天秤の鍵争奪戦

第50話 特攻隊長の帰還

 ——ただのファストフード店。


 手のひらに乗っけた『天秤てんびんの鍵』を、ちらりと見ながら。


「とにかく、もう一つの鍵を探せばゲームクリアの道は開けるって事だよな。ならやる事は一つだろ。今更わざわざくどいことはしねえよ、一発だ、一発でドカンと大当たりをかましてやる……!」


 今は、これまでにないほどゴールが近づいている実感がある。


「カモン……流通屋!!」


 分かってるんだよ、こうやって適当に呼んでもあいつならあら不思議。


「はいはい来ましたよ、呼ばれて飛び出てやって来ました〜!! 久しぶりですねえ、いきなりでビックリしましたよ」


 秒の時間差で姿を現すんだよな、しかも目の前に。ビックリしたと言いつつも一瞬で反応出来てるし、こっちがビックリだよ。


「また呼んでくれて安心しましたよ。二年間もの間、私の目から逃れるとは、あなたやはり只者ただものじゃありませんね……!!」


「……この鍵が、見えるか?」


 例のアイテムを目の前に提示して、用件を簡潔に伝えた。


「これと同じものか、もしくは類似したアイテムの在処ありかを追跡できるか……?」


「すいません、この種類のアイテムは見たことがありません。だからその依頼は———」


「……流通屋、そこでお前に頼みがあるんだ。今回は一世一代の大仕事だぜ、ちょっくら気を引き締め気味で頼むぞ」


「この時間のこの地点にもう一つの天秤の鍵の持ち主が現れるという情報を、全レギオンに出回らせてくれ……何日あれば出来る?」


「キーワードはゲームクリアのアイテム。ここ重要、ピンと来て無かったとしてもしっかり植え込んどけよ。特に上位レギオンは、重点的にな……!」


 流通屋はフード越しでも苦笑しているのが分かった、それは興奮の笑い。


「富士山頂上……あなた、今度は何をしでかすつもりですか……?」


「なあに、流通屋は戦争を誘発してくれればいい、それ以外のリスクを負わせはしないさ。ちゃんと対価も用意してやる、領有権、俺が所属していたグローチスレギオンの持つ領有権の全てを割譲してやるよ」


 流通屋は落ち着きがない、何やら小声でぶつぶつと喋っている。


「え……対価が必要ってのは見当違い……いやまあ、面白いから良いか。契約なんて後から取り消しすればいいし……」


「……はい、じゃあじゃあ契約承諾ヨロシクです〜!!」


『任務遂行完了時:指定範囲の領有権割譲』

『Yes—条件を受諾しました』


 ごめんよグローチス。契約した所で、ゲームクリアするんだから許してくれるよな。


「本当あなたって人はとことん、とち狂ってますね……!」


「……なんだと、お前も大概だろ。まあだからこそ信用してるんだけどな、お前の流通屋としての能力を」


 ——これで準備は整ったわけだが、一つ寄っておかないといけない場所があるよな。


 グローチスレギオンのある中学校、それは俺が逃げ出した場所ホーム。あの乱戦での事件以降、メンバーと顔を合わせる勇気すら持てなかった。勝手に暴れて勝手に逃げて、皆には迷惑を沢山かけた。だから謝らないと。


「……久しぶり、いきなりですまないが……スナッグ総長はいるか?」


 団員に許可をもらって総長と顔を合わせに校長室へと向かうと、なぜか廊下には人だかりができた。そこには見慣れた顔ぶれも集まっていて、なぜか俺は囲まれていた。


「うおお、これが伝説の特攻隊長か!!」


「……まじかよ、あの一人で百人の相手をしたっていう!?」


 見慣れぬ顔ぶれも含めて、思いもよらぬ歓迎だった。あんな別れ方をしたのに。


(なのにこんな扱いなんて。スナッグのやつ、何を吹き込んだんだ……?)


 でもここにはリミスにユーミアもいれば、ピリッツもフロットのイツメンもいて、キレーナ副長もミスリーもいて。


「二年間も、一体どこで油を売ってたんですか。蒼サンがいなくなってからは、本当に大変だったんデスよ……!」


「良かった……生きていたんですね、リミスちゃんはこんな風に言ってますが、実は割とけっこう心配していたんですよ?」


「むむ……ユーミア、なに勝手に口走ってるん

ですか。勘違いしないで下さいよ、蒼サンがいないと戦力的に困るって話デスから!!」


 いいのかよ、嫌わないのかよ、俺は力におぼれてあんな酷い姿をさらしたんだぞ。


「勝手に出て行っちまうなんて、水臭いじゃねえか。あの乱戦が起こった時だってそうだ。でもお前って最初っから変だったから、ある程度は仕方ないかって思えちゃうな」


(おいフロット、変ってなんだよ……!)


「そうだな、そらは普段はたのもしいんだが、時々変な方向に暴走するからな。そのおかげで助かっていた場面も多いのは事実だが」


(ええ、キレーナさんまで……!)


 なんかむしろ落ち着くな。ここの雰囲気はピリピリなんてものを感じる余地もないくらいに、にぎやかだから。


 人混みの中、グラント総長は合間をくぐってやって来た。最初に出た一言は。


「ようやく返ってきてくれたんだな、そら。おかえり、ウチの特攻隊長、僕たちはずっと君の帰りを待っていたんだぞ……!」


「もし蒼君が帰ってきたら、歓迎しようって皆で決めてたんだ。僕たちも苦しかった、でも一番苦しい思いをしたのは君だから。たとえどんな風に変わっていたとしても、黙ってむかえ入れてあげようって」


「……ごめんよ、あの時は人の気持ちも考えずに。君にばかり辛い役目を押し付けてしまって、本当にすまなかった」


「——大丈夫。いいんだ、俺のことはもう心配しなくていい」


「君一人に責任を負わせるってのは間違っていた。——大変だもんな、大切なものを任される立場ってのは」


 スナッグ総長は相変わらずの銀髪と黒のメッシュだが、その隣には二人ほど強者の影が見えた。その正体はリージアとグラント。元隊長と、あの乱戦の首謀者だ。


「今はこのメンツで三代巨頭を張ってるんだ。グラント君が今こうやって立ち直れたのも、リージア君が今大活躍してくれてるのも全部、蒼君のおかげなんだよ……!」


 あれからグラント率いるビビアールレギオンの一部メンバーとグローチスは融合し、それで上手くやっているらしい。


 後期出現者もいくらか増えてメンバーは百人を超え、BからAランクに発展。かなり大規模なレギオンになったようだ。


 二年も経ったんだ、ここに戻る時はそれ相応の覚悟はしていた。でも何にも変わってないんだ、あの時の皆と。


(そうか、総長は俺がいない間もずっと守ってくれていたんだな、ここにいる皆を。やっぱりすげえや、総長は……!)


 総長は皆のことを第一に思っているからこそ、あの時俺を引き止めようとしたんだ。夏の死を何とも思っていなかったわけじゃない、その先のことを考えていたんだ。


「……君はあの時、自分を酷く責めていた。でも、自分では気づいていない所でも、人を助けている事だってあるんだよ。見ろ、これが君の救った命だ!!」


 俺が奪った命で、救われる命だってある。それはまるで天秤てんびんのような二者択一で、救いがある裏にある残酷だ。


 違う、俺が救ったんじゃない。あの時、夏が止めてくれなかったら、俺はこいつらの事も傷つけていたのかもしれない。


 ——だから、これは夏が救った命だ。夏のおかげで今ここに皆はいる。


(ありがとう夏……なんだよ、俺なんかより全然カッコいいじゃん、こりゃあ主人公ヒーローの座も奪われちまったかな。)


 ここからは名誉挽回めいよばんかいムーブだ、つまり汚名返上する時がやって来たという事。


 首に巻いたマフラーを整えながら、総長に事情を詳しく話すと。


「……分かった、そういうことならウチも総力をあげて協力させてもらうよ!!」


 さすが流通屋、もう情報伝達していたか。仕事が早いな。


 決行は三日後の正午、グローチスのメンバーに頼むのは乱戦による争いの阻止、つまり死者を減らすことだ。目的地に設定した富士山のふもとで待機してもらう。


 平和にゲームクリアという共通の目標に向かっての、一致団結。今の俺は鍵の持ち主であり、ゲームクリアの鍵でもある。


「みんなも、これが最後の争奪戦になるだろう。用心しとけよ……!!」

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