第41話 情報交換と流通

 ——また時は過ぎ。


 ここはとあるバーテンに構えるフォリスレギオン。人口密度が少ないはずのこの並行世界であるにも関わらず客足がかなり多く、交渉や情報交換の場となっている。


 端っこのテーブル席。俺は流通屋の付きいということで、グラスに注がれたドリンクを前に周りを観察している。


「……そういやあ、オッサムとヌチアルの抗争はどうなったんだっけか?」


「ありゃヌチアルの団員が、一斉に勢力を無くしたらしくて終わったっぽいな」


 ある一人の男が酒に酔いながらしゃべると、もう一人のカウンターに座った男も喋る。


「なんたってウワサによると、たった一人の双剣使いの手によって団員のほとんどがられたんだって話だぜ?」


「銃に双剣ってか、はははっ、なんだそれ嘘くせえなあ〜!!」


「本当だって、この話はウチの間ではかなり有名なんだぞー?」


 俺たちは、ドリンクを前にまた別の方向に耳を傾ける。


「そういやあちょっと前に中部の抗争が激化して、乱戦にまで発展したよな?」


「ああ、あれほどの規模の抗争は過去最大級ですかねえ。最近はやけに周りが物騒になってきて嫌ですよ……」


 レギオン抗争の話をしているようだ。俺はそのかたわら、ワインの入ったグラスを傾けながら、その会話に耳を傾けている。


「おかしなことに、あのSランクのグリシアレギオンの団員全員があの抗争の後、姿を消したんだってよ」


「……はあ? あのSランク第三位のグリシアレギオンが、全滅したとでもいうのか!?」


「俺もよく知らねえよ。そうと言い切ることは出来ないが、でないとすると一体どこで何をやってるのやら」


「かなり大規模だったが、シャストンレギオンは大丈夫だったのか?」


「どうやら無事みたいだなあ、何かシャストンにはちょっかいをかけないっていうのが、暗黙のルールになりつつありますね」


「そうだなあ、シャストンの武器はかなりの高性能だ。あれを潰したとなったら、そのレギオンは集中砲火だかんな……!」


 耳をそばだてて盗み聞きしていると、大男は俺をにらみつけ、ドスドスと足音を立てながら威圧的に歩いてきた。


「おいガキ、誰の許可得て人の話を盗み聞きしてるんだあ……?」


「……俺に構うのはやめておいた方がいい」


 俺が目を閉じてため息をつき、無視をし続けると大男はピキッって、ニヤケる。


「そんじゃあ実際に試してみるかあ……ってお前、何だよその装備、マフラーって……クソだっせえ!!」


 男は武器の特殊付与効果スキル『鑑定』を行使すると、突然笑いこけ出した。周りの客の視線は集まる。


「しかもそれ、何の特殊効果も無いじゃん。お前装備構成ってもんすら考えてねえ、ただの初心者ちゃんじゃねえか……!!」


 流通屋は踏んではいけない地雷を思い出してぎくりと、顔をしかめた。


「黙れ。これは誰が何と言おうと俺にとっては一番最強で、一番大切な装備なんだ」


「……いいぜ、己の愚かさってやつを今ここで思い知らせてやるよッ!!」


 大男が剣をメニューのポーチから取り出し思いっきり振り下ろした、丁度その瞬間。


「……残念でした」


 その剣を人差し指と中指で挟んで、ぴしっと止めた。


「なんだよ、このガキ……!?」


 中指を親指でぴっと軽く押さえて、大男のひたい目掛けて勢いよく爪を飛び立たせた。ただのデコピンだ。


 続けて、ひるんだところに容赦ようしゃなく正拳突きをお見舞いする。


 大男は後ろに軽く吹き飛ばされて、カウンターの椅子が壊れてしまった。


「……このマフラーを馬鹿にしたから悪いんだ。だから言ったじゃないか、俺には構わない方がいいって」


 ——夏から貰った、たった一つの贈り物。


〜〜〜〜


『ところで蒼さん、何でいつもマフラーなんかしてるんですか。そんなのつけてたら、戦闘の邪魔じゃありません……?』


『……邪魔なわけあるか、これは大切な人から貰った宝物なんだよ』


〜〜〜〜


「(うん、れ物には触れないのが吉ですね……!)」


「お客様、店内で暴れられてはこちらも困ります……!」


「——ほらよ」


『毒牙のナイフ』をポーチから取り出して投げつけると、カウンターにつき刺さる。


「弁償だ、それと酒のお代も」


 酒のお代は有益だと思われる情報一つ、これがフォリスレギオンのルール。


「次の超大型ボスの出現場所は角島大橋だ、誰かに先を越されないといいな」


「あと、この世界をクリアする方法を知ってる奴は、この中にいないか……?」


 俺は平坦へいたんな声色で呼びかける。すると皆は”そんなもの俺たちが知るわけがないだろ”と言わんばかりの苦笑いを見せた。


「そ、それでは……ウチの連れがお騒がせしました〜!!」


 去り際、流通屋は気まずそうに気持ちばかりの謝罪を残した。


 ——ワープゲート先。


 角島大橋のど真ん中を走り抜ける。周りには一面に灰色の海が広がり、小島がぽつぽつと浮かんで見える。


『ベヒモス』

『Lv.70』


「……超大型モンスターを狩るのは、俺だ」


【 スラッシュグライド 】


 ひじを垂直に組み立て波のような軌道、ちらりと横目になぞる双剣の一撃。七十レベルは、一瞬でほおむりさられた。


「ブラボー、いつ見てもやっぱりあなたの剣は衰えませんね〜!」


「……それで、次の標的は?」


 次の超大型モンスターの地点を聞くと、流通屋は黙り込んでしまった。


「とても言いづらいのですが……あなたは、この十数日で日本列島全ての超大型ボスモンスターを倒しきってしまったみたいです」


 超大型モンスターの周期は一ヶ月、つまり次の標的が無くなってしまったということ。


「まあ、次のポップ期間がやって来るまで私たちの契約は一旦解約ということで〜! ああでも必要とあらば、またいつでも駆けつけますので心配なさらず〜!」


 マントをくいっと直してすぐ、流通屋は姿を消してしまった。逃げ足が早すぎんだよ。


「そりゃないぜ。ならせめて、ワープゲートの位置情報くらい教えろよ……ほらな、やっぱりただのアイテムと情報の仲じゃん」


 でもやっぱり、俺は誰の助けも必要としてなかったんだな。ましてやこんなお助けアイテムみたいな奴に頼る必要なんて。


 元々もう誰とも関わらないって決めてんだ、あんなのは一時いっときの気の迷い。でも情報源が無くなるってのはかなり厳しいかも。


「ああしょーもな……こんな事になるくらいなら、キルしたプレイヤーのドロップアイテムくらい、回収しとけばよかったかもな」


 なぜか込み上げるむなしさに薄暗い空を見上げて、溜息をついた。


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