第44話 修練の木漏れ日

 ——翌朝。


「なあ、何で師匠とあやさんは俺をこんなにもすんなり受け入れてくれたんだ……?」


 日照りの朝。小屋の前、素朴そぼくな疑問を口にすると、あやさんは陽気な笑顔で。


「そりゃあ貴方あなたが困っているからじゃないですか。ほら落ち着いて、そんなにカッカしなくてもいいじゃないですか……!」


 黙って抱き止めてきた。両腕の中で優しくのどかな声が響く、この声を聴くとなぜか頭によぎるんだ。どこか懐かしくて、だけどどうしても思い出すことの出来ない思い出が。


『別…急……な…ゃ………か、そ……に気……たら…て……よ』


 カセットテープが擦りきれてしまったように、いつも記憶の一部がかすれてしまう。


「無理はしないで下さいね、また体調を崩したらいけませんから……!」


(見た目はアレなんだけど俺、子供じゃないのに……)


 でも一つ言えることは、この人なら信じてもいい。あやさんは今の俺にとって、害になるなんてことは絶対にない。

 

「それで、今日はどうするんだ?」


 師匠は俺に呼びかける。竹刀なんか背負って、もう準備万端みたいだ。


「もちろん、やるぜ……!!」


 目指すは師匠、その力とゲームクリアの手がかりの両方を手に入れてやる。


 切り口は見えた、なら自分と戦わないと。戦わないと進めない、進まないと切り開けない、切り開けないと何もせない。


「よく言った、一度決断したからには貫き通せ、途中でへこたれんなよ!!」


 ——それから、すぐに修行らしき修行が始まるわけでもなく、そのかわりに。


「極意への道のスタートライン。まずは動くこと、そして思うこと、最後は感じるんだ」


 毎日木刀の素振りを一万回やらされた。師匠いわく、この修行段階でへばっているようじゃあ、まだまだという事だ。


「だめじゃだめじゃ、今のお前の剣は重すぎる。剣というのは重ければ、早ければ良いってもんじゃないんだよ……!!」


 物干し竿にかかった青のマフラー。振り続けること三時間、疲れ果てた体に待っているのは腕立て伏せ千回。


 師匠は俺の背中に乗りながら、テンポがずれると竹刀でバシバシ叩いてくる。


「気合が足りんッ!!」


「……痛い、痛いって!!」


 まさかの態度豹変ひょうへん、師匠が師匠になった途端とたん、急に厳しくなった。


「お前ならまだまだやれるだろう、つべこべ言わずに腕を動かせいッ!!」


 ここでの限界はどう考えても師匠基準。正直、“特訓”や”練習”の段階でここまで追い詰められたのはこれが初めてだ。


「……もう無理いいいいいぃぃぃ!!」


 からの一旦、休憩という名の瞑想めいそうの時間を挟んで、次は山まで走り込み。


「なんだよこれ……思うとか感じるとか言ってる割に、ただの肉体負荷じゃねえか!!」


 先導する師匠は少したりとも息を切らさず、振り返って。


「動くことで、気づくことだって沢山あるんだよ。ついて来れないなら置いてくぞ?」


「おいおい嘘だろ……本当に、置いていっちゃうのかよ……!」


 限界を超えた疲労、身体中の残りの体力全てをかき集め、木々を伝ってなんとか自力で下山した。


 ——その頃にはもう夕暮れ。


「ただいま、帰りました……」


 家に帰ると、あやさんがすぐにタオルで顔を拭いてくれた。恥ずかしくなって、少し突き放そうとすると。


「いいって、自分でやるから」


「そんなこと、言わないで下さいよ……!」


 あやさんはタオル越しに俺の頬をプレス。桃色の髪が近い、マゼンダのひとみは揺らぐ。


「ああ……分かったよ」


(そんな目で見つめられたら、拒否できるわけないじゃんか。)


 師匠はというと、あぐらをかきながらちょっと怒り口調で。


「遅かったじゃないか。あやさんは、ずっとお前の帰りを待っていたんだぞ……!」


 この小さなわら小屋には、ちょっとした竈門かまど囲炉裏いろりがあるだけ、外には竹の物干し竿に洗濯物が掛かっている。


「いただきます……!」


 二人に合わせてありがたく手を合わせる。食卓に並んだ豪華な和食メニュー、まさかここに来て普通のご飯が食べられようとは。


「美味しいよ……!」


 この一言で、あやさんはあり得ないほど喜んでくれる。その顔を見ると、なんだかこっちまで元気になれるような気がした。


がくさん。この子に、あまり無理ばかりさせないで下さいね……!」


「何を言っとるあやさん。これはこいつが望んでいるからやっている事だ。その熱意には応えてやるのが、筋ってもんだろ?」


 あれから異様に師匠が厳しいのは、どうやら俺を思っての事らしい。本当はもう少しお手柔らかに頼みたい所だが、仕方ない。


そら君が来てから、この家もにぎやかになりましたね。まるで、本当の子供のようにも思えてきちゃいますよ……!」


 あやさんは、いつも嬉しそうな顔で笑っている。俺はいつも、こんな顔なのに。


 ここに来てまだ一週間。見ず知らずの俺に、この二人は親切にしてくれる。綾さんはとにかく優しく愛情を注いでくれて、師匠は厳しいけどいつも真剣に指導してくれる。


 ——なんか温かいな。

 

 ずっと昔に感じた温もりと、どこか似たような感触。なんだかずっと前からこの家族の一員だったみたいに馴染んでしまったな。


「ごちそうさま」


「おそまつさまです」


 それは過去一番に自然と発された挨拶、心に響く心強い声だった。

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