好意と憤り

目を覚ましたミューズの様子にティタンは安堵した。

それと共に怒りが沸いてくる。


生きていてくれて本当に良かった、しかし、王女の位置にいる彼女まで毒牙にかけるとは思っていなかったのだ。



ティタンの足はあるところへ向かって力強く踏みしめられた。

「兄上!」

「ノックくらいしろ。憤りはわかるがな」


兄と呼ばれた男性は椅子から立ち上がる。

机の上には書類が沢山だ。


ここは執務室である。





部屋にいたのは美しい男性。

流れるような金髪に、冷たい眼差しの翠眼。

人形のような白い肌と動かぬ表情筋。


話さなければ人とは思えぬ程感情が籠もらぬ相貌だ。

身長は幾分かティタンより低いが、長身の部類である。



その隣に立つは彼の従者だ。

少し影が薄く、ふわふわの栗毛と黒い目をしている。

こちらは逆におどおどしており、伺うようにティタンを見ていた。

自信なさそうに控えている。


「エリック様、申し訳ございません」

ティタンの後ろに控えていた赤毛の騎士が謝罪をする。

主の勢いを止められなかった事を謝っているのだ。


「ルドのせいではない。気にするな」

エリックと呼ばれた男性はソファの方に移動した。


「座れティタン、彼女の様子を詳しく教えろ」

促され、ティタンも向かい側に腰掛ける。


「リンドールの王妃はミューズ王女を毒殺しようとしました。未遂で済んだのは運が良かったです、もう少しで彼女は生き埋めになるところでした」

「間一髪だったか。予想以上に動きが早かったな…カミュの報告がなければもっと危なかっただろう」


カミュとはアドガルムがリンドールへ忍び込ませたスパイだ。

ミューズの監視役を命じられたのも、彼だ。


「魔物の出る森に置き去りにしただけではなく、わざわざとどめを刺しに来るとは…思ったより慎重派だったのだな」 

毒杯の話を聞いて流石に驚いた。

魔物の出る森に置いてくるだけでは気が済まなかったのか。


「ミューズ王女への正式な婚約の書類を送っていたのに、返ってこなかったのはその為だったのでしょう。もっと早く迎えに行けばと後悔しています」

ティタンはグッと拳に力を入れた。


「それで、念願の彼女に会えて、婚姻の話はしたのか?」

「お、お待ち下さい!まだ、そこまでは…!」

慌てだす弟の姿に、エリックは僅かに口の端を上げた。


「ミューズ嬢にとって、お前は命の恩人だろう。今のうちに進めればいいさ」

「それでは、彼女の弱みにつけ込むことになります。そういうのではなく、俺はきちんと好意を持ってもらいたい」


ティタンは顔を赤くし、エリックにそう宣言する。


「それはそれでいい。だが、お前のその考えとは真逆に動くのが世論だ。婚約者でもない隣国の王女を助けるために、国力や兵力を動かすというのは、残念ながら出来ない」

「!それは…」


ミューズにあのような事を行なったリンドールは許せない。

しかしエリックの言うことは尤もだ。


ただの私情で国を動かしてはならない。


「私情で動かしたいなら、目に見えた大義名分を寄越せ。説得に足る材料さえあれば場は俺が整える。国王も重い腰を上げるさ」


エリックは時期国王、王太子の地位だ。

権限はあるとはいえ、戦争を行える程ではない。


「急がねばミューズ王女の義妹、カレン王女とお前の婚姻の場が整えられるぞ?」

「それは嫌です!!」


リンドールもアドガルムとの関係強化はしたいみたいだ。



「では早急にミューズ嬢との婚約、もしくは婚姻の了承を取り付けろ。ルド、ティタンをあまり暴走させるな。いざとなれば体で止めろ」

「御意!」


エリックに命じられ、ルドは姿勢を正す。


「リンドール国内では不審な死が多過ぎるな、アドガルムにその牙が向かないとは限らない。国交は信用から成り立つが、信用出来ない国と交流はしないし、したくもない。リンドールを捨て置き、お前の婿入り先として他の国も考えていたが、恋は盲目だ」

「申し訳ありません…」


暗に責められているのを感じ、ティタンは兄に頭を下げた。

「気にするな」

あそこまではっきりと言っているが、エリックは責める気はないそうだ。


「立場が逆なら俺もそうする。好きな人が出来たら、その人の為に力になりたいのは当然だろう。だが、ティタンはこの先をどう考えてるのだ?」


ティタンは、少し思案する。

「リンドールは現在、王妃の支配下となっています。前王妃亡き後に王妃の従姉弟である現王妃のジュリア様が就いた。国王が病に倒れ、政務が出来ないからと聞いています。

急に現れた女性が何故、とは思いましたが、ジュリア様は若い頃王妃教育を受けられたと聞きます。

前王妃リリュシーヌ様とライバル同士だったと。

その辺りは国の問題だから、どう決まってもただの隣国であるアドガルムからは何も言えない。

しかし一粒種のミューズ王女を蔑ろにし、好き勝手していることは腹立たしい。正統な血筋の彼女は、王位継承権を持つ一人だ。その彼女を毒殺しようとした王妃を、彼女を蔑ろにしたリンドールを許せない。

だから俺はミューズが許せばリンドールを滅ぼし、いずれ兄上が継ぐアドガルムへと統合、もしくは属国としたい」


「簡単ではないぞ。国力的には均衡している…数字上はな」

エリックはそう言った。


リンドールは久しく戦などしていない。

そしてそれを想定すらしておらず、騎士団などに力を入れていない事も知っている。


アドガルムは外交にも力を入れているが、騎士団、魔術師団にも力を入れている。


体格に恵まれたティタンは騎士としての訓練を。

魔力に恵まれた末弟、第三王子も魔術師として外遊の末に強力な魔法を手にしていた。


アドガルムを守るための力だったが、望めば他国への侵略の力となるだろう。




「懸念はリンドールで剣聖と呼ばれているシグルド殿です。辺境伯の彼がどう出るか…」

ティタンは彼と手合わせをしたことがある。

「心配ない、既に使いも出した。彼はこちらの味方になるさ」


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