第51話 並行世界の頂上へ
——富士山、最終争奪戦の日。
平和を勝ち取るための戦争は、今始まろうとしていた。
「お前らは
ユーミアは駆け足で俺の腕を握って揺らし、リミスは後頭部にダイブしてきた。
「一人で行くつもりデスか、さすがにそれは危険すぎます……!」
「そうですわ。せめて、数名くらいは連れていった方がよろしいのではないでしょうか」
レベル表記を提示する動作、その力強い笑みは崩れない。
「そんなに、俺が心配か……?」
『Lv.87』の表示が浮かぶと、二人の表情から不安が消えて、驚きに変わった。
「なんじゃそりゃ……この二年の間に、何があったんデスか……!?」
(正直、レベルなんてもう関係ないんだけど、こうすれば二人も安心してくれるだろう。)
「ほら、これなら心配いらねえだろ。お前らにはここの見張りを頼んだぞ、でもまあ、あまり無茶はしないでくれよ」
そう言って首元にマフラーを直すと、すぐに再び走り出した。見上げると、暗闇の逆光が目をちかちかさせる。
「(……そうか、これから
スナッグ総長はその小さな背中を見て再び思った、その思いを
グラントは不思議に思った。確かにあの時その少年は自分と同じ深い絶望に追いやられた、なのに今はそんな過去があったのか分からないくらいに未来を見つめていることに。
頂上に繋がる一本道、上下左右にくねった坂道をただ走り抜ける。乱戦が激化する前に、誰よりも早く頂上にたどり着いてやる。
「
このゲームを終わらせない限り、争いがなくなる事はないだろう。だから、今日ここで無意味な争いに終止符を打つんだ。
鍵の情報を開示したことで、各レギオンは今ここに集結した。
やはり予想は的中した、世界に二つしかない詳細不明な激レア匂わせアイテムに加えて、流通屋のガチ宣伝。
そりゃあ人は敏感になるだろう。後はもう一つの鍵の持ち主が見事、釣り針に引っかかってくれる事を願うばかりだ。強者は
「お前らが何レギオンの誰かは知らないが、ここは通らせてもらうぞ」
急斜面の一本道には、レギオンの団員でごった返している。侵攻に気づいた一人の男はすぐさま『大棍棒』を振り下ろす。
発動された『ブラストバースト(破圧)』の烈光は、ただの木刀でへし折られた。人を傷つけないために、道中で双剣は使わない。
「……行く手を
こいつらは上からの指示で動いているのか、それとも自分の意思で頂上を目指しているのか、まあどちらでも良い。
(まったく、朝イチの最速で来たはずなのに、何で先を越されてるんだよ……! わざわざワープ不可地点に設定したのに。)
上段は既に占拠されており、大岩が雪崩のように落とされる。ゴロゴロの妨害だ、華麗なステップで回避して進め。
「ずいぶんと手荒な妨害工作だなあ。落とすなら、もうちょっと安全な物にしとけよ」
まただ。今度は『しんぴの長槍』からの『ホーリーメイス(突貫)』だ。その薄緑のオーラには木刀、青空のオーラで打ち返す。
そしてまた次の敵、『鋼鉄のハンマー』からは『クラッシュバーン(打壊)』が。
——流動。重々しき鉄塊には木漏れ日の斬撃で
また前方には敵、勢いよく引っ張られた『増殖パチンコ』からは『ブロードショット(爆射)』の発射。パチンコの持ち手が離された瞬間、球は数十倍に拡大する。
攻撃範囲内には、倒れ込んで動けずにいる少女がいた。それに気づいた瞬間。
——流動。鉛直方向を無視、あらゆるものは地面であり足場へ。
少女の元へ飛び込み、すぐさま抱え込み、地面を蹴り、樹皮を蹴り、崖を蹴り、敵の頭上を飛び越えた。
「……よそ見してんじゃねえ!!」
後方から『トリプルツイスト(貫圧抜)』が発射される。超巨大化三連弾の射撃。
俺は少女を左腕で抱えながら、木刀を持つ手首をくいっと
——流動。迫り来る鉄球には雷光の三連軽斬撃の撃ち落とし。
またもや前方に迫る『肉球パンチ』の『ビーストナックル(打刺)』に対応、右手でひらりと受け流し、腕から転倒させた。
一本道はやけに騒がしい。『飛翔の弓矢』の『ブレイブアローウィング(爆波貫)』は超高圧力。
——流動。飛び回る火鳥には木枯らしの小斬撃で反発。
木刀と少女を抱えて登る坂道、『
——流動。飛翔する飛び道具には大嵐の風圧斬撃で抵抗。
「す、すごい……!! どうなってるの、あなたってこんなに強かったの……!?」
この腕の上。少女は声を出して驚くが、負傷している腹のダメージに苦しむ。落ち着いて、顔をよく見てみると気がついた。
「あれ、君は、あのつば吐き男と一緒にいたハンマーの……! 何でこんなひどい傷……仲間はいないのか?」
「置いてかれたんだよ……私ってさ、いつもドジでノロマだから皆に迷惑かけちゃうんだ……そんな事より、何であなたは助けてくれるの。私は他のレギオンで、しかもあの時私はあなたを傷つけたんだよ……?」
ずっと辛そうな表情の少女に向かって俺はふっと一息、微笑んだ。
「理由なんているかよ、困ってる人を助けるのに理由なんていらないだろ」
「……駄目だな。またドジしちゃった上に、関係ないレギオンの人にまで助けられちゃうなんて私、ほんとに駄目駄目だよ」
それでも少女は
「組織とか立場なんて関係ねえ。俺はどんなときだって君みたいな、頑張っている人の味方なんだよ……!」
この子は頑張っている、自分の欠点をちゃんと問題視して本気で直そうとしている。
本来
「だったらさ、ウチに来なよ。グローチスの人たちは変な人が多いけど、根は優しい人ばかりだぞ!!」
俺は作りたい、心優しい人たちが苦しまなくていい世界を……誰一人として理不尽な理由で殺されたりしない世界を。
そんなものはたとえ現実世界だとしても叶うはずのない夢物語なのかもしれない、でも夢は思い描くことが始まりなんだ。
「……気持ちは本当に嬉しいけど無理なんだ、脱退には費用がいるんだ。私なんかに払えるはずもない量の素材アイテムが」
(脱退費用のこじつけ、囲い込み……ここの奴らはそんな事までしているのか。)
「ごめん、無理なことを言って悪かったな。でも安心しろ、俺は今日でこの世界を終わらせに来た。もう少しの
そうだ、最初っから戦う動機なんて単純だったじゃないか。俺の行動原理は。
困ってる女の子を助けるために戦う、俺はそこさえブレなきゃいいんだ。
(夏はもうここにはいないけど、これからだって、一人でも多くの人を救える可能性があるのならば俺は戦う……!)
——胸を張って見送れるように。
——胸を張って再会できるように。
「……ありがとう。頑張って、応援してる」
少女にポーションを渡して安全なわき道に運んだ後、再び山道を駆け上り始めた。
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