深夜の会話

ミューズが目を覚ますと既に部屋は暗くなっていた。


今何時かわからないが、夜なのは間違いない。


誰かが置いてくれたのか。

薄明かりを放つランプがサイドテーブルに置かれていた。


テーブルには水差しとコップがあり、ミューズは水を飲もうと手をのばす。


けれど手を滑らしてしまって、水差しを落としてしまった。


絨毯には落ちたのだが、水差しがカシャンと割れる音が部屋に響く。


すぐさまノックの音が聞こえた。


「ミューズ様、護衛のライカです。物音が聞こえましたが、何かありましたか?」




しまった。心配をかけてしまった。


「すみません、水差し落として、割れてしまったのです」

「すぐにマオを呼びます。そのままにして、触らないようにしてください」




ライカにそう言われ、少しするとマオが部屋に入ってきた。


「怪我はないですか?濡れたりなどもしてないですか?」


マオが手を翳すと、部屋の明かりがついた。

魔力で調整しているそうだ。


「大丈夫よ。それよりごめんなさい、こんな夜更けに面倒をかけてしまって」

「いいのです、それより新しいお水を持ってくるです。お腹は空いてませんか?」

「今は大丈夫よ」


マオは寝巻の上に上着を羽織っていた。

これ以上何かを頼むのは申し訳なく思う。


マオの格好を見る限り、今は深夜なのだろうと気づいたからだ。


マオはささっと水差しを片付け、濡れた絨毯を拭く。

手早く動くマオからは疲れも眠気も感じられない。


「ありがとね」

「もっと頼ってもらっていいのです。僕やチェルシー、そしてティタン様はミューズ様の味方です。外にいるライカも、こき使って構わないですからね」


先程ドアの外より声をかけてくれた人だ。

まだ顔も見ていないので、後で改めて挨拶したい。


「少し厨房へ行ってくるです。ゆっくりとしていて下さいね」


マオが部屋を出ると、シンと静かになった。


ミューズは言葉に甘え、もう一度横になる。

しかし眠りについていたおかげで、今は少し頭が冴えていた。




これからどうしたらいいのか。

未来が心配だ。

どうすれば正解なのかわからない。


今の自分は思うように体も動かず、思考は悪い方向にしかいかない。


「夜は考えるのに向かないわ…」


何故こうなったのか、何時からこうなってしまったのか。


亡くなった母を思い出し、涙が溢れる。

母が生きていれば変わっただろうか。

ミューズが追い立てられる事もなかったのではなかろうか。


「お母様…」




控えめなノックの音を聞き、急いで涙を拭う。


「ミューズ様、入りますね」

「えぇ」

マオがお盆に水とパン粥を持ってきてくれた。


「少しでも食べられたらいいのですが…」

ベッド上で体を起こしたミューズの肩に、ガウンを掛ける。


「ありがとう」

水を頂き、その後温かい器を受け取った。

ゆっくりと口に入れ、飲み込んでいく。




「マオには助けられてばかりね」

最初に会った時からマオはミューズに掛りっきりだ。


感謝しかない。


「誰にでも、というわけではないのです。

ミューズ様が僕の大事な主の、大事な人だからです」


「?」

マオの言葉は意味深だ。。


尋ねる前にマオが口を開く。


「先程ミューズ様が水差しを落とした音で、ティタン様が心配されているのです。とてもうるさいので、差し支えなければ、部屋に入れてもいいですか?」


さっきの音が聞こえた?

そんなに響いたかしら。


「少し待ってマオ、色々聞きたいの。あなたの主ってティタン様よね、私が大事な人って事なの?間違いではないの?そしてさっきの音も何故聞こえたの?お部屋は離れているでしょ?」


たくさんの情報と感情が入り乱れ、わたわたしてしまった。

大事な人って、つまりは…。



「僕の主はティタン様です。愚直な主ですが、とても頼りになる方です。聞こえたのは、耳が良いんじゃないですか?野生の勘も凄い人なので」


マオはそう言うと、ドアに向かう。

「色々聞きたいことがあれば、直接お願いしたいです。今のリンドールについての話などを王太子であるエリック様と話をしていたり、今後についての話などするならばティタン様のほうが適任です。今、来てもらうですか?それとも明日のほうがいいですか?」


リンドールについて聞きたいのはある。

夜中だが、目が冴えたミューズは少し話がしたい気分だった。


「ご迷惑でなければ、ティタン様とお話したいわ」

「では」


マオがティタンを招き入れる。


ティタンもだいぶラフな格好だ。

昼間のピシッとした服とはまるで違う。


髪型も、昼間は後ろに撫でつけていた髪が、今は自然のまま下ろされていた。


緊張していたようだが、ミューズの顔を見て安堵したようだ。


「夜分にすまない。何もなかったとは聞いたが、心配でな」

マオがベッド側に椅子を準備し、そこにティタンが座る。


「私の方こそ、お休みのところ騒がしくしてしまって申し訳ありません。でも、ティタン様って耳がいいのですね」

「耳がいい?何故だ?」


マオとミューズのやり取りを聞いていないティタンは、不思議そうだ。


「だって、離れている客室の音が聞こえたのでしょう?ティタン様の部屋からはだいぶ距離があると思いますし…」


ミューズの疑問に、ティタンは口を噤む。


許可も得ず、隣の部屋にしたとは言えない。




「ティタン様」

マオの促しに、ティタンはバツの悪い顔をした。


マオの目はさっさとミューズに全て伝えろと物語っていた。

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