心情と実情
「ミューズ嬢…話したいことがいっぱいあるんだ」
どこから話すか、頭の中で整理していく。
「ええ、私もいっぱいあります。ティタン様からお聞かせください」
「まずは謝罪を…俺が遅くなったばかりにつらい目に合わせた事。そして、緊急時とはいえ髪を切ってしまい、申し訳ない」
ミューズの髪は肩の少し下くらいの長さで、不自然に切られている。
あの時監視役の男性がミューズが死んだ証拠として切って持っていったのだ。
まずは今更ながら、そこを謝った。
ミューズの体力回復を待って、ゆっくり伝えようと思ってた事の一つだ。
「ティタン様が謝る事ではありません。ティタン様が来てくれたから今こうして生きているのです。そしてこの髪…私の命を助けるために、リンドールの者に切って貰ったのですから、あなたのせいではないですわ」
「あの男は、スパイとして送ったアドガルムの手の者だ。だから俺の責任だ」
ティタンはミューズを見つめた。
ミューズの髪は艶を失くし、肌に張りがない。
リンドールで最後に目にした頃よりも明らかに痩せてしまい、顔色もまだ悪い。
だが、その顔立ちはとてもキレイだし、特徴的なオッドアイは忘れる事もなかった。
「彼はスパイだったのですね。あの後どうなったかずっと心配してましたわ、彼は無事なのでしょうか?」
監視役のはずなのに、優しくしてくれた理由はそこにあったのかと改めて振り返る。
「今はアドガルムにいる。ミューズ嬢の体調が落ち着いたら、謝罪したいと言っていたよ」
「無事ならば良かったです…証拠の品を渡すためとはいえ、王妃様のもとに戻れば殺されるのではないかと心配でしたわ。王妃様はそういう人なので…髪はいいのです、生きていればいずれ伸びますから」
寧ろ短くなり、洗いやすくなったとミューズは笑った。
森での生活をした際に数日自分で洗ってみたものの、今までずっと侍女にお願いしていたから、いざ自分で洗ってみたらなかなか大変だった。
この長さでそうなのだから、以前の長さではもっと苦労しただろう。
「明日からはチェルシーが手伝うよ、君の身の回りの世話は全て彼女に任せてある。こちらのマオも同様だ」
「…何故私の為にそこまでしてくれるのですか?ティタン様と私は、あまりお会いしたこともありませんし、私はリンドールから追放された女です。助けてもらい感謝していますが…あなたには何のメリットもないと思うのです」
助けてもらえたのはもちろんありがたい。
それだけではなく温かく受け入れてもらい、こうして手厚いお世話までしてもらってるのだ。
どう返していけばいいのかわからない。
国ではミューズは死んだ事になってるはずだ。
魔物の森に追放され、証拠の遺髪もある。
ミューズという女性はいなくなった。
「助けた理由はもちろんある。また今こうして話せているのが、メリットと言えばメリットだな。俺は君を好いている」
「えっと…」
さらりとティタンから出た言葉に、ミューズは返答に困る。
もう少し情緒を考えろとマオは内心思ったが、口には出さない。
あれだけ躊躇っていたティタンだが、一度言ってしまえば意外と心に余裕が出来た。
ダメでも仕方ないと腹をくくる。
「あの日ミューズに会えたのは偶然だが、あそこに行ったのは偶然じゃない。カミュにそこにいると教えられていた。カミュとは、監視役として君と一緒にいた男だ。ドワーフの村はアドガルムと交流がある。彼らの武器防具を作る技術は素晴らしいからな」
人間との交流とは、アドガルム国とだった。
「君の国外追放の話と死んだとされる情報は同時にリンドールから発表されている。ミューズは病がちだとされ、君は人と会うことも少なかったから、このまま何もしなければ本当に死んだ人間とされてしまう」
今まで人との交流をさせられなかったことも、この状況をつくる手伝いとなっているのだ。
「だが、俺はそれを許したくない。先程も言ったが俺は君が好きだ。このまま亡き者として見捨てたくはない」
「ありがとうございます…」
好意は嬉しい。
だが、それを素直に信じることが出来るほど、ミューズはティタンの事を知らない。
今までを振り返ると、直情的で感情のまま突っ走る傾向がある人だと思ったくらいか。
「ミューズが国に戻りたい、王妃を止めたいと言うならば、条件付きだが俺は手を貸せる。俺だけではなく、兄上もそれを約束してくれた。君の父上や親類もリンドールにいるだろう、まずはそちらに連絡を取りたい」
ミューズにも止めたいと思う気持ちはある。
ティタンの条件が気になった。
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