第2話 割れた想い出
「せっかくケーキ買ってきたやったのにサヨのやつ」
昨日ケーキを買って帰ったらしこたま怒られた。結局美味いって言って一人で食ってたくせにだ。腑に落ちないし、今日も客が来ない……。
「ひぃまぁだあああ」
机に凭れ項垂れていると、入店を知らせる鈴の音がなった。どうせまたサヨが金の催促をしにきたのだろうと顔を上げずに手をひらひらと振る。
「サヨ、金ならまだねぇぞー」
「あの」
サヨではない声に慌てて顔を上げた。知らない男性が困ったような表情でこちらを見ていた。姿勢を正し、笑顔を作る。
「いらっしゃいませ~!」
焦りで声が少し上擦ってしまったがまぁ許容範囲だろう。男性は俺と目が合うと小さく会釈をしてカウンター前まで歩いてきた。そしておもむろにポケットから一枚の写真を取り出すと、それを俺の前に置いた。
「少しお伺いしたいことが、」
「えっと?これは…あ、昨日の」
戸惑いつつも視線を落とし、写真を確認するとそこにはケーキを囲って笑顔を浮かべる家族が映っていた。ふと真ん中の囲まれたケーキに見覚えがあることに気が付いた。そう、昨日俺が女の子に描いてあげたケーキだった。今度はちゃんと持って帰れたんだなと笑みが零れた。
「やはりあなただったんですね!見つかってよかった!
娘に話を聞いたんですが、誰かは分からない、絵を描いたらケーキが絵からでて来たというもんだからもしかしてと思ったんです。街のはずれに不思議な名前の店が出来たと言う噂は聞いていたので…
昨日はほんとにありがとうございました」
男は深々と頭を下げた。わざわざお礼を言う為だけに探してきてくれたのだろうか。
律義な人だ。それにしても不思議な名前って、分かりやすくていいと思ったんだけどと肩を落した。
「お礼を言う為にわざわざここまで?なんかすみません」
客ではない、不思議な名前と広まっている、このダブルパンチに涙を浮かべ、ハハハと笑うと男は頭を横に振った。
「いえ、代金をと思いまして!」
突然の申し出に俺はキョトンとして固まってしまった。いや確かに能力は使ったが、別に金をとろうとなんて思っていなかった。いわば慈善事業のようなものだった。しかしこれは良いチャンスなのではと内心ほくそ笑む。
そして、いけしゃあしゃあと取る気の無かった代金を口にしようと口を開き、何も言わず閉じた。昨日の女の子の驚いた顔、嬉しそうな顔、そして笑顔を思い出してしまったからだ。黙ったままの俺に対し不思議そうな顔をする男性に力無く笑った。
「代金はもう貰ってますから大丈夫です」
「えっ娘は何も」
「あっじゃあこのお写真貰っても良いですか?俺の実績として是非店に飾らせてください」
困惑する男性に写真を手に取りそう言うと「は、はあ」と戸惑った様子で頷いた。これじゃサヨに叱られても仕方ないなと思う。しかし、それでもこの人から金をとる気にはなれなかった。せっかくのお客第一号(仮)ではあったが…
「現物が見れればなんでも再現しますから、なにかご入用の際は是非」
宣伝にでもなれば良いかと、そう笑顔を浮かべると男は怪訝そうな顔で「なんでもですか?」と聞いてきた。俺はそれにはいと頷く。
「あっでも大きすぎるものはムリです。家とか山とか…
それ以外の紙に描けるものであれば大体なんでも造れますよ」
すると男は再び懐に手を入れ、先ほどとは別の写真を取り出し俺に見せた。その写真には仲良さげな老夫婦が映っていた。
「これ、なんですけど」
そう指さされたのは老夫婦の真ん中後ろに映っている花瓶だった。写真を受け取り良く見てみるが、ピントは老夫婦に合っている為柄などはっきりと見えなかった。
「花瓶、ですか?」
「えぇ、祖母…私の母が大事にしていた花瓶なのですが先日割れてしまって…
以前からここのお話は聞いていたんですけど、信憑性もなかったもので、あっすみません」
「いえ…」
信憑性なかったのか、通りでお客が全く来ないわけだとひっそり涙を浮かべた。
「そんな時娘からあなたのお話を聞いて、もしかしたらと」
「なるほど、それで足を運んでくれたわけですね」
「えぇ、ケーキのお礼も写真で良いと言ってくれるほど良い方なんだと知れて
是非そんなあなたに頼みたいと思ったのです」
あっぶねーと冷汗が背中を伝った。あの時金はいただきますと口をついていたらこうはならなかったわけだ。悪いことはするものではないなとつくづく実感した。
「花瓶の件お引き受けいたします。ただ、この写真では大体の形しかわからないので割れた破片をお持ちでしたら貸していただけるとありがたいのですが」
「ほんとですか!ありがとうございます。破片は母のところにあるので」
丁度良いと俺は立ち上がった。
「ならそのお母様のところへ俺が受け取りいっても良いですか?」
「え、いや持ってきますよ」
というのも思い出とか聞けた方が良いと思ったのだ。人によって物の見え方が違ったりする。思い出の品であれば余計にそうだ。現物を見てそれ通り再現したとしても、俺から見た通りの物では本人からしたらそれは全くの別物なのだ。ケーキの味を知るのが大事なように、物の思い出を知るのもこの仕事をする上で大切なことなのだ。
「お話を聞きたいので」
そう笑顔で言うと男性は頷き、男性の母がいるという病院を教えてくれた。
依頼をしてくれた男性、マリオさんの母はロウという名で数年前から病気でずっと入院しているらしい。ロウさんの旦那さん、マリオの父はロウさんが入院してから暫くしてぽっくり亡くなってしまったそうだ。
マリオさんはこれから仕事だそうで、俺の店の前で分かれ俺は一人病院へ向かった。ロウと名札がある病室の扉を叩く。「はぁーい」と朗らかな返事が聞こえゆっくりと病室の扉を開けた。
「あら、どちら様?」
そう俺に不思議そうな顔を向けるロウさんはとても穏やかで優しそうな人だった。ぺこりとお辞儀をする。
「息子さん、マリオさんの紹介でお母さまの大切な花瓶を造りにきました。
ソウゾウ絵描き屋のリオです」
「そうぞう、絵描き屋?」
こてんと首を傾げるロウさんに「ご存じないですか?」と聞くと首を横に振られてしまった。「ごめんなさいねぇ」と申し訳なさそうな顔をするロウさんに慌てて言葉をかけた。
「最近街の外れに店を構えたばっかで、ご存じなくても無理ないかと!
寧ろなんかすみません」
と頭に手を置くとふふふと笑われてしまった。
「貴方が謝ることないわよ
そう、街の外れに…あ!そういえば看護師さんたちが数日前に変な店が出来たって噂していたわ、あなたの事だったのね」
「変……」
やはり変と噂が広まっているらしい。いや、これも良い機会だ。マイナスのイメージからの方がプラスになった時反動がでかい!はず…。なんて考えているとロウさんがベッドサイドの引き出しをあけ何か箱を取り出した。
「それであなたの言う花瓶ってこれのことかしら」
ロウさんが箱を開けるとバラバラになった花瓶の破片が詰まっていた。割れた花瓶をこんなに大事そうに取っておくなんて本当に相当大切な物だったのだろう。
「手に取っても?」
「えぇ、手を切らないように気を付けてね」
そっと破片を手に取った。色的にも写真で見せて貰ったものだろう。それにロウさんがこんなにも大切にしているのだ。間違いない。俺が破片をいくつか手に取って見ているとロウさんが口を開いた。
「マリオったら、別に気にしなくて良いって言ったのにね」
目を細め破片を眺めるロウさんの瞳は寂しそうに揺れていた。手に取っていた破片を箱に戻し、ベッド脇に置いてあった椅子に腰かけた。
「とても価値のあるものだったんですね」
「…そうね、それこそ高価なものでは無かったけれどおじいさんが最後に私にくれたものだから」
「そう、なんですね」
他に何を言ったらいいか正直分からなかった。しかしロウさんはそんな俺を見て「こんな話つまらないわよね」と寂しそうに笑った。だから俺は首を振ってロウさんと目を合わせた。絵の為でもあるがそれ以上に気になった。どうしてそこまで大切にするのか。
「良かったら聞かせてください、おじいさんの話」
俺の言葉を聞くと嬉しそうに微笑んで、それから慈しむように話を始めた。
「おじいさんはね…とても照れ屋で、頑固者で、付き合っていた当時から私に贈り物なんてしてくれたこと無かったのよ
好きだって言葉も聞いたかしらってくらい」
そう首を傾げるロウさんはまさしく乙女だった。俺にはロウさんが恋する乙女その人に見えた。
「でもね私が病気で入院することになって、もう長くないかもってなって…どのくらいだったかしら
帰宅許可を貰えてね、家に帰ってびっくり!おじいさんがむすっとした顔をして包みの前に座ってるのよ」
ロウさんは本当に今その風景を見ているかのように可笑しそうに笑って目元を拭った。
「『あなたそれなぁに』ってきいたら仏頂面のまま『ぷれぜんとだ』って
あの人からプレゼントって言葉を聞けると思わなかったから私つい笑っちゃったわ
笑った私を見て顔を真っ赤にして『要らないなら返してくる』って
返されちゃ困るから慌てて包みを開けたの、そしたらその包みの中にこの花瓶が入ってて、」
「良い旦那さんですね」
「ええ!…でも、あの人長くないかもって言われた私より先に行っちゃって
あらやだ、ごめんなさい」
ロウさんはハンカチをベッドサイドから取ると顔に当てた。
「任せてください!」
「え?」
顔を上げて俺をみるロウさんは目を点にしていた。俺は立ち上がり親指を立て笑って見せた。
「このソウゾウ絵描き屋がその思い出造ってみせます!」
すると悲し気な顔をしていたロウさんが再び笑顔をみせた。こんなにも愛し愛されてた夫婦の想い出の品がこんなんではこの花瓶も浮かばれない。出来るだけその思い出が色あせないように同じものを造りたい、そう思った。
「えぇ、じゃあお任せします」
「全く同じにはならないですけどいいですか?」
「あら、さっきの自信はどうしたのよ」
二人で顔を見合わせ笑い、それから俺はロウさんから破片の入った箱を預かった。この気持ちを忘れないうちに作業に取り掛かろうと俺は急いで店へ帰った。
作業は三日三晩かかった。出来上がったキャンパスを見て背もたれに全体重を乗せた。
「あああぁ、できたあああ」
これほど神経を使った仕事は初めてだ。まぁ仕事自体、初めてなわけだから当たり前なのだが…。
俺は絵から花瓶を取り出すとそっと少し離れた場所に置いて寝転がった。絵を描き始める前にすることがあったせいで今回は余計疲れた。俺は重力に従って重い瞼を閉じた。
「リオー金払えーってあれ?居ない」
幼馴染である私直々に金を取り立てに来てやったというのに、店主のリオの姿が見えない。大抵この時間は暇だなんだと言って店先でぐだぐだしているはずなのだが、めずらしいと思いながら辺りを見渡す。店の鍵は開いていたから店にはいるのだろう。ふと先日来た時には無かった写真が壁に飾られているのに気が付いた。
「家族の写真?」
それは見覚えのない家族がケーキを囲って楽しそうに笑っている写真だった。そう言えば先日客を連れて来いといったのにあろうことかケーキを買って帰ってきてリオを怒ったっけと思い出した。新しく飾られているってことは仕事に関係しているのだろう。ふーん、ちゃんと仕事しているんだと少し見直した。
「ん?」
店をフラフラしているとアトリエの電気が付いて居ることに気が付いた。そっとアトリエに近づくと中でリオが倒れていた。
「リオ!?」
慌てて駆け寄ると、リオはむにゃむにゃと呑気な寝言を口にしてゴロリと寝返りを打った。叩きたい衝動を抑えため息を吐いた。私は立ち上がり毛布を取りにアトリエを後にした。
リオの寝ている先に、継ぎ接ぎの花瓶とその柄と全く同じ花瓶が並べておいてあった。おまけに顔に絵具まで着けたまま眠っていたのだ。さすがに怒れない。私は仕方のない奴と笑みを溢した。
仮眠から目を覚ますと、寝る前には無かった毛布が掛けられていた。わざわざ毛布持ってきたっけと首を傾げるもそれよりも大事な事を思い出し慌てて出掛ける支度をすませた。
出来上がった花瓶と継ぎ接ぎに組み立てられた花瓶の両方を持って俺は病院へとむかった。危うく面会時間を過ぎてしまうところだった。別に明日でもよかったのだが、出来上がったら早く見せたいと思うのが画家というものだ。え?違う?俺はそうなのだ。
ロウさんの病室の前に着くと俺はコンコンと弾むように扉をノックした。前回同様朗らかな声で「どうぞー」と聞こえた。俺が病室に顔を出すとロウさんは「あら」と嬉しそうに目を輝かせた。
出来上がった花瓶を背中に隠してロウさんの前まで移動する。
「ロウさんにプレゼントがあります」
「あら、なにかしら?」
ニコニコしながらベッドのロウさんにそう声を掛けると何かわかっているはずの彼女も楽しそうに俺の話に乗ってくれた。
「これです」
「あら」
背中から出した花瓶の姿にロウさんは目を丸くしていた。ロウさんは出来の良い花瓶に驚いたわけではない。話と同じようにラッピングされた包みに驚いたのだ。
「ちなみに返却も可能ですよ」
ニッと笑みを浮かべると大袈裟に慌てた様子を見せるとゆっくりと包みを剥いだ。それから出てきた花瓶にロウさんは瞳を揺らし両手で口を押えた。ポロっと零れる涙を俺は静かに見守った。きっとおじいさんとの記憶を思い出しているのだろう。
暫くしてハンカチで目元を拭うと俺の方に顔を向け深く頭を下げた。
「ありがとう、私この形の花瓶をほんとにもう一度みれるとは思わなかったわ」
「任せてくださいって言ったじゃないですか」
「包みの色は違ったけどね」
「そこは俺からのサプライズですので」
そう言って先日と同じように顔を見合わせ笑った。それから預かっていた方の継ぎ接ぎの花瓶も差し出した。
「これ、ガラとか確認するために繋いでみました。お返しします」
「まあ」
「俺が造った方は是非使ってください。また壊れたら今日の思い出含めて作り直しますよ」
俺がグッと親指を立てるとロウさんは嬉しそうに笑顔を見せ楽しそうに「じゃあさっそくマリオにお花買ってきてもらおうかしら」と呟いた。
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