第42話 魂の擦り切れる音

『シーウルフ』『ラットボウ』『リーフバード』『パラソルハット』『チェリーワーム』『チョコソルジャー』『ポークレスラー』


 その後も手当たり次第、足と腕の感覚が無くなるまで戦い続けた。


 夏がいない世界なんてもう何の価値もない、だから早くこの手でゲームクリアして終わらせないといけないのに。


 ——おかしいんだ。


 肉を切るたび、皮をぐたび、飛び散る血液を見るたびに、自分の中の何か大切な部分が擦り切れて無くなっていくんだ。


 戦わなければいけないのに戦えば戦うほど、この心臓は麻痺まひしていく。


「寂しいよ———」


 俺には、そんなことを思う資格すらないのかもしれないけど。生きる意味を知った気になって、他人の気持ちも分かった気になって、でも本当は本性を隠した化け物の俺には。


 今までずっと必死に戦ってきて、辛いことや苦しいことは沢山あった。


 ——でも、こんな事は今まで一度も考えたことがなかった。


 自分の目の前で、大切な人が亡くなってしまうなんてことは。しかも他の誰でもない、自分のせいで。


 それがこんなに苦しいなんて、これだけで、”何も”見えなくなってしまうなんて。こんな気持ちなのか、目的はあるのに夢がないっていうのは。


(負の感情に操られて、大切なものを傷つけさせられる……そっか、あの時のセレスもこんな気持ちだったのかな。)


 さっさとこんなゲーム終わらせよう、頭によぎるのはいつもこの一言。


 でも現実は厳しい。どうやったらこのゲームを終わらせられるのか、何をすればゲームクリアなのか、未だに全く分からない。


(俺に何をしろって言うんだよ、もう終わりでいいだろ……こんな意味のない世界。)


 俺はただ歩いている、この地面がどこへ繋がっているか、今の自分がどの方向を向いているのかも分からず。


 下を向いていると、嫌な思い出を思い出す。いつも登下校で見ていた地面と同じ。


 おかしいな、みょうに焦点の定まらない景色。草っ原、高原、それとも荒地、もしくは氷雪地帯、いや砂漠、違う森林……?

 

「え……ここは、どこだ……?」


 気づいたら俺は道に迷っていた、世界の境界線を通過したような違和感を感じた。


「湖……?」


 湖の底から見えるのは木漏れ日こもれびの光。ゆらゆらと水面は揺れ、視界がぼやける。湖の底は丸石で敷き詰められ、水上には暖色系の枯葉が無造作に浮かんでいる。


 その広大な湖は自然の鏡、クリアに針葉樹林の緑を映し出している。


 湖の周りは草が生い茂っていて、ちらほらカラフルな花も咲いている。風が吹けば花びらがちらちらと空を舞う。

 

 はるか遠くには、尖った白い氷の山脈がそびえ立っている。その先の空は、うっすらとオーロラのような結界で覆われている。


 四季折々、それは初めての体験かつ感覚だった。感動したんだ、この一度に春夏秋冬を見つめるという幻想的体験ファンタジーに。


 ——そこに現れた二つの人影は。


「……おやおや、迷い人さんかな?」


「あらあら、本当ですね……! あらあ、酷い顔してるわね。大丈夫かしら」


 一人は薄地で白色の羽衣はごろもを何重にも重ねて着た女性。艶々つやつやとした桃色の髪にマゼンダのひとみで、天女てんにょのような見た目だ。


 もう一人は分厚い白色の修行服を着た銀髪の男性、しっかりとした骨格としている割に体格がスラッとしている。


「……本当やないか、あやさん!」


 その人物たちを本当に人間と言っていいかどうかは分からないけど、少なくともその時の俺には誰よりも普通の人間に見えた。


「辛かったんだねえ、気が済むまでここで休んでいくといいさ」


 この時、なぜか俺の瞳には広々とした色鮮やかな景色が、くっきりと映し出された。


「それは名案だな、あやさんよ……!」


 ここは真っ暗な闇夜の世界のはずなのに、色鮮やかだ。この空間は、他とは隔離された別の場所なのかもしれない。

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