第48話 成熟の極地

 師匠とあやさんは、百歩くらい離れた後方から、俺の姿を心配そうに見つめている。


「もう邪念には勝った。今度は常識をぶち壊す、この修行の成果の集大成でな……!!」


 ——そろそろ、始めよう。


 何でもないただの一プレイヤーの、未だかつてない前代未聞の挑戦を。


 師匠とあやさんは、俺に色んな事を教えてくれた。それは単純でいて、すごく大切な事。


 俺は気づいた。自分が今まで、ゆっくり息を吸うことすらも忘れていたことに。


 俺は知った。頑張ることと、無理をすることの違いを。時には風景をゆっくり眺めて、ぼーっとしてみることの大切さを。


 過去にすがったり未来ばかりを追い求めるのをやめ、あえて一度立ち止まってみること。そうすることで実際、見えてくることも沢山あるんだ。


 生きる中で感情が上下するように、環境も常に変わり続ける。でも精神がぐらついた状態だと、環境はガチガチに固まってしまって柔軟には変化しなくなる。


 ——俺は忘れていた。自分が、創造者であることを。


 どうしようもなくなった時、行き詰まって八方塞がりになってしまった時に、この手で最高のハッピーエンドを創り上げる能力を持っていることを。


 俺は思い出した。今はまだ絶望するべき時でないことも、どれだけ辛い思いをしたって何度でも立ち上がると決めたことも。


「だから俺はやっぱり、どんな未来だって突き進むよ……!!」

 

 ただむやみに身体を動かさずに、スキルにも囚われない。固定化された動きシステムモーションに流されず、自分だけの動きを思い描け。


 ——瞑想めいそう、深呼吸。スキルから技へ、今が技を昇華させる時。


 基礎を噛み締めて吸収しろ。基礎を理解し、根本を知り、探究を絶やさず、かたちを変え、創生しろ。


 俺は気づいた。師匠から習った流動の精神と、”創造”は驚くほどに相性がいいことに。


共通点キーワードは、これまでの常識をくつがえす大胆かつ精密なイメージ力……!)


 創造が”創り出す能力”だとすれば、流動は造り替える能力。流動を組み合わせれば、俺の創造はさらにステップアップできる。


 これこそ創造と流動の融合。何もない所から何かを生み出し、その具現化させたイメージ像をさらに精密に造りかえる創造性クリエイティビティ


「一を百に、百を一に。現実をゲームに、ゲームを現実に。対局の概念を流動させろ」


 光の集約、全身で構えられたこの双剣は一本の竹串でもあり二本の木の枝でもある。それは時に傘にもなれば電柱にもなり得る。


 岩を切り裂き、湖を打ち砕いて、太陽を背負い込め。暴風を泳ぎ、鋼鉄を飲み込んで、溶岩を内包し、山を潜り、海を駆け抜け、空を這って……地面を突き抜けろ。


 ——概念は消失し、再構築する。


【 流動:対局の連結 】


 剣に灯った情熱は、弱々しくちっぽけな幽光ゆうこうを形成する。幽光は大気を揺らぎ、天空をかっ切り、大地を横断し、音を根絶させ、はるか遠くにそびえ立つ氷山を一撃で破壊した。


「俺がやったんだ。こんな事……本当に出来るんだな……!」


 慣れない力を使い果たして、両手を両脇りょうわきに下ろし放心する。


 今回の不可能は決してやすい不可能じゃなかった。今回ばかりは正真正銘、本当に不可能を可能にしたんだ。


「良くやった、お見事だ。まさか本当にこんなぐにやり遂げてしまうとは……これは予定もだいぶ狂ってしまったなあ……!」


 あやさんはすぐさま握手しに、師匠ことがくさんは拍手をしながらゆっくり歩いてきた。


「……もう、俺はやれるぜ!!」


 そう言って自信満々に顔を上げると、岳さんは頭をぎしっと掴んできた。


「ああそうだな、そらには最初から見込みがあったから決めたんだもんな」


「決めたって、何を……?」


「ああそれは、この授かるはずのない技を伝授する事だよ」


「授かるはずない……どういうことだ?」


 今まで習ってきた流動の精神は習得不可、ならこの力はなんだというんだ。


「もうこの機会ですし打ち明けちゃっても良いですよね、岳さん……?」


 綾さんは岳さんに確認した後、流動に関する起源について説明し始めたようで。


「岳さんは伝授不能と言いましたが、正確に言うと数年単位じゃあ不可能という意味で、私たちも百五十年くらい練習してようやく使いこなせるようになったんですよ……!」


 アイキャッチで、俺の頭上に疑問符が浮かび上がったことに気がついた綾さんは。


「そう。今まで黙っていましたが、私たちはこの世界でもう二百年以上生きているんですよ、この内包結界に来たのも百九十年くらいのことなんです……!」


(綾さんと岳さんは二百歳……この世界は、そんなにも前からあったというのか。)

 

 見た目は若いから気付かなかった、数百のスケールで二人が年上だったなんて。そうかこの世界では、年はとらないんだったな。


「驚くのも無理はありません。この結界の外の環境はあまりに過酷で、普通なら十年も生きられれば凄い方です」


 そうか、二人は本当にずっとここで暮らしていているんだ。


「綾さんも使えたんだね、流動。ってもしかして綾さんの料理の食材って全部……!?」


 重大な事実に気づいてはっとした顔をすると、綾さんはニコッと笑った。


(まじかよ。流動って、汎用性はんようせいありすぎだろ……!)


 隣で腕を組んでいる岳さんは、めずらしく口数が減っていたが。


「そういうわけで、流動は本来ならば百数十年という単位で修行を積まないと得ることの出来ない代物しろもの。実を言うと、まだ当分はお前の面倒を見てやるつもりでいたんだが」


「いや、むしろこの”鍵”を渡していいかどうかも迷っていたのだが……約束は約束だ。ほら、これがお前が求めていたゲームクリアのかぎだぞ……!」


 差し出されたのは『天秤てんびんの鍵』、黄金でできた親指サイズの鍵だ。めずらしく説明らんつき、対になる鍵とアイテム調合することで扉は開かれるとのことだ。


「どうやらもう一つの鍵は現在、他のプレイヤーの手に回っているようでな。すなわちこのついとなる鍵をそろえた者こそが権限者、ゲームクリアの権限が与えられるんだ……!」


「なあに、今のお前なら探すのに苦労はしないだろう。自信を持て!!」


 その鍵が何のためにあるアイテムで、なぜこの人がゲームクリアの方法を知っているのかは分からないが。


(信じるよ、俺は信じる。この二人が嘘をつくような人じゃないということを。)


 でも流動の技を習得したということは、もうお別れっていう事だよな。


「……まさか、そら君があの子よりも早く去ってしまうなんてね」


 あやさんは、さみしげな表情でぼそっとつぶやいた。俺がまた疑問符を浮かべると。


「かつてこの世界のシステム管理者ラスボスに立ち向かった一人の少年。その子が私たちを守るために内包結界を作ってくれたんです。流動を教えてくれたのもその子なんですよ……!」


(この内包結界だけでなく、流動の技まで生み出した人物だと……?)

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