第18話


 ***

 

 そして、その数時間後。

 同じ場所で、おもむろに起き上がる人影があった。短い髪。使い込まれた連絡員の制服。

 その人影は周囲に散らばっていた何かを拾って肩にかけた鞄に入れると、すぐ側に倒れている亡骸に視線を落とす。

 その数秒の間の内に、人影が何を考えたのかは本人以外は誰も知らない。

 長くも短くも感じられる間の後、その人影は亡骸をゆっくりと背負いあげる。

 力の抜けきった人体という物は、そうでない時より数倍重く感じられるもの。

 数歩よろけた後、持ち方を変え、最終的には腹を下にして肩で背負うような形に落ち着いた人影は、亡骸を担いだままゆっくりと歩きだす。

 魔女同士の戦闘で風景のすっかり変わった氷の大地も、一日ほど歩けば見慣れた分厚く重い雪の大地に。引き留めるように、飲み込むようにその足を取る深く冷たい雪をかき分けながら、ひたすらに、慣れた足取りで進む。

 陽が傾けばテントを張り、眠り。

 分厚い鉛色の雲越しに朝を告げる光が重苦しい雪に木立の影を刻めば、テントを仕舞い、雪の上に横たわる亡骸を担ぎ上げて歩き出す。

 寒さのせいか、亡骸はいつまでたっても腐ることは無く、綺麗なままだった。

 テントの中は外ほど気温が低くは無いが、それでも冷たい亡骸とたった一人分の体温。それだけでは、問題が生じるほどテントの中は暖まらなかった。

 人影は頭の中にあるおおよその地図を当てにしているのか、ふらふらと蛇行しながら進み。

 陽が昇り、沈み。

 月が昇り、沈み。

 音をすべて吸収するような激しくて静かな雪が降り、止み。

 無音の世界をつんざくような雷雪がやってきて、去って。

 鞄の中にあった燃料が底を突き、雪で湿った木をなんとか燃やして水と暖を取り。

 減る速度の半分になったブロック状の食糧のわずかな残りを吹雪の中で失くし。

 あれから幾日の時が経ったかも分からなくなった頃。

 とある朽ちたビルの中で吹雪をしのいでいた人影は、吹雪の止んだ雪原に見慣れた尖塔を見つけた。見覚えのある模様にわずかに色の異なる瓦が張られた尖塔を。

 人影は亡骸に何か一言声をかけてから、何も答えないそれを持ち上げる。

 近づけば、見慣れた城が現れる。

 亡骸を背負ったままの人影はその城にゆっくりと歩み寄り。

 ゆっくりと、その小さな扉が開いた。

 

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