恋心と自覚したのは

「そうなのですか?」


でも、リリュシーヌは公爵家の者だ。それもあって今の国王であるディエスと結婚したと、隣国の歴史を学ぶ際に聞いた事がある。


だからリオンは現辺境伯であるシグルドと、公爵家だったリリュシーヌにそんな関係があるとは、考えすらしていなかった。


「リリュシーヌ様の結婚を見届けた後、シグルド殿は辺境伯になることを望まれた。戦いに明け暮れたかったらしい」

戦うことが好きだそうだ。


「それに伴い家名も変えた、変わった人だ。もとの公爵領は息子に譲ったそうだが、こちらも共にその時期に家名を変えているから、リオンの学んだ部分だけではわからないはずだ」

「それはまた、不思議な人達ですね」


家名や血筋、爵位は代々継ぐ大事なものだと思っていたのだがこう簡単に変えてしまうとは、なかなかな人物だと思う。

認めた当時の国王もどんな心境とだんな交渉をされたのだろうか。



噂話などはあったかもしれないが、アドガルムに殆どいなかったリオンは耳にする機会もなかった。


その時その時で流れる、生きた情報を得ることへの難しさを実感する。




「少し話が逸れたが、シグルド殿はたまたまリンドール王城にいた。俺たちは外交のため偶然にも同じ場所にいたんだ。騎士に憧れていたティタンは、シグルド殿の話を耳にする。どうすると思う?」

「会いにいこうとしますよね、ティタン兄様なら」


周囲の事など関係なく行くだろう。


昔から外交だのパーティだのを苦手だと公言していたし。


抜け出してシグルドを探すだろうな。




「もちろんそう簡単に見つかるわけがない。迷子になったティタンを見つけたのは、ミューズ嬢だ」

「そこで好きになったのですか?」


「いや、ここでは出会いだけ、だそうだ。本人が言うにはな。しかしミューズ嬢の外見は、一度見ればそう簡単に忘れられまい。心に残っていたという事だ」


珍しいオッドアイと、幼い頃から可愛らしいと評判な容姿。


単純なティタンでも忘れたりしないだろう。



「恋、までは行かないと話していた。憧れの人物の孫だから気になっていたんだと。だが、リリュシーヌ様が亡くなった後での不幸もあいまり、心配になった。ティタンはもう一度会いたくなったそうだ」


どうしているのか、病がちで体を壊したと聞いたが、大丈夫なのだろうか。


「探るうちにミューズ嬢が慰問に訪れている、病院や孤児院の話を聞いた。そこで彼女の話を聞きに度々リンドールにお忍びで行っていた」


とても献身的な女性だという事。

優しく慈愛に満ちており、慕われている事。

慰問の日にちは不定期だという事。


会いたいのに、タイミング悪いせいか、なかなか会えなかった。




「元気だという話は聞いたが、実際に顔を見ていないから納得しなかったそうだ」


「それはもう、好きでいいのでは?」


無自覚過ぎる。

こんなにも気にして、執着しているのに。


リオンは次兄の鈍感さに言葉が出ない。


「そうだと思うが、この時点では自覚が薄かったのだろうな」


ようやっとひと目見ることが出来た時に、遅ればせながらミューズへの恋心を自覚したようだ。




「…エリック兄様。どこまでがティタン兄様から聞いたもので、どこまでがエリック兄様の情報網ですか?」


弟の恋バナをここまで把握しているエリックに、流石にリオンは恐怖する。


そこはそっとしておいて欲しい。


「どこまでだか…覚えていないな。応援する気持ちが強過ぎて、つい調べ上げてしまった」

「僕の時は、やめてくださいね」


エリックの部下は盲目過ぎてエリックの命令を聞き過ぎてしまう。

調べる前に、ちょっとは疑問を持ったり、エリックを諌めてほしいと思った。


「覚えていたらな」

当てにならない言葉だ。





「話を戻す。リンドールからのこの招待状なのだが、どうするのが最善だと思う?」


なんとなく、はぐらかされたような気持ちだが…リオンは手紙を指さした。


「行くとの返事は、だいぶ前にされてますよね。僕の正装は準備出来ますか?」

「話が早いな。ある程度合わせるまでには用意した。うちのオスカーが、最終調整について気合を入れて待っている」


衣装担当のオスカーは、自分の用意した服をリオンへ着せる事を楽しみにしているのだという。


「この状況でティタン兄様に行かせる気はないでしょうし、エリック兄様が行くとは思えない。そうしたら僕になるかなぁと」


エリックとリオンは思考が似てる。


欠席の返事を出して下手な刺激を与えたり腹を探られるよりは、代理で行くほうがまだ良いかとの判断だ。


ミューズを匿っているのもある。

いつかばれるにしろ、攻め込みづらい状況を作りたい。


「僕がティタン兄様の代わりに行き、返事をしてくればよいのでしょう?」

「そうだな。リオンには悪いが、非礼を詫びつつ適度にリンドールを持ち上げて、そこそこなタイミングで帰ってきてくれ。まだ戦準備に足りないものがある」

「わかりました」


エリックの中では、戦うことはもう決定事項のようだ。


「ちなみにうち以外の、他国の王族にも婚約の打診はしているようだから、カレン嬢の恋心とかその辺りは、あまり心配するな。好きに動けばいい」


リオンとて本気で好かれるとは思わない。

全力で謀ろうとは思ってるいけれど。


「失敗したら、すぐ撤退しますので」

敵地に赴くようなものだ。

多少の緊張はする。



ミューズがアドガルムにいることや生きている事はまだ知らないはずだが、だがもし知られていたら、リオンが無事でいられるか、わからない。


「リオンに何かあれば、すぐ助けに行く。失敗しないとは信じているがな」


リオンの魔法とカミュの力なら逃げ切れるだろうと計算していた。


強力な攻撃魔法ではないが、二人は少し癖の強い魔法が使えるからだ。


「命は惜しいので無理するつもりはありません。ついでに少し、イタズラをしてこようと思うのですが」


リオンはエリックにそのイタズラの内容をそっと告げた。




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