第53話 交渉は決裂する

「おいボケっと見てんなよ、早くそいつを取り囲めえええッ!!」


 今ごろ駆けつけたプレイヤーも含めてここにいる野次馬は全員、敵となった。


「契約はどうしたんだよ、勝利者に鍵を譲渡する約束だっただろ……!!」


 まるで何回も予行演習していたかのように、敵は圧倒的な団結力と一体感で四方八方から押し寄せて来る。鍵の所有者はリングの外からニヤリと笑う。


「個人契約のペナルティは直接契約を結んだやつに課されるんだよ、つまりこのクソゲーマーが苦しめば済むって事だ!!」


 契約自動破棄。悲鳴、契約を破ったことになったゲーマーの腕は切断され、血飛沫ちしぶきき散る。同時に笑い声も聞こえた。とても直視できるような光景じゃなかった。


「ハハハッ、まさかあんな自信満々で負けるなんて、情けなさすぎだろ。こりゃあ自業自得ってやつだな……!!」


 システムの裏をかいた詐欺。システムをよく理解していない被害者を狙った、巧妙こうみょうな手口にまんまと引っかかってしまった。


(……しくじった。あの時、鍵の所有者と契約を結ばないと意味なかったのか。)


 鍵の所有者とあいつが仲間だと勝手に決めつけてしまったのが駄目だった。そもそもここでは仲間だから協力するなんて常識は機能しないのか。


(これがお前らのやり方かよ。もう、強行突破するしかないか……!)

 

 なんとか技を駆使して応戦するが、敵の数は一向に減らない。


「はーい注目〜、見えてますかあ〜!!」


 聞こえてきた声の先、とある少女が首元にナイフを突き立てられているのが見えた。


「はい動くなよ〜、もし一歩でも動いてみろ、その瞬間こいつの喉元のどもとはぐちゃぐちゃにかっ切れてお仕舞いだぜッ!!」


 その生々しい男の声と目の前の光景に、身体はピクリと止まってしまった。


「その反応はビンゴみたいだなあ、お前ら仲間だろ。さっき見た奴がいんだよ、あいつがこの女を必死に助けている所をなあ!!」


 すぐに俺は捕まった。顔を押さえつけられ、地面に擦り付けられ、踏みつけられた。


「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ……私がドジなばっかりに……!!」


(今度は人質ひとじちかよ。こいつら、人のことを何だと思ってるんだ……!)


「……君のせいじゃない、だから謝らないでくれ!!」


 俺は必死に叫んだ。泣きながら謝り続ける少女はさらに脅され。少女にナイフを突きつけながら、男はニヤついた顔で叫ぶ。


「俺たちは最初から決めてたんだよお、まずは不確定事項から始末しようってなァ!!」


 周りの人たちも、クスクスと笑い出した。また別の男がヨロヨロと近づいてくる。


(こいつら、最初から全員がグルだったのか……!?)


「はあ、注意しといて正解だったぜ。危険物は取り扱い注意ってな……!」


 背中に一発ナイフを食らうと、手足の先からしびれ出して動かなくなって。スタン……睡眠もか、意識も何だか朦朧もうろうとしてきた。


「もういいの、私のことは気にしなくていいから。早くその剣を取ってよっ、またさっきみたいにカッコよく戦ってよ……!!」


 笑い声のうず。背中から何度もナイフで刺され、それでも俺は動くことができなかった。


「……もういいから、それなら逃げて、早く逃げてよっ!!」


 もう遅かった。少女は叫び続けるが声は意識から遠のいて、肉体的にも精神的にも、とても逃げれそうになかった。


「不思議なもんだよなあ。お前はトッププレイヤーをもしのぐ実力を持っているのに、何かが俺らと違うんだよなあ……この世界は、正気じゃあやっていけない。なのにお前は、俺たちみたく吹っ切れてねえんだよ!!」


 のぞきこまれる。その男の眉には大きな古傷が刻まれており、顔面はあまりに狂気に満ちていておぞましい。


「狂ってねえんだよ、可笑おかしいんだよ、気色悪いんだよ。だからめちゃくちゃに狂わせてやりてえんだあ。今だって、りたくてウズウズしてたまらないんだッ……!!」


 意味が分からない、ごちゃごちゃした感情が全て暴力による快楽にでも変換されてしまっているのか。


 ——やっぱりだめだ。


 あの時と全く変わらない、この世界に馴染んでしまったプレイヤーは全員、狂っている。人として越えてはいけないラインを、易易やすやすと越えてしまっているんだ。


 簡単に人を騙すし、裏切るし、何の躊躇ためらいもなく人を傷つける。自分のことしか見えてなくて、怖くて辛くて痛々しい。


「はいッ、攻守交代いい!! はいッ、もう一丁ッ……!! はあ……これだけやっても全然反応がねえんだ、つまんねえなあ」


 動けない所を背中を何度も何度もめった刺しにされて、小さなうめき声が漏れる。少女は”やめて”とただただ連呼する。


「そうだいいこと考えたァ、はあい……! 今から人間の解体ショーを始めるよ〜♪ こいつの手脚てあしを順番に切り落として、いつまでその”偽善”を保てるか試していこうぜ〜!!」


 ナイフをおのに取り替えてもらって、奴はまた近づいて来る。足音のカウントダウン。やはりどうしても、身体は動かせなかった。


 ——ここにいる皆は変わってしまった。でも、俺は変わってない。


 今の状況が最悪なのには変わりない。だけど今の俺にはそんな最悪を、最高に塗り変えてしまうほどの力がある。


 創造と流動の本質は変化すること、その時のコンディション次第で可能性は無限大。そう、今が最悪の逆境だからこそ、今こそが力の見せ所なんだ。

 

(今さっき、あの子を守るって決めただろ。絶対、あきらめてなんかやらねえ……!!)


 いつも困らせられてきた。天秤てんびんにかけられた二つの命の重さを見極めて、正しい選択する事を。今回は自分が負傷して戦えなくなってしまうリスクと、女の子ひとりの命。


 俺は思った、そもそも天秤てんびんという呪縛じゅばくを作り上げてしまうことがいけないんだと。だから俺は今ここで、その概念ごと吹き飛ばす。


 ——どちらも大切で、二つの中から選べないのなら、両方選べる道を創り出せばいい。


(そうだ。こんなのに手こずってちゃあ、ラスボスにかなうわけがないよな。よしいける、脳内シュミレーションは完了した……!)


 ——その頃、ふもとでは。


「兄貴が言っていた通りになりましたね。どこからともなく次々と敵がいてきます。兄貴は今も頂上で戦っているんです、少しでもお力添ちからぞえとなれば良いのですが……!」


 リージア元隊長の放つ回しりは、危険人物を次々と気絶させていく。グローチスのメンバーたちは乱戦の激化を防ぐため戦うんだ。


「(あの頃は、ずっと周りの人たちが馬鹿だと思っていた。だからついて来れない奴はその人の責任だし、バッサリと切り捨てることが正解だと本気で思っていた。)」


「(でもそんな中、そらの兄貴は教えてくれたんだ。中途半端に力を誇示してる奴が、一番カッコ悪いってことを。)」


「(自分のせいで苦しんだ人たちを助けてくれた、そしてあろうことか許されるはずもない自分にまで手を差し伸べてくれた。やっぱり兄貴は最高の兄貴だ……!!)」


 戦況に合わせて補給班と戦闘班を入れ替え、かき集めておいた回復アイテムで他レギオンの重傷者を手当てしていく重要な役割。


 銃剣の牽制けんせいからの殴打。銀髪黒メッシュと銀髪二人組は、背中合わせで共闘する。


「……右だ。左からも来てるぞ、周りをよく見ろグラント!」


「分かってるよ。自分の心配だけしてろよ、リージア総長!!」


 ようやく仲を取り戻した二人。あるプレイヤーの死によって破綻はたんした関係性が、再び修復される事だって全然あり得る事だった。


「(空木蒼うつろぎそら、あいつは本当に凄い奴だったな。あの時、あいつが手を差し伸べてくれなかったら俺は今頃どうなっていたのだろうか。)」


「(恋人のアリナを無くしてから、俺は何にもできなくなった。それからは、グリシアレギオンに復讐することしか考えられなくて、どんどん非道な道に染まっていった。)」


「(でもあいつは違った。俺と同じ境遇に立たされた時、人を傷つけないために他人と距離を置いたんだ。不幸を振りまいて回った俺とは大違いだな。)」


「(あんな事があったってのに、今も最前線を切りひらいているんだぜ。今ならスナッグの言った言葉の意味が分かる。『蒼ならこのゲームを終わらせられる』って……!)」


 ——スナッグ総長の思いの丈は。


「(僕はひと目見るとその人がどんな能力を持っているのか大体分かる。初めてだったよ、そんな僕の審美眼しんびがんをもってしても力の底を見抜けなかった人物は。)」


「(本当に不思議な初めての感覚だったよ。彼が通った道には光が差し込んでいくようで、周りの人達は自然と突き動かされる。何の根拠もない、カリスマを感じたんだ。)」


「(それじゃあ皆で見届けようとしよう。突如現れた謎の少年、空木蒼うつろぎそらの行く末を。僕は信じる、そらがこの世界をゲームクリアに導いてくれると……!)」

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