差し出された毒杯

しろねこ。

逃げるためには飲み干します

ミューズが毒杯を飲み干すと、すぐに意識が朦朧とし体を動かす事が出来なくなった。


血を吐いてピクリとも動かなくなったその様子を見て、遂に死んだと勘違いした継母と、護衛の騎士たちが去っていく。

そんな気配をミューズは遠のく意識の中、朧げに感じていた。






森で継母であるリンドール国の王妃達の姿を見たから、事前に解毒剤を飲んで毒への抵抗を強くはしていた。

しかし完全な解毒には至らない。


余程強力な毒なのだろう。


体を動かすことも、目を開けることも出来ない。


ゆっくりと意識が途絶えた。





ミューズはリンドール国の王女だ。


しかし冤罪を掛けられ、国外追放という名でこの森に打ち捨てられた。

幽閉や絞首刑とも言われたが、魔物が出るこの森で朽ち果てるのが相応しいと、監視をつけられこの森に捨てられた。

完全に死を見届けてから戻ってくるように命じられたらしい。


監視役の人は優しい人だった。


「この森の奥には魔物以外も住むと言います。まずはそちらを頼ることにしましょう」


監視役とされる彼が魔物を退け、森の奥のドワーフ達を見つけるまで付き合ってくれた。

状況を話し、端の空き家を借りる事が出来、そこで過ごさせてもらえた。


監視役は暫し一緒に過ごした後、ミューズの髪を一房切って、これを死んだ証拠にすると王宮に帰っていった。


彼はその後亡命すると話をしていたが、嘘がバレれば命がないだろうと心配だった。




ミューズは慣れないながらもドワーフの力を借りて、何とか生活をしていった。


魔法が使えるので怪我の回復をしたり、薬草の調合をしたりと、代価を払いながら過ごさせてもらった。


病院での慰問活動をしていた際に、役立つだろうと思った治癒師としての勉強が功を奏した。


白く細い手にはあかぎれが増え、肌も日に焼けて浅黒くなった。

筋肉痛にも悩まされたが、二、三日で何とか治まった。




着てきたドレスでは森の中で生活出来ない為、僅かばかり持っていた装飾品と引き換えに、動きやすい人間用の服と靴を調達してきてもらった。


人間の国とも交流があるらしい。




少しずつ森の生活に慣れてきたある日、薬草取りをしていると王妃達の姿を見かけた。


家紋のないお忍び用の馬車、勇ましい姿の騎士たち。

見つかってはいけないと、ドワーフの集落とは違う方向に逃げた。


彼らの場所を気取られてはならない。


だが、少し考えるとこれは良くないと気づく。


王妃達の進路を見ると、このままではドワーフの集落に着いてしまう方向だ。


もしもドワーフの所で自分の痕跡が見つけられたら、匿ったという罪で殺されてしまうかもしれない。


意を決して、緊急用の解毒薬と滋養強壮の薬を飲んでおく。


少しでも生存確率を上げたかった。




ミューズは自ら王妃達の前に出た。


「あぁやはり生きていたのね。髪だけでは証拠にならないから見に来たのよ。本当はその目をくり抜いてもってこいと言ったのに」

ミューズは後ずさった。


もちろん怖くないわけがない。


「でも死んだと言われるあなたの身体の一部を今更持ってくつもりはないわ、葬儀もあげたし、面倒だもの。でもきちんとここで死んでもらわねば困るわね」

騎士に毒杯を用意させる。


「死に至るものよ。もがいて苦しんで、私の目の前で死んで頂戴」


逃げることはできない。


しかし、この方が好都合だ。


剣で斬られたり、魔法で焼かれるよりは、生存確率があがる。


王宮にいた頃も、王妃は毒を好んで使っていた。

気に食わない者、逆らうものに躊躇わず使う。


いつかに備え、毒の耐性はつけていた。

治癒師の勉強はそのためでもあった。


解毒薬を事前に飲んでいたのもそうだ。




ミューズは王妃の気が変わらないうちにと、毒杯を飲み干す。


杯が柔らかな草の上に落ちた。

毒への耐性があるとはいえ、苦しい。


喉が灼けるように熱く、口からも鼻からも血が流れるのが感じられた。

血の匂いや味が充満する。


痛みと苦しさに生理反応で涙が出る。

呼吸をしたいが、息が吸えない。


関節も痛いし、頭痛がガンガンとする。


痛みから逃れようと、無意識に身体が動いてしまう。


王妃の笑い声が聞こえた。











どのくらい痛みにもがいただろう。


意識は戻るが、体は動かせない。


近くからは世話になったドワーフ達の声が聞こえる。


目も開けられず見ることは出来ないが、泣いているようだ。


顔を乱暴に拭かれた。

きっと付いていた血や汚れを拭ってくれたのだろう。


幾人かが入れ替わりで来てくれた。

皆泣きながら体の脇に何かを置いてくれている。


花の匂いがする。






途切れ途切れ意識の中、何日目かの夜が過ぎると体を持ち上げられ、運ばれた。


移動先は外だ。


ふわっとした感触。

大量の花の匂いと、土の匂い。




ゾクリとした。




このままでは生きたまま埋葬されてしまう。


生きている!と叫びたいが声も出ない。

家にある解毒剤を飲ませてもらえれば、治るかもしれないのに。


ドワーフ達と過ごしてわかったが、彼らは魔法や薬物の知識に疎い。

誰も生きていると気づかないようだ。


(嫌だ、怖い、助けて!)

ミューズは泣きそうになった。

しかし体は反応せず涙も出ない。





「すまない。ここで何があったか教えてほしい」

唐突な、聞き覚えのない男性の声。


助けて!


心の中で何度も叫ぶ。


男性と女性と、そしてドワーフの声がする。

いままでの経緯や状況を話しているようだ。


「このような場所に埋めるのは忍びない…せめて俺たちの国の、貴族墓地にて弔わせてくれ」


ミューズの体に布が被せられる。

直接肌に触れない為だろうか。


力強い腕がミューズの体を持ち上げた。

「?」

男性は違和感を感じた。


「亡くなって数日経つのか?」

男はドワーフに尋ねる。

2日は経っていると話された。


男性はミューズを抱えたまま、馬車に乗り込んだようだ。


やがて振動を感じた。

馬車が動き出したのだろう。


「ティタン様、死後数日経っているようなので、浄化の魔法をかけとくです。何なら僕が代わるです」

年若い声。

少年とも少女とも言えるような声がした。


「マオありがとう、浄化を頼む。しかし代わらなくていい、俺は大丈夫だ」

ティタンと言われた男性はミューズを横抱きにして、膝の上に乗せているのだ。


遺体に対する接し方ではない。


顔の部分の布を除けられる。


「おかしい。亡くなって数日経っているというのに、身体が柔らかいんだ。冷たくはあるが、まるでただ眠っているだけのように」

遠慮がちに頬に触られた。


「微かだが、呼吸もしている。間に合ったのではないだろうか?」

僅かながらティタンの言葉が上擦っていた。


「戻りましたらすぐに医師に診てもらうです」



ミューズは馬車が止まるまでずっと、ティタンと呼ばれた男性の腕の中にいた。


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