第3話 一面の花畑

 初仕事が終わってから、ロウさんたちが噂を広めてくれたのだろう。ありがたいことに俺は忙しい日々を送っていた。ある日は部品のパーツを作ったり、その次の日はおもちゃを作ったり、珍しい色の花を作ったりとまあとにかく色々な仕事をこなした。

 サヨからの借金も無事返済でき、すべてが順調だったある日のことだ。一人の男性が開店前にも関わらず店に駆け込んできた。


「あの!すみませんっ僕、ここで花を、青い花を作って貰ったものなんですが」


 男の顔に見覚えはあったが、花の依頼は意外と沢山あったから青い花とだけいわれても正直誰かなど覚えていなかった。仕事が終わるたびに撮った写真たちに顔を向け同じ顔を探す。


「あー…っと、あぁ!あなたの持ってきた絵の花を創ったやつですね!」

「え、えぇ」

「どうしました?またご依頼ですか?まだ開店前ですけど」

「ちがうんです!」


 男は俺の言葉に被せそう叫ぶと、バンとカウンターを叩いた。焦った表情を浮かべ仰け反る俺に顔を近づけた。


「種子が、種ができないんです!!」

「へ」

「だからっ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。落ち着いてください!」


 男の肩に手を置いて押し戻し、カウンター前にある椅子に座るよう促す。男は渋々椅子に座った。この男、種が出来ないと言わなかったか?わざわざ俺のとこにやって来てそれを伝えたということは、もしかしなくてもおれの描いた花から種を取ろうとしていたということだろう。

 ため息と共に頭を抱えた。確かに種は取れないと説明はしなかった。しかし考えればわかることではないかと思うのも正直なところだ。しかしそれを言って逆上され、訴えられでもしたら客足が遠のくかもしれない。せっかく借金が返し終わったというのにだ。ここは慎重に事を運ぶ必要がある。


「えっと、申し訳ないのですが…お、僕の描いた絵から種を採取することはできません」

「そ、そんなっ」


 男は俺の言葉に驚愕し、目線を徐々に下げるとそのまま俯いてしまった。自分の店なのに居づらさを感じるのはなぜなのか……。


「あの、もしまた花が必要なのであればお描きしますが……」

「…種を頂くことはできないんですか?」

「え」


男は勢いよく顔を上げた。俺の目を見た。


「種を沢山、描いていただくことはできますか!?」

「種を描いてお渡しすることはできますけど…その種から発芽することは、その、無いんです」


 その声量に少し引きながらも丁寧に言葉を返した俺に男は絶望したようだった。開いた口をそのままに、かくんと頭を下げると動かなくなってしまった。男にとってこの内容はそれほど衝撃的だったようだ。それほどまでに花を咲かせたかったのだろうか、なんだか男をここまで絶望させる理由が知りたくなってきてしまった。


「あの、どうしてそんなことを?よければ話を聞かせてくれませんか?」

「……花畑を、作りたかったんです」

「花畑を?」


 予想外の言葉に目を丸くした。まさか花畑がくるとは思わなかった。確かにそれは一輪、二輪とかの次元ではない。種を採取したかったのにも納得した。

 男は店に乗り込んできた時の勢いはどこへやら、意気消沈のままポツポツと話始めた。


「この店のことは、偶然噂で聞いたんです。もしかしたら妹の夢を叶えてやれるかもしれないって」

「妹さんの夢、ですか?」


 男は力なくこくりと頷いた。


「妹は生まれた時から体が弱くて、病院と家を行き来の生活でした。自分の出来る事はしようってあまり我儘を言わない子で……

最近容態が悪化して、手術をすることになったんです。だから、勇気づける為にも何かして欲しいことは無いかって聞いたら一面の花畑が見たいって……」

「それで、なぜうちで花を?」


 花畑を見せるだけなら、うちで花を頼みその花から種を取ろうとはならないだろう。そもそも、もし既存の花畑でダメだとしてもここで花を頼むのではなく、自分で作りたいのなら花屋とかで種を買うべきなのだ。

 男は膝の上でぐっと拳を握った。

 

「妹が望んだのは、僕が妹を元気づけようとして話した嘘の、花畑なんです」

「嘘の花畑?」

「えぇ、こないだ創っていただいた花が一面に咲いていてとても綺麗だと……」


 男は今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。それにしても、一面の花畑か…できないことはない。咲いている花を沢山描けば良いだけなのだから。しかし、その花を咲かせる場所と、植える手間などを考えたらやはり現実的ではないだろう。男はゆっくりと立ち上がった。


「すみません、開店前だというのに長々と話してしまって」

「あ、いえ…その、こんなこと聞くのもあれなんですが花畑を作る場所とか決めてたりするんですか?」

「えぇ、お恥ずかしいのですが花の目途が立つ前にそれ用に土地を買ってしまいまして」


 土地を買った!?俺と変わらないくらい、いや、俺よりも若い男が土地を買ったという。失礼だがそんなにお金を持っているようには見えなかったので驚いてしまった。男は目を見開く俺を見て苦笑いを浮かべた。


「驚きますよね」

「いえ…すみません、正直少し驚きました」

「はは、自分でも驚いているんです。僕にこんな行動力があったのかって…

妹の為に働いて、貯めて、やっと土地を買えたんです。

こんなことなら働くよりも、もっと一緒に居てやるべきだったかなって」

「そんなに容態がよくないんですか?」

「えぇ、とても難しい手術みたいで……」


 想像よりも容態の悪い妹さんの話に、なんとかしてあげたい気持ちが沸いてくる。いや、俺にそんな義理はまったくないのだが…でもここまで聞いて何もしないなんて出来ない。

 俺がふぅと息を吐くと男は慌てた。


「あっすみません。こんな話興味ないですよね」

「俺から聞いたんですよ。いいでしょう一肌脱ぎましょう」

「え」


 男は伏せていた顔をあげ目をまん丸くさせていた。これぞ鳩に豆鉄砲食らわせた顔だ。さながら俺は今イタズラが成功した子供の様な笑みをしていることだろう。


「嘘で出来た一面の花畑、作りましょう」

「え、いや、でも」

「俺じゃご不満ですか?」

「そうでは無くて、土地を買ったからお金はもうそんなに残ってなくて……」


 俺はニヤリと口角を上げる。そうこれは唯の慈善事業ではなく、金儲けの作戦でもあるのだ。


「その代わりといってなんですが――」



 今回依頼をしてきた男、カイさんと一緒に今花畑を作る場所をるんるんで見学しにきていた。なぜるんるんかなんて言うまでもないだろう、俺の作戦に対して良い返事が貰たのだ。


「ここです」

「これは……」


 しかし案内された場所を見て俺は言葉を失った。土地の大きさが想像していた二倍はあったのだ。必死に働いてなけなしの金で買ったというから正直舐めていた。彼はどれだけの時間を費やし、死ぬ気で働いていたのだろうか。これで計画が狂ったとなれば開店前に怒鳴り込みにもくるだろう。納得すると同時に疑問もわいてきた。こんなデカい土地にどうやってあの一輪からとれる種で花畑を作ろうとしていたのだろうか……


「立地も花畑にするなら最高、それに広いですね」

「えぇ、理想の土地を探すのに苦労しました……」


 俺は困ったように頭をかきながら、感無量と言った感じで涙を浮かべるカイさんを見た。


「…あの、一輪分の種でどうやって花畑を作ろうとしていたんですか」

「え?あぁ、それはですね」


 カイさんは一瞬目を丸くするもすぐ笑顔を見せ、その辺にある石ころを拾った。その行動に首を傾げていると手に乗せた石ころを俺に見せてからそれをぐっと握った。それからゆっくり開かれた手の平には石ころが二つ乗っていた。一つしかなかった石ころが、だ。まるで手品だ。


「これが僕の能力です」

「……すごい能力ですね」


 驚く俺にカイさんは困ったように笑った。


「そんなことありません。所詮僕の能力はそこにあるものしか増やせないんです。

あなたのように無いものを造り出せるほうがよっぽど」


 その言葉に俺は首がちぎれそうなほど首を横に振った。彼の能力があればこそ、ここの花畑は完成するのだ。正直このどでかい土地を見て俺は途方に暮れていたのだ。だって金も貰わず花をこんなに描き続けるのは正直しんどいと思ったからだ。だが彼の能力で増やせるというのなら話は別だ。だって一つのものが二つになるのだ。俺は想像していた分だけ描けば良い。


「正直、俺はここを見て断ろうかと思ったんです」

「え」

「さすがに広すぎる」

「そんな、」

「でも、あなたの能力を見て状況が変わりました。出来ますよ!作りましょう一緒に!」


 手を差し出す俺にカイさんはポカンとした表情を向けた。


「俺が能力で花を描きます。それをあなたの能力で増やしてください!」


 ニッと笑みを浮かべれはカイさん驚いた表情を見せた後、目を細め泣きそうな顔をしながら笑って「はい!」と俺の手を握った。


 それからすぐに花畑製作へ着手し始めた。話を聞けば、妹さんの手術に間に合わせたいらしく猶予は約一週間しかなかった。俺は店を一週間休みにして、例の土地の傍に簡単なテントを建てカイさんと基本そこで寝泊まりした。

 俺が絵を描いて花を創る横でカイさんは二つに増やしながら畑へ埋める。全て手作業だ。そうして俺たちは途方もない作業を一週間続けた。

 妹さんの手術の日の前日、漸く土地全体に花を埋め終えることが出来た。


「すごい…!」

「圧巻すね」


 俺たちは夕日に照らされる青い花で埋め尽くされた花畑を眺めていた。綺麗、その一言だった。作業は考えていたより辛くて何度もやめたくはなったが、二つに増やして埋めに行くカイさんを見捨てることはできなかった。正直カイさんが、俺が最初に描いた花を増やし続けても、時間はもっとかかるだろうが完成させられただろう。しかしそれをしたらこうも綺麗にならなかったと、完成した今なら自信を持って言える。きっともしカイさん一人で花畑を完成させていたら、その花畑はこんな綺麗でも暖かな気持ちをくれることも無く、ただ不気味な雰囲気を醸しだしていただろう。だって全てが全く同じ形の花で埋め尽くされた花畑なんて気持ちが悪いだろう。俺が描いた花たちは、当たり前だが全く同じになることはない。それがまたいい味をだしているのだと思う。


「あぁ、やりきったー」

「ほんとにありがとうございます!」

「その言葉は明日妹さんの笑顔と一緒にください」


 そう軽く言えば、カイさんはいい笑顔で頷いてくれた。


 次の日、待ち合わせの時間ぴったしに花畑へ向かえばカイさん兄妹はもう来ていて俺はその様子を少し離れた場所からそっと眺めていた。


「お兄ちゃんすっごい綺麗!すごい!」

「さっきから凄いばっかじゃないか」

「だってすごいんだもん!」


 妹さんが微笑ましくてつい笑ってしまうと、笑い声が聞こえてしまったようでカイさんがこちらに振り向いた。


「リオさん!いらっしゃったなら声掛けてくださいよ!」

「微笑ましくてつい」


 照れ笑いを浮かべるカイさんの横まで移動し、隣で車イスに座る妹さんに軽くお辞儀をする。


「こんにちは、お兄さんの友達のリオです」

「お兄ちゃんがお世話になってます!ユキです!」


 ニコニコするユキさんとは反対にカイさんは驚いた顔をしていた。カイさんがどこまで話しているのかわかなかったから『友達』と言ったが、それを抜きにしても俺は友達だと思っている。だって一週間も同じ目的のために頑張ったのだ、それはもう友達だろう。


「リオさん、ありがとうございます」

「なんです、急に」

「いえ、言いたくなったんです」


 朗らかに笑うカイさんに俺も自然と笑顔になる。

 二人が花畑を背景に笑っている写真を撮って俺は早々に退散することにした。この後、ユキさんは手術が控えているから二人で話たいこともあるだろうと思ったのだ。俺は空気が読める男だからな!


 店でのんびりと過ごし、そろそろ閉店準備しようかなと思った頃カイさんが店にやってきた。


「リオさん、ほんとにありがとうございました」

「妹さんの手術はどうでした」

「おかげさまで成功したようです」


 カイさんは心底嬉しそうに涙を浮かべ笑顔を見せた。気になっていたのもあり、その報告が聞けて俺もホッとした。するとカイさんが頬をぽりぽりと掻きながら気まずそうに話し始めた。


「実は、妹に全部バレてたようで」

「え」

「この店のことも知ってたみたいで『花畑も手伝ってもらったんでしょ、ちゃんとお礼してね』って言われちゃいました。それで」


 カイさんはカウンター前まで移動すると懐から封筒を取り出し机に置いた。


「これは?」

「ほんの気持ちなんですが、」


 手に取り中をのぞくとそこには札束が入っていて、ぎょっと目を見開いた。それからそれをカイさんに押し付け返す。


「もらえません!それに報酬は以前話したので十分です!」

「でも」

「俺が言うのもなんですけど、寧ろカイさんが損してるくらいなんですよ!」

「でもあそこを観光地して入場料を取ろうなんて僕には思いつきもしませんでした。損だなんて……」


 そう青い花の花畑、それが完成したら観光地として盛り上がると思い、儲かった入場料を少しいただくことを条件にしたのだ。花を描き直すとかはするつもりだが、普段の管理はカイさんに任せるつもりではあったから所謂不労所得だ。この店で写真を飾れば花畑の宣伝にもなるし、花畑で説明ボードでも片隅にでもおいてもらえればここの宣伝にもなる。カイさんの収入も安定するし、ウィンウィンの関係になると思ったのだ。まぁ俺が少し得をしているがそれこそ発想料ということで許してほしい。

 だからこそ、これ以上お金を受け取るわけには行かなかった。しかも多先日の話からして、そんな余裕もないはずなのだ。しかしカイさんはそれを分かっていないようで封筒を困ったように見つめていた。俺は立ち上がりそんなカイさんの肩を掴んだ。


「じゃあこうしましょう!カイさんはあの花畑を沢山宣伝して盛り上げてください。その花畑に人がくれば俺の集客にもつながるし、お金だっていただけます!

だからその封筒は持ち帰ってください」


 目を見てそう言えば、俺の勢いに負けたのかこくりと頷いた。俺はまだどこか納得いってなさそうなカイさんをクルっと後ろを向かせると背中を押して店の外へと押し出した。


「ほら、今日はもう店じまいです。カイさんは早く妹さんのとこに行ってあげてください。もしその封筒の使い道に困るなら俺からの快気祝いだと思ってユキさんと美味しいものでも食べてください」


 俺がそう言うとカイさんは眉を下げ微笑んだ。


「わかりました。ほんとうにありがとうございます」

「いえ、今度はユキさんと遊びに来てください」

「はい!」


 カイさんは最後に小さくお辞儀をするとそのまま街へと向かって歩いていった。そうして俺の長い長いけれど充実した一週間が終わったのだった。

 俺は扉に掛かる『開店』のプレートをひっくり返し『閉店』にすると店へと入って片づけを始めた。

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