第54話 相棒との再会

「それじゃあ、やったりますかあ〜!!」


 腕におのが振り下ろされる瞬間。余力を振り絞ってうつ伏せ状態から脱却だっきゃく朦朧もうろうとした意識の中、双剣をつかむために右手を伸ばした。


「アハハッ、まだコイツ諦めてねえのかよ、滑稽こっけいだなあ。あんだけめった刺しにしたんだ、もう意識を保つのも精一杯だろ……?」


 双剣は照準を見定めた、突破口を見出した、致命傷にならないスレスレのラインをえぐり抜くために編み出した必殺の構え。


「……おい、何やってんだコイツ!?」


「……嘘だろオイ、腕ちょんぱされるのが怖くなって、自殺しちまったのかよ。こりゃ笑いもんだぜ!!」


 俺の双剣は、この右胸ど真ん中をぐしゃりとえぐり抜いた。大量出血、すぐに辺りには壮絶な歓声が巻き起こった。


「——いや待て、もしかしてコイツは、まだ死んでないのか!?」


「……自傷ダメージで状態異常を強制解除したのか!? なんだよ、やっぱコイツも相当に狂ってやがんじゃねえか!!」


 壮絶な痛みを耐えた先に、鮮明な視界は姿を現す。たとえ身体はヨロヨロでも。


(これで、動けるだろ……すきも出来た。これなら届く……!!)


 ——飛び上がった、雲間を掻い潜った、風を切った、空中を駆けた、空間を超越した。


人質ひとじち、開放……!!)


 人質野郎の顔面をキックして頂上から突き落とし、少女を左腕でかかえながら。


 笑った。それはせ我慢か作り笑いか、勝ち誇ったような全力の笑みだ。


「……そこのお前、さっき俺の行動を偽善と言っただろ。勘違いすんな、これは希望だ。俺は俺の思い通りの未来を描くために、この子を助けるって決めたんだよ!!」


 右手の双剣を突き出しかかげて、宣戦布告だ。今から始まるのが本当の乱闘、生きるか死ぬかのサドンデス。


 身体損傷のディスアドバンテージを埋める要素は、精神の水底みなそこから浮かび上がる。体力の限界解放リミッターブレイクと集中力の極限特化フルアクティベーションは、迫り来る強者の大行進を一手一手しのいでいく。


「……右腕しか使えないから戦えないと思ったか。残念、片方になろうとも俺が双剣使いな事には変わらねえ!!」


 しかしこれでも足りなかった、逆境を打開する最前衛のイメージが。状態異常解除の次に待っていたのは、粘着拘束だった。


「——残念、そっちの電撃投網とあみはフェイクだよ。俺らトッププレイヤーの手数を甘く見たなあ!!」


 次は撹乱かくらんの状態異常付与の煙と共にブラインド攻撃が物理的に視界を塞ぎ、対応は遅れ、どんどん不利になっていく。


 少女を守りながらの戦闘が、左半身の自由な動きを制限しているのか。


(しまった……!? この子ごと俺を殺る気か!? だめだ、避けれない……!!)


 かばうしかなかった。俺の左腕は長剣の剛斬スキルにねられ、空中を回転して血をふりまき、地面にポトリと落ちた。


「ぐはっ……!!」


 足から引きずり下ろされて、再び地面へとうつ伏せダイブして。振り下ろされたのはひじ、全体重のかかった強打。


「……油断大敵、まったく油断も隙もねえぜッ!!」


 足元までがっちりと押さえつけられて動けない、長剣は残った右腕に振り下ろされる。


(左手もないし、今の俺にはこの子を抱えて逃げることもできない……!!)


 ——だめだ、覆せない。


 トップ層ガチ勢プレイヤーが本気でお宝めがけて集まる頂点で一人、人質を守りながら戦う。こんなのは無謀な挑戦だったのか。


 でもここで諦めたら、選択肢は無視できない二者択一でしかなくて、二兎にとを追う者は一兎も得られないことを認めることになる。


 考えるにはもう遅すぎた。切断された左腕は痛みを通り越して感覚麻痺まひ状態。


 ——なあ、どうしたらいい。


『力が欲しいか……?』


 黙れ。力なんて欲しくない、そんな借り物の力なんていらない。


 でも、俺にはもうこれ以上どうしようもなくて、状況は変えられない。


 やはり認めざるを得ないのだろう、天秤、選択肢というものの重さを。


 ——その時、剣が弾かれる音が聞こえた。


「なんだ、なんだなんだ……何で何もない所で攻撃が弾かれるんだよ!?」


 右腕にかけて何度も長剣は斬りつけられるが、そのことごとくが何かに弾かれた。すると、ちょっとばかり耳に響く声が聞こえる。


(やっぱり、この声は……!)


「——まったく、あんな大見得おおみえきっておいてこのざまですか……でも安心しましたよ、そらさんが完全無欠の超人じゃない事が分かって」


 流通屋だ。小刀で長剣を軽くいなす姿に、どこか見覚えのある安心感を感じた。


「ほんと見てられませんね、いくら何でもあなたは無茶しすぎなんですよ……!」


「……流通屋、良かった、本当に来てくれたんだな!!」


「当たり前じゃないですか、お困りとあらば颯爽さっそうと駆けつけて、いつでも迷えるお客さんのサポートをする。それが流通屋のお仕事ですから……!」


 同時に頼もしさを感じた。ため息混じりにボロフードはひらりと。


 目を奪われた。今まで見えなかったフードの中には、ダークブロンドの髪が隠されていたんだ。その光景はまるでタイムラプスで撮影するような画角で、フィルター越しにキラキラとエフェクトがかかって見えた。


『完全回復ポーション』はバシャリと顔を伝って、左腕は再生する。


「これで腕も治ったでしょう。感謝して下さいよね、これはかなりのレアアイテムなんで予備も無いんですよ。まあ積もる話は後です、いいから早く立って下さい……!」


 流通屋は『盗人』の付与効果スキルで周囲数十名の武器を、既に奪い尽くしていた。おかげで人質を逃がすことが出来た。


「おやおや、ノーチスにブルガーノ、ファイスにウルドール。Sランクレギオンのトップ層が勢揃せいぞろいみたいですねえ。まあ、サクッとやってしまいましょうか……!!」


『”影避け”のマント』の全身透明化と、能力off時の可視化状態の高速切り替え。


「……な、なんで流通屋がここに!?」


「……流通屋がなんで、お前は誰の側にもつかないんじゃなかったのかよ!!」


 その戦い方は、まるで残像を操る影使い。相手はバタバタとぎ倒されていく。


「すごい。流通屋って、こんなに強かったんだな……!!」


 流通屋は自分の『Lv.95』レベル表記を見せ、フードをかき分け笑う。


「もう今年で二十六年目ですかね、あまり戦闘は好いとらんのですが。これだけ生きてりゃあ、レベルも勝手に上がるんですよ」


 つまり、流通屋は実質的に生きてきた年数で考えても俺より断然年上。この子は、ずっとこの世界で生きてきたのか。


「……すまない、手を借りるぞ!!」


「いえいえ。どうせ乗りかかった船です、やるからにはとことんやらせてもらいますよ〜!」


 ステルスを随所ずいしょで活用した華麗なステップに、マントの下からひらりと見え隠れする小刀は予測不能の撹乱かくらん攻撃。


「これでもうあなたをはばむものはありませんよ、思う存分ぶっ放してやって下さい!!」

 

 流通屋の示すハンドサインは、それはそれは綺麗なグッジョブサインだった。


『Lv.89』『Lv.87』『Lv.88』『Lv.86』『Lv.89』『Lv.91』『Lv.88』『Lv.92』『Lv.87』『Lv.85』『Lv.94』『Lv.84』『Lv.86』『Lv.89』『Lv.93』『Lv.91』


 一気にレベル提示してビビらせる作戦か、馬鹿高い平均レベルは視界を舞う。


(……ありがとう、信じてたよ。)


 背中に隠された双剣は、すいっと腕の可動域を凌駕りょうがして打撃を斬撃の中和を形成、しなやかに攻撃を流した上で転倒させる。


 一秒に一キルペース。背中の後ろ、肩の斜め上、頭上から背中、左脇ひだりわきと巨大なフラフープを描くような剣撃の乱舞は止まらない。


「何だよその構えは、これが剣を交えた時の感触……!?」


「正しい持ち方で、正しい角度で、正しい力のかけ方をしてやれば……って奴よ。今考えた緩衝斬撃剣舞ソードパフォーマンスだ……!」


 生きるか死ぬかのサドンデスは、一瞬にして無双系ゲームへとなり変わった。


「Foo! やっぱり、あなたは最高の相棒ですね……!!」


「……そうか、腐れ縁の間違いだろ?」


 そんなこと言いながら、心の中では流通屋には感謝しているけども。


「もう、ノリの悪さは折り紙付きなんですね〜!!」


 簡単な話だった。めちゃくちゃ横暴な奴らがめちゃくちゃ攻めてくるなら、それ以上のスキルで正面突破してやればいい。ルールは簡単、最後まで生き残れば勝ちだ。


 頂上の大乱闘。今この世界は、俺と流通屋の二人を中心に回っているような気がした。いや元々、俺たちが今日この場の支配者で、ゲームクリエイターだったんだな。


 第一ウェーブは全壊する。次に迫ってくる層はさらにスピードも速く、斬り込み・殴り込み速度が段違いだ。


「トップ層の高等テクニックを見せてやんよ、速度アップ完凸突撃だぜ……!!」


「……却下だ、このオーディションからは降りてもらうぞ」


 第二ウェーブで終了したと思ったら、第三ウェーブは空から急降下する。ヘリコプターから十数名がパラシュートで着陸。


「そろそろ俺たちの出番ってとこかなあ、まずはお前の鍵からいただくぜ。覚悟しとけよ……!!」


「……ってどうして、倒れないんだ。リーダーの少林寺拳法が効かないのか!?」


 その後のボクシング、柔道、合気道の連携突撃も軽々と受け流される。


 流通屋が言うに、トップ層のプレイヤーは現実で格闘技や剣道などの経験者率が高く、一般人とは強さがワンランク違うらしいが。


「……こちとらやべえ青年の爺さんから特殊な訓練受けてんだ。そこらのアスリートに負けるかよ!!」


「毎日素振り一万回して、栄養たっぷりご飯をたらふく食って、たくさん寝て……そんな生活を二年間続けたんだよ」


 ここには自動回復システムがあるから筋肉痛になることはない、俺はそんな常識をただの自主練習でくつがえした。


 事故最高記録の一日素振り五万回。この世界にギネス世界記録があるなら、ぶっちぎりの一位である自信はある。


 ——圧倒的な基礎体力への自信だ。


「スキルのスピードや重さや威力、それらの全ては使い手の技量で決まる。足取り、関節の角度、腕と肩それぞれの使い方ひとつでも技の威力に雲泥うんでいの差が生まれるんだ」


 気づけばもう敵は残り一人になっていた。歩み寄り、剣を首元に突きつける。


「……お前がもう一つの鍵の所有者だったな。安心しろ、こいつらは意識を失っているだけだ」


 鍵所有者の男は格の違い思い知った。目の前の少年が、自分には到底敵うはずもない存在であることを認めるしかなかなかった。『天秤の鍵』はあっさり手渡された。


「あれでも手加減してたのかよ……えっと、一つ聞いてもいいか。何で、お前はこんなに強いんだ……?」


「そりゃあ、この争奪戦は俺が意図して起こしたんだからな。負けると思ったらここには来てねえよ」


 すると流通屋は横から顔を出して、俺は言わんとすることに気づいて苦笑いする。


「何言ってるんですか。私が来てなければ、相当危なかったじゃないですか……!」


「……ああ、そうだったな」


「そうだったな。じゃないですって……本当しっかりして下さいよね〜!」


 残念ながら今回のVIPは流通屋みたいだな。ほんと不思議だよ、なぜか流通屋なら絶対に来てくれる気がしたんだ。


「待てよ、一体これはどういう事だ……?」


 今一度、事実を飲み込めていない男に向かっての一言。


「——この戦いの首謀者は俺たちだ。他の誰にも権限は渡さねえよ、この腐ったゲームを終わらせるのは俺だ」


「形はどうあれ、俺たちはまんまとお前らの罠に引っかかったって事か……」


 こうしてSランクレギオンは全員戦闘不能となり、争奪戦は幕を下ろした。

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