療養期間
マオがミューズの為に水とはちみつ湯を用意した。
水で口内をさっぱりとさせた後、甘みのあるはちみつ湯で、ゆっくりと口直しをする。
「ありがとうございます…私はミューズ=スフォリアと申します。この度は助けて頂きありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「俺の名はティタン=ウィズフォード。よかった、君が助かって」
ようやっと、彼の姿が見られた。
短めな薄紫色の髪を後ろに撫で付け、瞳は黄緑色をしている。
身長も高く、体格もがっしりとしている。
ミューズをずっと抱えていた腕もとても太く、逞しい。
今更ながら思い出して恥ずかしくなる。
男性に触れられていたなんて、信じられない事だ。
「こちらはマオ。俺の従者だ」
「よろしくお願いします」
黒髪、黒目の少女だ。
長い髪は後ろで纏めている。
ズボンを履いており、パッと見は少年にしか見えない。
体格は小柄で、背丈はミューズくらいだ。
「皆さん本当にありがとうございます、何とお礼を言ったらいいのか…」
シュナイとサミュエルにもそれぞれお礼を伝えた。
本当に助かるなんて、夢のようだ。
今更ながら、あの痛みと恐怖で身体が震え、涙が出てくる。
「大丈夫か?どこか痛むか?」
ティタンが目線を合わせ、屈んでくれた。
優しい人だ。
「いえ、ただ、怖くて…本当に、死んじゃうかと…思って…」
一度出た嗚咽はなかなか止められない。
言葉が言葉にならないのだ。
「そうだよな、怖かったよな…よく一人で頑張ったものだ」
大きな手がミューズの背を優しく擦る。
ミューズは暫く涙を流していた。
ようやく落ち着くと、今度は今の自分の行動に恥ずかしさがこみ上げる。
人前で子どものように泣くなど、王族としてあり得ない。
どう話を切り出していいかわからなくなった。
「落ち着いたかな…」
ティタンの声にこくりと頷く。
ずっと彼は付き添ってくれていた。
気づけば部屋にはミューズとティタンとシュナイがいるだけだった。
サミュエルとマオはそれぞれの仕事に戻ったようだ。
ミューズが落ち着いたのを見て、ティタンベルを鳴らす。
少ししてマオがやって来た。
「ミューズ嬢の部屋は準備できたか?いつまでも医務室では落ち着かないだろうし、そちらに移りたいのだが」
「大丈夫だと聞いてるです」
マオがコクリと頷いた。
「ミューズ嬢、歩けるかい?」
ミューズは身体に力を入れようとしたが、入らない。
「ティタン様、数日は動くのは無理だ。
毒の影響もあるし、数日動けず寝返りも出来ない状態にいたのだ、体への影響は大きい。
栄養も取らないといけないし、リハビリも行なわなくては。暫くは誰か付き添いの者をつけた方がいい」
「そうか」
シュナイの言葉にティタンは躊躇いもなくミューズを横抱きにする。
「ティタン様!」
突然の事に驚いて、大声が出てしまった。
「失礼、部屋まで運ばせてもらう」
止める間もなくティタンは歩き出した。
廊下では道行く人達が驚きの表情でこちらを見ている。
恥ずかしさでミューズは顔を上げられない。
マオに案内された部屋はとても広く綺麗だった。
天蓋付きのベッドにそっと降ろされ、ミューズはようやっと抗議する。
「ティタン様、急にあのようにされては困ります!恥ずかしかったですわ!」
「す、すまない…」
ティタンはそのように怒られるとは思ってなかったようで、ションボリとしてしまった。
「皆にあのような姿を見られるなんて…有りえません!私が歩けないからって、あんな…」
カァーっと頬が赤くなる。
「殿方に触れられるなんて、初めてなのに…」
思い出すだけで、もう駄目だ。
好意とか、嫌悪とかに関わらず、ただただ羞恥で死にそうだ。
「まぁまぁミューズ様。ティタン様も悪気があったわけではないのです。ティタン様はミューズ様の事を…」「マオっ!」
フォローを入れようとしたマオの言葉をティタンは遮る。
こちらも顔が赤い。
「そこから先は、まだ駄目だ」
「早いうちがいいと思うのですが」
「タイミングは俺が決める!」
深呼吸したティタンは未だに顔を隠すミューズに話しかける。
「移動が必要な時は呼んでくれ。こちらのマオ、もしくは侍女のチェルシーを君の専属としてつけるから、要望があればこの二人に言ってくれ。まずは食事と休養を取るといい」
コンコンとノックの音がし、侍女が入ってくる。
先程名前が上がったチェルシーだそうだ。
「俺は一旦席を外す、だがいつでも呼んでもらって構わないからな。マオ、チェルシー、あとは頼んだぞ」
あっという間に部屋の外へと出てしまった。
ミューズは不愉快にさせてしまったのかと少し申し訳なく思う。
荒っぽい行動ではあったが、ミューズの為にしたことだ。
「ミューズ様、お気になさらずに。まずは少しお食事を召し上がりましょう」
重湯とスープのようだ。
「暫く何も召し上がってないと聞きました。胃の負担が少ないこちらから始めましょう、様子を見て少しずつ増やしましょうね」
チェルシーはニッコリとする。
「ありがとう…」
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいく。
喉に少し痛みが走るが、飲み込めない程ではない。
「何か体に違和感があれば、僕に言ってほしいのです。すぐにシュナイ医師に伝えるです」
マオは少し変わった話し方をするようだ。
「少し喉が痛むの…アルレンを用いた薬と、先程の蜂蜜が欲しいわ」
「アルレン…よく飲む薬ですか?」
ミューズは首を横に振る。
「風邪ではなく傷がついてるのだと思うの。だから傷の修復と殺菌作用のある蜂蜜でいいかなぁって。サミュエルさんが掛けてくれた回復魔法のおかげでだいぶ良いんだけど…」
自分で魔法を掛けるにはまだ体力が足りない。
今はゆっくり休むしかなさそうだ。
「ミューズ様、さすがお詳しいのです。病院や救護院でお手伝いをしていたとは聞いてるのですが」
「何故それを?」
この人達はどこまで自分を知っているのだろうか。
そう言えば、なぜあの時あの場にいたのか。
どこかへ行く途中だったのか。
疑問は色々湧いてきたが、今は食事に集中することにした。
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