良薬口に苦し

「ティタン様がお戻りだ、門を開けろ!」


大きい声が聞こえる。


人の温もりと馬車の振動でミューズは少しウトウトしていた。


着いた先はどこなのか。




ティタンはミューズを大事そうに抱え、馬車を降りる。


「医務室へと向かう、そこに術師サミュエルも呼べ!急ぐんだ!」


大股でティタンはずかずかと入っていった。


「ルドは兄上に報告を。マオは彼女に合う衣類の調達と、彼女の世話をする侍女の手配をしてくれ」

ミューズはその言葉に嬉しくなる。


ティタンはミューズが生きていると信じてくれているようだ。




ベッドの上に横たえられる。


「シュナイ医師、こちらの女性を診て頂きたい。状況からみて毒を飲まされたのだと思うのだが…魔法か呪いか俺には判断がつかない。だからサミュエルも呼んでいる、間もなく来るはずだ」

「ふむ、早速見てみよう」

壮年の男性の声だ。




サミュエルが入室し、挨拶をする。

「ティタン様失礼致します。こちらの女性を診ればよろしいのですね」

低い男性の声がした。



「必要であれば、僕が手伝いするです。取り敢えずティタン様は外でお待ち下さい」

これはマオの声だ。



ドアが閉まる音、ティタンが外に出されたのだろう。


「女性の治癒師はいるが、そちらを呼ぶか?」

「いえ。少々訳ありの為、僕が助手で失礼するのです。彼女の素性は内密でお願いするです」

シュナイの言葉にマオはそう言った。


シュナイがミューズの瞼に触れ、瞳孔の確認及び呼吸の確認をする。

口内も開き、光を当てまじまじと見る。

腕や足、お腹や背中なども診ていった。


「呼吸、脈、共に浅い。手足がとても冷たいな。サミュエル君は回復魔法も使えるね?典型的な毒の症状だから、解毒薬を用意するまで体力を維持させていてくれ」


「わかりました、解毒の魔法も併せて掛けます」


「魔法で治すのは難しいですか?」

マオの言葉にシュナイは首を横に振った。


「時間が経ちすぎているのと、自然毒ではない、とても強い毒が使用されたと思われる。血を吐いたということは内臓もやられているな。サミュエル君の回復魔法はそこまで強くないし、おそらく薬の方が有効だな」



シュナイがガチャガチャと薬の準備を始める。


「毒であるのは確かだと思うが、何を飲ませられたかわからない。マオ君何かヒントをくれ」

マオは暫し考えた。


「隣国の、リンドールの王妃が用いた毒だと思われるのです」

「!?それが本当なら厄介なものだな…」


ミューズはその言葉に心の中で叫ぶ。

(隣国?ということはここはアドガルム?)

魔物の出る森と接している国はリンドールとアドガルムとなる。


ティタンと呼ばれていた男性は、ミューズの記憶が正しければ恐らく第二王子だ。


もっとも継母である新たな王妃のせいで、ミューズは他の国どころか他の貴族と会うことも少なかったが。


王族の義務として孤児院や病院での慰問は命じられていた。

しかしパーティや外交など華やかとされる舞台は全て血の繋がりのない妹がこなしていた。


今回殺されかけたのはミューズへの婚姻話が浮上したからだろう。


病弱と偽り表舞台に出ていなかったミューズだが、年齢の為、婚姻の話が周囲からも出ていた。


適当な降嫁先を探されるのだろうと思っていたが、他国より婚姻の打診が来ていたと密かに教えられた。


ミューズ自身には直接その話はされなかったが。





シュナイはあらゆる毒消しを考える。


「生きているが、仮死状態だ。身体が動かないのは神経系、それとも筋肉に影響がある毒か?しかし血を吐くとは食道か胃か、どこかの器官に傷がついているのだろう…気管に血が詰まらなくて良かった…であればこれがいいか…?」

ブツブツと小声で話しながらシュナイは調合を進める。



「マオ嬢、ティタン様をお呼びしましょう。きっと心配してます。シュナイ医師のあの様子なら治療の目処も立ったのでしょう」

サミュエルに促され、マオはティタンを呼んだ。


「彼女は、起きたのか?」

「それはまだです。今はシュナイ医師が解毒薬の調合中なので、きっと良くなるですよ」


ティタンはミューズの元へ近寄ると、優しく見つめていた。


「こんな事なら、もっと早くに攫いに行くべきだった。悠長に待つなどとしたのが間違いだったんだ」

「…過ぎたことなのです。今は生きて会えたことに感謝するです」


そうは言いつつも、マオも目を伏せる。




目も開けられないミューズは、言葉だけで判断するしかない。

しかし何を話しているのか、内容に混乱してしまう。



(攫う?私を?この人達は私を知っているの?)


リンドールの王妃、継母の事も知っていたし、ミューズの素性もおそらく知っている。


「こちらを飲ませてみよう」

解毒の薬が出来たのか、シュナイがミューズに近づく。


「ティタン様、いらっしゃってたのですね」

今気づいたとばかりにシュナイは驚いている。


「話は聞いた。毒の可能性が非常に高いと。それで彼女は目覚めそうか?」

「今からこちらを試してみます。マオ君、ちょっと手伝ってくれ。彼女の体を横向きに。そう、少し顔をこちらに…」


ミューズは体を動かされ、横向きにさせられた。


口の中に苦味のある何かが注入される。

反射的に僅かばかり嚥下出来たが、大半が流れて落ちてしまう。


「飲めている…しかし少しずつだな。体の機能も落ちてて一気には飲ませられない、そっと飲ませよう」

「俺も手伝います」

ティタンもミューズの体を支える。


ミューズの顔をマオが支え、シュナイがゆっくりと薬を口内に注入していく。


僅かずつ、身体に薬が入っていく。


(に、苦い…!)

薬が浸透し、味覚がだんだんとはっきりしてきた。

今にも叫びたくなるような、そんな苦さ。

青臭いし、苦いし、出せるなら出したい。


瞼もピクピクし、涙が滲んでくる。




「に、苦いです…」


久しぶりに出た言葉はそれだった。




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