短編集
屑原 東風
ひとつめ
指先が白くなるほど僕の腕を掴む小さな手。
「もういかなくちゃ」
その手に自分の手を重ねる。俯いた表情は僕からは見えなかったけど、触れた手は震えていた。
「ごめん」
僕はそう呟く。「いかなくちゃ」ともう一度呟いた。彼女は小さく首を横に振り「やだ」と返した。そんな言葉に僕はすっかり困り切ってしまう。
「我儘言わないで」
「いやだ、離れたくない」
繰り返しの問答に終わりはない。だけど僕にはこれを終わらせる責任がある。ぐっと彼女の手を掴んで強引に離させた。彼女が顔を上げると同時に僕は素早く停まっている電車に乗り込んだ。僕が乗ると扉が閉まる。閉まった扉は僕と彼女を分け隔つ。涙で濡れた顔が見えた。
「あんまり泣くと、可愛い顔が台無しだよ」
僕からしたら、そんな泣いてる顔の君だって愛おしくてたまらない。でも離れるのだ。彼女をそこに置いたまま僕はここを離れる。
「今度は僕以外と幸せになっててね」
君を幸せに出来なかった僕のことなんてすっかり忘れて君にはどうか沢山の幸せを手に入れてほしい。
電車は走る。ただひたすら終点まで走るだけ。車窓を流れていく共に過ごした景色の中、思い出と彼女を置き去りにしながら。
短編集 屑原 東風 @kuskuz
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