師匠との出会い

第43話 内包世界の小春日和

 引き込まれるように誘われた内包結界。そんな流れで俺は、きらびやかな女性と気前の良い青年にかくまわれることとなった。


 湖のほとりのすぐ近く、こんな大自然の中に小さな小屋一つ。ここでがくさんとあやさんは、ずっと暮らしているらしい。


 綾さんという女性はとっても端麗な顔立ちな上に豊満な体つきで第一印象は温厚、ほっこりとした安心感が伝わってくるようだ。


 ここは一体どこなのか、この人たちは何者なのか、何でこんな場所に結界があるのか。どうしてここは明るいのか、湖が青いのか、木が緑なのか、自然の匂いがするのか。


 俺はどうしてしまったのか、これは幻覚なのか、もしかしてここは死んだ後の世界なんじゃないのだろうかとまで思ってしまう。


 最後は頭の中で色々とごちゃごちゃしていることを、何も考える気になれなくなった。


 体育座りで眺める湖は憂鬱な自分の顔を映し出している。そこでがくさんは隣にどっしり座り込み、朗らかに笑った。


「ここは並行世界であって並行世界でない場所。内包結界で守られているからモンスター等々、危険な者が攻めてくる心配はない。だから休みたいだけここで休むといいさ」


 それは、水面に吸い込まれそうな俺の顔を見つめながら放たれた言葉だった。


「……何でお主はそんなに落ち込んでいる、良かったらワシに聞かせてくれないか?」


 この若さに反して放たれる一人称のインパクトに当惑しつつも、気を許して口を開く。木枯らしはふーっと吹き付けて。


「……駄目なんだ、俺は最低な人間なんだ」


「なぜゆえに、お主はダメなんだ……?」


「……俺のせいで死んだ。俺の大切な人たちは皆、俺のせいで居なくなるんだ。もし居なくならないにせよ、不幸になる」


 がくさんはただ単に率直な目で、ごく当たり前で常識にのっとった疑問をていした。

 

「それは、本当にお主のせいなのかい……?」


「いつだって結局俺が悪いんだ、俺がいるからみんな辛い思いをするんだ」


 濁りのない岳さんの顔。鮮やかな風景に反して、この心は黒く染まって不動なまま。


「お主は、一体何をしでかしたんだ……?」


「何をしたって……俺は、皆を守るって言ったのに、その期待も裏切って。もう誰も傷つけないって決めたのに、それも破って大切な人を傷つけたんだ……俺のせいで、夏は……!!」


 岳さんは朗らかな顔を崩さないまま、どこか真剣な眼差しで。


「なるほど、お主のことはよく分かった。一つだけ言っておこう……自惚うぬぼれんな、何でもかんでも自分のせいだなんて思い上がりだ」


「……思い上がりって何だよ、俺には世界を救うっていう大きな使命があるのに、女の子一人すら守れなかった、それが現実だよ。力があるはずなのに何もできなかったんだ」


「あのなあ。背負うことと、抱え込むことは違うんだぞ……?」


 この人とは出会って間もないはずなのに、その寄りうような言葉は、悩みの核心をついているように感じた。


(背負うことと、抱え込むこと……?)


 俺は転生者で創造者。だから今まで、みんなの思いを背負って戦い続けてきた。それが、間違っているとでもいうのか。


「いいから、とりあえずお主はもっと自分を大切にしろ。意味もなく自分を責めない。いいか、絶対だぞ……?」


 これ以上、反論する気力もなかった。なんの感情もなく首は縦に振られた。


「今のお主が無気力なのは分かった。生に無頓着むとんちゃくになることの苦しさは、ワシにもよく分かる。だからこそ最初に聞いておく、今のお主は何をしたい……?」


(何を、したい……?)


 岳さんは質問をした。それはある時の俺にとっては考える必要もないほどに簡単な質問で、またある時には考える取っかりすら掴めないほど難しい問題であった。


「強く……なりたいのかな。そうだ俺は強くなりたい、もう苦しみたくないんだ。この世界のプレイヤーは狂った奴ばかりで、見るにえない。だから、さっさとこのゲームを終わらせたいんだ……!」


 すると岳さんはピンと来たような表情で、笑いかけてきた。


「よろしい。実を言うと、ワシはこのゲームを終わらせる方法を知っている」


「知っているのか……このゲームを終わらせる方法を!?」


 まさかの好機、ここに来てようやくゲームクリアの手がかりを掴めるのか。


「とうだ、ワシのもとで修行してみる気はないか。ワシのもとで修練を積んで技を習得したあかつきには、教えてやらないこともないぞ?」


 もちろん即答。情報が得られるなら、何でもやってやるつもりだ。


 湖から少し離れた木組みのベンチに腰かけながらの交渉は、かけ足気味に。


「……じゃあ早速、その技ってやつを教えてくれないか!?」


「何を言っている、今のお主にはまだ早い。そんなぐらついた足場じゃあこの道の極みには辿たどり着けないぞ、まずはしっかりと足を踏みめる所からだ……!」


 あからさまに残念な声を出すと、がくさんは目をぎゅっと閉じた。


「生き急ぐんじゃない、今のお前の心身は悲鳴を上げているぞ。たまには休め、修行に移るのはそれからだ」


(生き急ぐな……か。確かに俺は今まで、休む暇も無かったのかもしれないな……っていやいや!!)


 こんなジジくさい青年に指図さしずされてたまるか、ちょっとは強気で言い返さないと。


「俺はぐらついてなんかねえ、技でも極意でもいいからさっさと教えてくれよ……!」


 そんな態度にがくさんは怒るわけでもなく、湖の向こうを遠く指差して挑戦を言い渡す。


「それは本当かい、そんなら試してみようかな。この湖を泳がずに渡ってみな、まあそう簡単にはいかないだろうがな……!」


(正気か、これを泳がずに……?)


 湖の向こうを見てもギリギリ陸が見えないほどの遠さ、こんなのキロ単位の距離だぞ。


 いや、それがどうした。このくらいの障壁、乗り越えられなくてどうする。


「……いいぜ上等だ、今すぐやってやるよ。よーく見てろよ、後から取り消しってのは無しだからな!!」


 ——こんなもの、飛び越えてしまえ。


 ポーチから出現する星屑ほしくず蒼剣そうけん、目標を見定めた構えの姿勢は高圧的で、叫び声と同時に身体は飛び上がった。


【 グランドスピナー 】


 滑空する姿勢はまるでグライダー、双剣がりなす円状の軌道はスピナー、高速回転は水面をかきわって身体を浮上させた。


「……だから、俺はやれるっての」


 向こう岸で一息ついていると真後ろ、いやその少し頭上からがくさんの声が聞こえた。


「驚いた、まさか本当に渡ってしまうとは想定外だったな」


(嘘だろ、つけてきていたのか……!? それに、気配も全く感じなかった……!)


 がくさんは片足で着水、水面に浮かび、足元には優しいしずくの波紋が広がっていた。そう、この人は浮遊していたのだ。


「だが一つ言っておく。そのやり方じゃあ、どれだけ修行したとしても技は習得できん」


 思わず息をのんでしまった。その時の俺には、目の前に映る青年が手の届きようもないくらい格上の存在に見えたんだ。


「少々手厳てきびしい事を言うようだが、お前は何も変わらんぞ。今のお前は、お前の言う他の狂ったプレイヤーと何ら変わらん……!」


(今の俺が……あいつらと同じ、あんな奴らと同じだと……?)


「無理に競争しようとするな、もう少し心を沈めていこうぜ……? 大事なことだからもう一度、いや何度でも言うが生き急ぐんじゃあない。自分を責めるな、自分を愛せ!!」


「幸いお前には素質がある。もう一度言うがもし望むのなら、このワシ直々じきじきに手ほどきしてやってもいいぞ。レベルじゃあ測れない強さってもんを、知りたくはないかい……?」


 まさに仙人の風格をプンプンにかもし出した青年。その手は、目の前に差し出された。


「……あと、これからワシのことは、師匠と呼べ!!」


 この瞬間、俺が今までこの世界でやってきたことは全て否定された。夢を追いかけるのに早足になること、強敵相手に対抗心を燃やすこと、仲間の思いを抱え込むこと、自分を嫌いになること、その全てが今ここで。


「はい……分かりました、師匠。よろしくお願いします」

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