第46話 流動の精神

 ——それは唐突だった。


 いつものトレーニング終わり、風の吹く春色の菜花の上で昼寝をしている時。師匠は、しれっと言い放った。


「お前も、ようやくそれらしい面構つらがまえになったじゃないか……!」


「それって、どういう……?」


 実感がかなかった、その発表があまりにいきなりのことすぎて。


「今までのお前は危なっかしくて見ていられなかった。でもワシには分かる、今のお前になら技を伝授しても大丈夫だと。よしそら、お前を今日からワシの正式な弟子として認めよう……!!」


(それって、今までは弟子じゃなかったってことかよ……!)


「では早速、技の極意を教授するとしようかな……と言っても教えることは一つだ。いいか、今から言うことは全て”技”の真髄しんずいに通ずる概念、しっかりと頭に叩き込んどけよ」


 森林がざわめく、崖から見える世界は水墨画とは真逆の水彩画の風景。師匠の顔にいつもの朗らかな表情は無くて、ゆるやかにも緊迫した空気が張り詰めている。


「いいか、レベルなんてものは見せかけで幻想、ただのお飾りだ。もしお前がレベルや装備補正やステータスという概念を信じているのなら、今すぐその全てを捨てろ!!」


「お前も分かっているだろうがこの世界は、ゲームじゃない。ゆえにレベルなどという数値に絶対的信用をおく者は、痛い目を見る」


「レベル差や戦力差なんてものはいとも簡単にひっくり返ってしまうんだ、この世界ではな。とにかく、このことを念頭に置いておけ……!」


(レベルが……それに装備までもが、お飾りだと……?)


 確かに、今まで装備やレベルから見て格上の相手ばかりと戦ってきた。それでも勝ててたのは俺が創造者だからだと思っていたが。


 いやいや、レベルが強さにそこまで関与しないゲームなんてそうそうないだろ。


「お前は、一つのことを極め抜く達人になるためには何が一番必要だと思う……?」


「……え、達人? うーん努力、それとも才能、いや向上心か?」


「否、そんなものは全て常套句じょうとうくにすぎない。いいか、技を極めたいのならまずは基礎を大事にしろ!!」


「ある一つのものを極める者はときに人の行動原理とは外れた、あるいはそのまったく真逆の行動をする。だからこそ基礎を大事にし、常識から逸脱いつだつし、常識を覆せ」


「……基礎を大事にするのに常識を覆すって、何か矛盾してないか?」


 その指摘に対しては何の迷いもない返答、そのまま話は等間隔で進んでいく。


「これは矛盾ではない、それを矛盾たらしめるのは己の制約に従うしかない心だ。とにかく基礎を大事にしろ、基礎を疎かにするものは必ず基礎に泣く」


 おいおい、技の伝授と聞いて何を言い出すと思ったらまったく意味が分からないぞ。今の所、全部さっぱりなんだが。


「理念とは円環。例えば千変万化という言葉があるが、理念を千や万などという単位で表すなど、生ぬるい」


「理念は無限。レベル差の概念で表してみるとつまり、レベル一だと思えば一となり、百だと思えば百になるのだ」


「九十九のレベル差が対局において絶大な比重を占めていると思えば、それは大きな障害になる。だがなんとも思わなければ、なんの障害にすらなり得ない」


「その九十九という数字をどう受け取るかによって、そのす意味は変幻自在。お前がこの世界でのレベルなんてお飾りだと、本気で思えばレベルは本当にお飾りになる」


(レベル無視……本当にそんなことが可能だというのか。いや、何となく創造の精神に似ているような気もするか……?)


「このゲームの世界で、ステータスなんて表記を見たことは一度も無いだろう?」


(確かに、ステータスプレートにはレベルとスキル関連の表記しかない。)


「ワシはこの技を流動の精神と呼んでいる。そら、お前はこれからその技を理解し我が物にするんだ。この技を習得すれば、この世界のあらゆる理不尽な数値は意味を成さなくなる」


「既に決定された世界の真理を覆すには、それなりに手数を踏む必要がある。だが心配するな、お前には才能がある、しかも恐ろしいほどにな……!」


「とまあ……ワシが教えられるのはこれくらいだな」


(嘘だろ……ほんとに、これだけ……?)


 肝心の技の習得条件が何も入ってこなかった、そもそも言っていたか。分からない、がくさんが放った言葉はどれも掴みどころが無さすぎるんだ。


「ちょっと付け足しておこう。簡単に言うなればイメージ力だ、世界はイメージに応じてその形を変える。幸いそらにはその素質がある、レベルの割にすごくスキルが多いんだ」


「それに見えないだけで、隠しスキルも沢山習得しているみたいだ。こればかりは常軌じょうきいっするレベルと言わざるを得ない。今までよっぽどいい鍛え方をしてきたのだろう、正直不思議に思うレベルだ」


 師匠いわく、この世界ではレベルや装備よりスキルの方が重要で、スキル習得はレベルを上げるより数段と難しいらしい。


「スキルはレベルとは違って、本当の戦いをしたり、本当に技術を身につけないと習得できないんだ。つまりスキル数が圧倒的に多い今のお前はオールラウンダーと呼べよう」


 レベルは飾りでスキルが重要、スキル習得にはイメージを要する。


(そう……だったのか。)


 どうやら今まで俺がやってきたことは一応、この世界で強くなるための最短ルートではあったらしい。


 この内包結界で暮らし始めてから毎日のように、自分には才能が無いんじゃないかと思い詰めていたが、この口ぶりからするとそういうわけでも無さそうだ。


「……あれだ」


 師匠は指をさす。湖よりももっと向こう、山脈を通り越したさらに向こうの方に。


「ここからあの山に一撃を与えられたら免許皆伝めんきょかいでん、合格できたあかつきには約束通りゲームクリアの鍵も渡してやろう……!」


 その指された方向にあったのは、はるか彼方でそびえ立つ鋭い氷の山脈だった。


「流石に、これは無理だろ……」


 その挑戦を前に、この脳内辞書の中で長らく封印されていたはずの”不可能”という字が、顔面にこびりついた。


 

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