絶対支配管理権限者《ゲームマスター》

第56話 並行世界の傍観者

 空間の裂け目はくぐると収束し、全身にずしりとのしかかる重圧を感じた。


 薄暗い。研究室ラボ監査室モニタールームような部屋だ。


「やっぱりここが終着点ってことか、そんでお前が黒幕と……!」


 数十歩ほど先には、画面の目の前にある操縦席の回転イスに座っている人物が。


 大鎌は持っていないが、あのとき婆ちゃんを連れ去った白マントにそっくりだ。


「驚いたねえ……君はまさか破壊不能オブジェクトを破壊した小僧こぞうじゃないか。そうだとも、まあ君の言う婆ちゃんとやらを連れ去ったのは俺様。正確に言うとその投影体、いわば分身体なんだけどもねえ……!」


「いやはや、なぜ君がここまで侵入して来れたのかは知らないが。バレてしまったからには生きて返せないよなあッ……!!」


 白マントを脱ぎ捨て両手を広げてあざ笑う。マントの下に隠されていたのは研究者の白衣に丸眼鏡だった。背は百六十センチくらいで、今の俺と同じくらいだ。


「……そうかよ、あの影野郎たちもお前の差し金ってことかよ」


「——イヒッ、それは、コイツらのことを言っているのかなあッ!!」


 ポツポツと影は姿を現し始める。異次元からは数十の影人形が飛び出した。


(まじかよ。いきなり大集合か……大丈夫、こいつらは今まで何度も見てきただろ。)


 影のスピードはすさまじい。それに破壊不能オブジェクトだから、双剣を取り出して反撃に出るが倒すこともできず。


「有害物質は、即刻除去してやらねえとなあッ……!!」


 あふれ出し数が増え続ける影人形は双剣に触れるたびに加速し、部屋中をバウンドボールのようにかけめぐる。


『non-object』『non-object』『non-object』『non-object』『non-object』


 目で追えないけど、ガードするくらいならできる。これはいきなり耐久戦に突入か。


「お前は一体何者なんだよ、まさかこの世界の管理者とか言わないよな……?」


「——かんが良いじゃないか。そうだ、俺様がこのゲームの管理者にして絶対的支配者、つまりゲームマスターってことさ!!」


「お前はここで一体何をしているんだ、どこまでがお前の術中なんだ……?」


「そうだなあ、この世界のシステムは俺様が設計したものだと言えば分かるかなあ」


「そうか、お前がこの世界を生み出した張本人ちょうほんにんなんだな。一つ聞かせてくれ、なぜこんな理不尽な世界を作った……?」


 覚悟は出来ていた。かつて戦った執筆者も陰謀者も、並大抵なみたいていのものではなかったから。


 丸眼鏡はモニターのライトに反射し、青白く光った。大画面複数モニターには見覚えのある過去の戦闘シーンが流れている。


 そして現に今も、この部屋では影人形との壮絶な戦闘が現在進行形で行われている。


「何でって……そんなの楽しいからに決まってるじゃん。人を観察するのが、面白いからに決まってるじゃんかよおッ!!」


(人を、観察……?)


「このモニターは全プレイヤーの動向を逐一ちくいちリアルタイムで記録して、過去現在における全ての行動を監視できるんだよ。……それにここをこうすれば、個人情報だって思いのままッ!!」


『【 プロセスインフォメーション 】』

『〈プレイヤーID:1q5e〉』

『【 アップロード 】』


 大画面モニターには空木蒼うつろぎそらという名称と、百を超える所有スキルが表示された。


「……ええっと。この世界に来る前の君はものすごく内気でいつも下を向いていて、いつも独りぼっちさみしく生きていました。こういう事もだってお見通しなんだぜッ!」


(確かにそれは正しいかもしれないけど、正確には正しくない……。)


「観察は良いよなあ、やっぱり最高だよ。自分だけの箱庭の中であらゆる人格の人間が踊らされているのをながめるのは、やっぱり心が踊らされるなあ。観察というのは享楽きょうらくであり鑑賞であり、たしなみなんだよッ!」


き上がるこの探究心は抑えられないよね。この感情は好奇心ともいうのだろうか」


(嘘だろ……そんな理由で夏は、皆は、婆ちゃんは……!)


「人間観察はすごいぞ。個体ごとの性格・心理と行動を照らし合わせて分析してやることで、行動原理をパターン化できるんだ!!」


「……それで全部お見通しってか、性格の上っつらの部分だけ見て分かった気になるなよ。言うまでもないがお前がやっているのは許されるはずのない極悪非道な悪行だぞ」


「その理屈はおかしくないか、誰だって野心を尊重される権利はあるだろう……? 勝手に君の常識のわくに当てはめないでくれよ」


「——黙れよ傍観者。人間はなあ、誰であろうと他人に支配されていい理屈はねえんだ」


 この風格、この思想、この威圧感。やはりこいつが今回の世界で倒さなければならないラスボスなんだと、心から実感した。


「嫌だなあ、俺様のことはゲームマスターと呼んでくれよ……!! それと早いうちにあきらめておいた方がいいぞ、どう足掻あがこうとシステムの命令は覆せないからなあ」


「おあいにく様、俺もそれくらいで引き下がるほど甘くはないんでね……!」


星屑ほしくず蒼剣そうけん』と『non-object』のせめぎ合いは続く。いつまで経っても変わらない戦況を見かねたゲームマスターはため息を漏らす。


 指を鳴らす音が聞こえると、部屋中を暴れ回る影人形たちは消滅した。


「……この子たち影の使者ではらちが開かないことが分かったぜ。来いよ、この俺様直々じきじきに観察してやるからよおッ!!」


「そうか、なら手始めに……!」


 俺は双剣を握りしめて構えた。その瞬間、緊張の空気が張り詰めた。


【 パニッシメントツインブレイバー 】


 双剣に築き上げる、瞬時に一からスキルを創り出すイメージ。ゲームマスターはニヤリと笑う、ラグが起こった砂嵐スノーノイズの顔面で。


『【 アビリティスキャニング 】』

『【 消去デリート 】』


 攻撃モーションはかき消える。創り出したスキルは、プログラムによって抹消まっしょうされた。


(技を、かき消された……!?)


「……情報に記録されてないスキルを使えば通用するとでも思ったか。見誤ったな、このシステムはそんなに甘くないんだわ」


【 クライシスサクリファイスネメシス 】


 スキルの創造。このスキルはどんな大技よりも洗練され、どんな小技より種が大きい。


『【 アビリティスキャニング 】』

『【 消去デリート 】』


【 コントラクトユニバースレイプニル 】


 スキルの流動。双剣の重斬撃は宙を浮き、空を駆け、空間を泳いで、時空を貫く。


『【 アビリティスキャニング 】』

『【 消去デリート 】』


 技名を連呼する。即興創作オリジナルスキルを連発するが、その全てはプログラムによって消し去られた。存在の消滅だ。


「だから無駄だと言っているだろう空木蒼うつろぎそら、君は確かに普通の人間よりも強い。だがシステムを前にしては無力なんだよ」


 見えない風圧で十メートル後方に押し戻され、戦闘は問答無用で中断された。追撃してくるわけでもないようだ。


 ゲームマスターは白衣をひらつかせ、腕を背中で組みながら丸眼鏡を光らせる。


「……いやはや、せっかくの思わぬ来客。最低限のもてなしはしてやろうじゃないか。どうだすごいだろう、ああ美しい……これがお前の知らない思考の研鑽けんさんって奴だ!!」


 モニターに映ったのはLIVE中継、今度はリアルタイムでの戦闘シーンだ。垂れ流される死亡シーン、狩って狩られて突き落とされ。


 今もどこかで命が無くなっているんだぞと見せつけてくるようで、心の奥底から嫌な怒りと苦しみが込み上げてきた。


「そうそう、こうやって人間はいつまでも争い続けるんだ。やっぱり人間の心理ってのは興味深いねえ。対抗心、見栄、恐れ、不安、憂さ晴らし、復讐心……こういった感情の全てが”争い”を引き起こすトリガーなのさ」


「——人間が戦う行動原理ってか。何でそこに愛が入ってないんだよ、守りたいって心が、愛情っていう感情が……!!」


「変わらないよ、だってそれも一種の恐れじゃないか。大切なものを失いたくないっていう不安や恐れの現れだよ。ほら、君の行動原理も簡単に説明できちゃったよ」


 モニターは切り替わり続ける。大画面は、死因の類似パターンを垂れ流す。


「素晴らしいだろ、このスリリングかつエキサイティングなサバイバルゲームは、君にも少しは楽しんで頂けたんじゃないだろうか」


「……それ、本気で言ってるのか。どう考えたって楽しいわけがないだろ」


 モニターの映像はぷつりと切れた。回転イスに再び座ったゲームマスターはひじかけにひじをついて、深くあぐらをかいた。


「……もういいや。どうせ何を言おうと納得してもらえそうにもないしこの機会だ、冥土めいど土産みやげに教えてやんよ。俺様が目論もくろんでいる計画の全貌ぜんぼうをなあ」


「実を言うとね。観察とは違って、もう一つこのゲームを設計するにいたった大きな理由があるんだよ……これからの展望も含めて、百年単位の計算も折り込み済みのねえ」


 これから目の前の黒幕が何を言い出すのか、真相を聞きたい気持ちと知りたくない気持ちがうずめき合った。


「この世界はな、既存のゲームシステムのデータベースを基盤として、エネルギー回収のために順応化コンバートさせた世界なんだよ」


「この地球ほしを見つけたのはちょうど二百年と半世紀ほど前のことだったか。とんだ拾い物だったよ、これほどまでにエネルギー回収に相応ふさわしい惑星を見つけられたのは」


 うすうす気づいていたが、やっぱりこいつは人間じゃないのか。どこか別の星の、地球外生命体ということか。


『Accomplishment of purpose』

『97,618,161/100,000,000』


 モニターにはでかでかと、何かのパーセンテージとパラメーターが表示された。


「見たまえ。これは俺様が今まで二百五十年の間、センターホールに収集し続けた全エネルギー。この数値が一億に達した時、地球侵略のための材料は完成する」


(この数値……ってもうすぐじゃないか。このままにしておいたら、元の地球も危ないってことなのか……!)


「エネルギーとはなんぞやって……? それはなあ。”争い”によって得られるエネルギーの事さ。体力をけずり合えばあうほど、殺し合えばあうほど、このエネルギーは増幅する!!」


 地球侵略を目論もくろみ、既存のゲームシステムを応用してゲーム世界を作り上げた観察者。人間が争い合うことで得られるエネルギー。


「つまりこの世界は、エネルギー回収効率化のために設計された世界。無駄を排除した効率の世界って事さッ……!!」


 訳が分からなかった。でもその言葉が含む意味の恐ろしさは、すぐに分かった。


(システムの発案者であり、管理者でもあり、観察者。これこそが今回の黒幕の正体ということか……またなのかよ。また、たった一人の人物が全ての元凶でしたってパターンなのかよ……。)


「そうか、お前はわざと設計したんだな。そのエネルギーとやらを生み出すための争いを誘発する世界を……!!」


「そゆこと。ときに空木蒼うつろぎそら、争いを生み出すためには何が必要か分かるかな……?」

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