第57話 管理者の支配特権

「……そうなんだよ。そこが設計において、一番難しい所なんだよなあ。”争い”によって得られるエネルギーは膨大、無駄なく回収するための各種要因の設定には神経をすり減らしたものさ」


「後からメンテナンスするのは面倒だ、初回設定時には考えあぐねたもんだよ。体感時間設定、プレイヤー設定、痛覚設定、ゲートの設置……その他システム関連の設定にはな」


「設定難易度はやさしすぎても難しすぎてもいけないんだ。プレイヤーにはモチベーションを保って最効率のパフォーマンスを発揮してもらうためにも、”適度”にスリリングなコンテンツを提供することが大切なんだ」


「そうして悩みに悩んだ結果、俺様は一つの答えにたどり着いた……それが、需要と供給を釣り合わなくさせる作戦ッ!!」


「そう、モンスターの数を減らすことで物資の絶対量を減らすんだ。意図的に供給不足におとしいれることで、自然と対立は生じる。人間の生存本能にうったえるってワケさ……!」


「人間というのは密集するだけでも自然と争いが生まれるような生き物だからなあ。ほんと人間ってのは手軽で、面白くて、滑稽で、利用価値のある生命体だなあ……!!」


 改めて実感した、こいつが人間でないということを。人知を超えた未知の生命体であるということを。


(自分で誘発しておいて、争うのは人間本来の性質のせいだとでも言いたいのか……。)


「——しかしそこで問題があってなあ、モンスター数を直接調整するのは難しいんだよなあ。ここで影ちゃんたちの登場ってことだ」


 大画面モニターには映る。真夜中の時間、各地で小型モンスターがポップされ、影人形の爪によってほおむり去られる光景が。


「……とまあ、影ちゃん達がアイテム源となるモンスターを間引いてくれるってワケだ」


 この世界はモンスターが少ないんじゃなかった。モンスターの多くは夜にポップするけど、見えない所で間引かれていたんだ。


「影ちゃん達の役割はそれだけじゃないんだぜ……他にも人間を輸入する際やエネルギー回収と、影ちゃんは何かと万能なんだわ」


 人間の輸入。そうだ、俺たちはこの世界に強制転移されてきたんだ。


「……死因偽造、認識改変を用いたプレイヤー流入。今まで輸入してきた人間は数知れず、そして輸入には”選別”が付き物だ」


「プレイヤーを現地で輸入する際、一番に考えなければならないのは無論、エネルギー回収の効率性。よって十五歳〜二十二歳、つまりプログラムによって抽出されるのは青年期の人間ってことさ!!」


 冷や汗が垂れる。気づいてしまった、その抽出という言葉の恐ろしさに。


 大画面モニターは再び起動する。時間帯はやはり深夜、信じられないことにそこには影によって引き裂かれる子供、老人、大人……青年期以外の人たちの光景が流れるように映されていた。


「青年期以外は影に食わせてせめてものエネルギー回収に……これが”選別”って事だ。不必要な物、いらない物は分別ぶんべつしてゴミ箱に捨てないとなあ!!」


 あの日、俺の婆ちゃんは目の前で影に殺された。あれから俺は一度たりとも忘れたことがなかった。


 ——あの悲しみと、怒りの感情を。

 

「放棄された青年期以外の人間可燃ゴミは、山奥に放棄される。その後は影ちゃんの手によって、ほうきでさっとひとき、ちりとりに集めるようにして掃除され。代替プレイヤー枠空いたスペースではまた再抽選が行われる」


「……とまあ、エネルギー回収のためにはこんな感じで多角的なアプローチをしてやる必要があんだよ。どうだ、これが君の知りたがっていた輸入の仕組みってことだ。これくらいで満足して頂けたかね?」


 分かるわけがない。そんなことのために婆ちゃんは、殺されたというのか。


「——使い物にならない物は、ゴミ箱に捨てるってか」


「……そうさ、よく分かってるじゃないか!!」


 つばを吐き捨てるように言い放つ。あきれを通り越した軽蔑けいべつと恐怖と怒りと困惑が混ざり合って、ごちゃごちゃになった。


「またかよ、効率効率って、何でも効率を最優先して…… 何がゴミだよ、人の命を馬鹿にしてんじゃねえ……!」


「——ゴミはゴミだよ。ゴミにゴミと言って何が悪い。君だって不必要なものや、使えなくなったものはゴミ箱に捨てるだろう?」


「人間は道具じゃないだろ……人を見かけの都合でしか判断できないような奴が、管理者気取ってんなよ」


「——意見の相違。価値観の違いを互いにい正す論争は価値を生まない。君のは直感からくる感情論、対するこちらは感情を度外視し管理者目線に立った上での総合的な選択」


 話はこれでいったん途切れ、沈黙の空気が張り詰める。


 ——影の使者を使った”間引き”と”選別”、争いを誘発するゲーム設定。


「結局全部お前のせいだったのかよ。レギオン間での無意味な争いも、婆ちゃんの死も、俺をかばった春風夏はるかぜなつの死も……!!」


「何を言っている。その婆ちゃんってのはともかく、春風夏という人間が殺されたのは君たち人間のせいだろう……?」


「よくそんな事が言えるな……お前がそう仕向けたんじゃないか」


「なあに、俺様は人間の脆弱性ぜいじゃくせいを利用しているだけのことさ。だから何の罪もないし、何とも思わないね……!!」


 ゲームマスターは笑う。感情の無い心臓で、ただ好奇心をむさぼるように。


「影ちゃんはシステム上”破壊不能”で、プレイヤーのレベルを無視した貫通攻撃が可能、すなわち回避不能&無敵。つまり目撃者かつ生存者はゲーム内に存在しないことになる」


空木蒼うつろぎそら、それなのに君ははなぜか破壊不能を破壊した。だからかなーりビックリしてるんだよ。今もなぜかプレイヤーには侵入不能なはずの監視ルームに来てしまっている。これは大問題だよなあ……!」


「今までも数回あった。強すぎるプレイヤーが現れ、上手くエネルギーが循環しなくなってしまったことが。その度に、元凶となる害悪プレイヤーを影ちゃんに始末させていた」


「でも今回はケースが違いすぎる。影も通用しないし、まったく不都合で仕方ない」


「本来ならば君みたいな有能な人員には、働き続けてもらいたかったのだが。快適なゲーム環境を提供するため、バグが生じたらすぐに修正するのも運営の役目だからなあ!!」


「——空木蒼うつろぎそら。今から侵入者である君を、全力で排除すると宣言しよう」


「黙れよ傍観者、それとも人間の弱みにつけ込む悪魔か……?」


「だから、俺様のことはゲームマスターと呼べと言っているだろうッ!!」


「いやお前は傍観者だよ。人の気持ちを知ろうともせず、はたから冷ややかな目で眺めているだけの嫌ーなね。傍観者、お前は二つの理由で俺に倒される運命を背負うことになった」


 星屑ほしくず蒼剣そうけんは輝いている。暗い部屋の中、周りが暗いから一層強く光って見える。


「一つはお前なんかに地球を渡さないため。二つ目は転生者としての使命をまっとうするため……そして三つ目になっちまったが、お前の腐りきった遺伝子をこの世界から根絶させるためだ!!」

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