第55話 この世界に別れを告げる

「そんで流通屋、そろそろ話しちゃくれないか。どうしてお前はいつも俺が呼んだ時、すぐに現れるんだ……?」


 ステルスを使っているから見え隠れするのは納得できるが、いつでも現れることがどうにも不思議なんだ。


「ああ、この機会にぶっちゃけてしまいますか。あなたをマーキングしておいたんですよ、レアスキルですね。マーキング対象の呼びかけに応じて瞬間ワープができるんです、凄い代物しろものでしょう……!」


(本当にぶっちゃけたなあ。何だよ、マーキングって……!)


「それって、いつから……?」


「初めて会った時からですよ。運命です、ひとめ見た時からビビって来たんですよ、大大大スクープの匂いがプンプンとね!」


 ステルスとマーキング&ワープ。なんだ、そんなカラクリだったのかよ。いや、やっぱりほとんどストーカーだったじゃないか。


「だから言ったでしょう。お困りとあらば颯爽さっそうと駆けつけて、いつでも迷えるお客さんのサポートをするのが流通屋のお仕事だと」


「……ありがとな、助けてくれて」


 改めてお礼を言うと流通屋は、調子に乗ったような口調で。


「それで。私には、リスクを負わせないんじゃなかったんですか?」


「……ああ、それはすまなかった」


「いいですよ、冗談です。頼ってくれて、嬉しかったですよ……!」


 その言葉には、少しだけ疑問の表情を浮かべてしまった。ダークブロンドの髪は揺れる、流通屋は苦笑いしながら。


そらさんはそうじゃないかもしれませんが。私はあなたと一緒に日本中を回った十数日間が、本当に楽しかったんですよ!」


「私はこの世界のプレイヤーがどうしても好きになれなかった。だからさ、ずっと仮面を被って他人と距離を置いていたわけ。なので情報だけが唯一、人との繋がりでした」


「でも、ある日突然あなたは現れたんです。初めて見た時すぐに分かりましたよ、あなたは他の人たちとは何かが違うって」


(なんか、妙に鋭いな……。)


「——やはりあなたはどっちでもなかった。支配する側でもなく、される側でもない」


 あまりしっくりこないが、これが仮面を被っていた彼女の心を開かせた理由なのか。それよりも、俺といて楽しかった……それなら何でこの子はあの時。


「そうだ……あの時なんで、俺の元を去ったんだ……?」


 そんな言葉を口に出すつもりはなかった、ただ自然と漏れ出てしまったんだ。


「うーんとですね……さーて、何ででしょうね……?」


 流通屋は人差し指で頭をポリポリと、いたずらっぽく笑ったと思ったらフードを被り、次の瞬間には消えていた。


「……おい、待てよ!」


(ほんと、最後の最後まで不思議な奴だったな。振り回されっぱなしだよ。でもあの子が寄り添ってくれたからこそ、今の俺がいるのかもしれないんだもんな。)


「(あの時のあなたは酷い顔をしていた。悪者を演じて私を遠ざけようともしていましたが、優しさが隠しきれてないんですよ。)」


「(知っています、私が危なくないような立ち回りを常にしてくれていた事。あの時、黙って毛布をかけ直してくれた事も。)」


「(だからこそ、見ていられなかったんですよ。何かに苦しんでいるあなたが、私を見るたびにさらに辛くなるのを見るのが。)」


〜〜〜〜


 ——私の将来の夢は、ジャーナリストになることだ。


 世界中を飛び回って、この足で色んな場所を旅して、この目で実情を見定めて、衝撃的なスクープをこの手に収める。


 そんなノンフィクションに憧れた。だけどその空想はフィクションで、叶うはずもない願望でしかなかった。


 高校一年生の時、持病が悪化してから外に出ることができなくなったんだ。


 医師に初めて自分の酷い容態を知らされた時、私は心から思った。こんなめぐり合わせはあまりに辛くないかと。


 どうしてわざわざこのタイミングで私にこんな弊害へいがいを押し付けるんだと、なぜ試練を与えてくれないのだと。


 白い部屋、すこしシワのついた白いシーツの中、ただ人生のハズレくじを引いてしまった自分をうらむことしか出来なかった。


 窓から見える空はあんなにも青くて、遠くまで広がっているのに、私はこの病院からも出ることができない。


 ——そんな風に諦めかけていた時だった。


 世界が豹変ひょうへんしたのは。自動回復で手足が思うように動いた時、涙が流れた。


 でもその先に広がっている世界は地獄のようだった。人殺しの影は毎晩現れるし、周りの人はどんどん死んでいくし、物資も足りないから逃げ場はどこにもなかった。


 私が今こうやって生きているのも運のおかげだろう。偶然手に入った透明化装備のおかげで私は雪だるま式に強くなっていった。


 なんで神様は今になって試練を与えてきたのか、こんな希望のない挑戦を。


 退屈で仕方なかった。仲間はいなくて、ただ情報屋やら便利屋やらとして生きていく道は。私の求めていたのはこんなスクープじゃないぞと、文句を言いたくなった。


 でも、ある日その人は目の前を横切ったんだ。今まで出会った人の誰にも似つかなくて、説明のつけようのないオーラを感じた。


 実際、あの人の周りではすごい事が起こり続けていた。それこそ、今までの世界の歴史を揺るがすような。


 今日だって、あっと驚くようなネタを沢山見せてくれました。


 満足です。やっぱりこの世界は薄暗いし血生臭いけど、夢を少しだけ叶えられた気がします。だってここに来てやっと、こんな面白い人に出会えたんだから。


〜〜〜〜


「(私はずっと探していたんです、あなたのようなシステムを無視し得る存在を。どうか、私の叶えられなかった夢を叶えてね……)」


 今、二つの『天秤の鍵』が一つに重なる。二つをアイテム調合で融合。


(この鍵は、岳さんと綾さんが俺に託してくれた思い。)


『審判の扉が生成されました』

『使用可能:所有者のみ』


 富士山の頂上のさらに上空、強力な空間の歪みは生じ、大気を吸い込んでいる。


 変えるんだ。苦しめられるべき人でない人が苦しまないといけない世界を、優しい人たちを変えてしまったこの世界を。


「……なんだ、水臭いじゃんかよ。この俺ピリッツさんの筋肉も泣いてるぜ!!」


「すごい……これ全部、蒼さん一人で倒したのですか。信じられませんわ!」


「心配になって駆けつけに来たんデスが、心配いらなかったみたいデスね……!」


 後ろからいきなり声が聞こえてきた、グローチスのメンバーたちだ。


「まさか私たちに黙ってお別れなんて、言わないですよね……?」


 キレーナ副長も少し怒っているようだ。みんなも今がお別れの時であるという事を、雰囲気でかんづいてしまっているのか。


 みんなが俺の元に駆け寄ってくる中、いきなり飛び出してきたのは人質にされていた少女。ずっと走ってきたからか息を切らして。


「助けてくれてありがとうっ、これだけは伝えたかったので戻ってきました……! あなたにはたくさん勇気づけられました、だから私もあなたみたいに強くなれるように頑張ります……!!」


「……ああ、きっとできるさ!!」


 そうだ、この子もこんな所に来ていなければもっとマシな人生を送れていただろうに。


そらさん、なにちゃっかり女の子をたぶらかしてるんデスか……!」


「……ばっか、そんなんじゃねえよ!」


 いやこの反応はマズかったか、ユーミアも面白半分でリミスに乗ってしまった。


「そうですわよ〜、悪い男の人に騙されちゃいけませんわ〜!」


(なんか懐かしいな……こいつらは俺が入団した時も今みたいなノリで話しかけにきてくれた、だからすぐに打ち解けられたんだ。)


 ちょっとさわがしすぎる気もするけど、やっぱりこの人たちは温かい。


「……それじゃあ、お別れだな」


 銀髪が、紫髪が、黒髪が、茶髪が、赤髪が、桃髪が、青髪が、緑髪が一列に並んで、そよ風になびいている。


(たった一ヶ月ちょいの仲だとはいえ、いつだって別れは寂しいもんだな。)


 その列の中に春風夏はるかぜなつはいなかったけど、実は皆の隣で笑っているような気がした。


 ——出会いは偶然、別れは突然。そういうのがごく普通の人と人との関わり方なんだ。


 ここで最後にみんなへの別れを告げよう、何一つ心残りのないように。


「バイバイ、サンキュー、元気でな!!」


 団員たちと拳を合わせ、ハイタッチしてはハグをして回った。


「さあ行って下さい、頼みましたよ……!!」


「……よっしゃ、行ってきます!!」


 皆に背中を押されて見上げる空、そこには錯覚か光の道が見えた。思いっきり飛び上がって、空間のゆがみに手を伸ばす。


「さあて。この先は地獄かはたまた天国か、どこに繋がっているかは分からんが」

 

 風に流されないように、青のマフラーをぎゅっと握りしめた。


「絶対に、このゲームを終わらせる!!」

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