが攻め入る未来を送ろう。




リオンの手から無数の虹色の蝶が放たれる。


突然の演説と現れた蝶に、演奏もダンスも止まった。






蝶の翅は薄く透けており、大量の花弁が舞うような錯覚を覚える。


その蝶はどんどんホール中を埋め尽くす程増えた。


無数の蝶からはキラキラとした鱗粉が落ち、皮膚に溶けていく。


蝶自体も人に触れれば身体に染み込むように消えた。


それらは光を反射して、眩いものだった。


幻想的な光景だ。



「何だか、力が溢れるような…?」

最初は皆驚いていたが、鱗粉が身体に染み渡ると疲労が取れるのを感じる。


「体の痛みも取れている…」

腰や肩の痛み、病の苦しみすら和らいだ。


「僕からの贈り物ですよ」


リオンが再度手を上げれば、蝶達は吸い込まれるようにして彼の元に集まり、消えた。


「カレン様、いかがでしたか?」

リオンはとびっきりの笑顔を見せた。


皆が称賛とリオンの魔法に感謝をする。


一人カミュだけが苦い顔をしていた。




「リオン様、とても素晴らしい魔法でした」

聞こえたのは、カレンではない女性の声。




皆が道を開けると、一人の女性がリオンに近づいてきた。

リオンは笑顔を保ったままだ。


リンドールを支配している王妃、ジュリアだ。



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