ポテチを買いに行きながら
ある秋の夜。無性にポテチが食べたくなった穏は、夕食終わってしばらく経ってから家を出た。帰宅部になって久しいものの、中学の時は陸上の自主練でよく夜に家に走りに行くこともあったためか、母も父も、気を付けてね、の一言で送りだしてくれる。
最近運動不足かもしれない。そんな意識に加えてこれから油物を食べる罪悪感もてつだい、穏は自然と小走りになる。なんなら、少し遠回りしてもいいかもしれない、などと思い、できるだけ灯りが多めでありつつも最短経路ではない道を選んでいく。
肌寒い風の中で段々と体が温まっていき、気持ち良くなっていくのを感じた矢先、隣を赤いジャージに身を包んだ誰かが通り過ぎ去った。
何事かと考えているうちに、背中は遠くなっていく。呆気にとられていたのも一瞬。シルエットから走っているのが同年代の人間だと感じとったせいだろうか。なんとはなしに面白くない、という感情が膨らむや否や、穏も全力疾走をしはじめた。
とにかく追いつかなければ。火のついた闘争本能に従い、半ば全力で駆けだすが、差はなかなか縮まらず、どころか広がっている気すらしていた。ブランクがあるとはいえ、それなりに足の速さに自信がある穏は歯痒さを感じつつ、息が切れはじめる。
直後、急に前方を走る人影が大きくなっていく。一瞬遅れて、足を止めたか歩きに切り替わったのだと気付いた穏は、釈然としないまま距離を詰めていき、人影のいる電柱までやってきて、唖然とする。向こうもまた足音に気付いたのか、ぼんやりと穏を端の方がやや切れ長な楕円形のぱっちりとした目で見上げてきた。
「こんばんは、時雨さん」
「こんばんは、嵐さん」
衒いない嵐の微笑みに、穏はぶっきらぼうに応じたあと、ランニングかなにか? と尋ねる。
「うん。なんか走りたくなって」
ただの思いつきと言わんばかりの嵐の息はほとんど切れてない。
「嵐さん、運動部だったっけ?」
なんとなく自分と同じ帰宅部だと覚えていたのだけれど。そんな穏の疑問に、
「中学の時は陸上部だったよ。今はやってないけど」
嵐は少しだけ歯切れが悪そうに答えた。穏は、肩で息を整えながら、私と同じか、と思う。
「そうなんだ。すっごく足が速いから現役だと思った」
「走るだけだったら、別に部活に入らなくてもできるしね」
そんな風に淡々と口にしつつ、嵐は近くにあった自販機へと歩み寄る。
「でも、嵐さんくらい速かったら、大会でもいいとこいけそうだけど」
「上には上がいるよ。それに……」
一旦、口を閉ざした嵐は、スポーツドリンクを買ってから、
「走りたい時に走るのが一番だなって」
穏に渡す。
「えっと」
「おごるよ。時雨さんと走れて楽しかったし」
クラスメートの幼子のように力の抜けた顔。そこにはたしかな充実感があった。
「じゃあ、ありがたく」
「うん」
一つ頷いてみせた嵐は、自販機から新たにペットボトルのコーラを購入していた。穏はあっちの方が良かったな、と薄っすらと思いつつも、炭酸飲料を一口飲んだあとの嵐の気持ち良さげな顔を見ると、なんだかどうでもよくなった。
どこか充実感をおぼえて帰宅した穏は、
「おかえり。今日はなに味のポテチにしたの?」
「あっ」
ようやく外出の理由を思い出した。
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